縁は与えられているのか

縁というのは与えられているのか
疑問に思いました。
それは愚痴や不安を思っているときに
ふと気づきました。

いまの目の前ある小さな小さな縁を
信じ、受け入れることで
よい方向へ進める気がしてなりません。

こっちだよ、こっちにおいでと
縁を通じて何かに引っ張られているような
見えない力を感じます。

縁というのはご先祖様や守護霊様などの
見えない力が働いているのでしょうか?
私に必要な何かを与えて下さるのが
縁なのでしょうか?

縁というものを教えて下さい。
どうかお願い申しあげます。

有り難し 17
回答 2
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

縁加え(えんぐわえ)

結果には原因がありますから、今の結果の背景には必ずご先祖さまや、おじいちゃんおばあちゃん、お父さんお母さん、すべてがそれなりに関わっていると言えます。
縁とは働きかけ、かかわり、関係性、つながり、結果をもたらす作用。
この世の、すべてはどんなものも授かりものです。
それに気づいて、すべてを恵み、授かり、布施として与えられていると気づかれたのであれば、それを活用、活かしていくべきでしょう。
どんなことも縁ではありますが、縁❝まかせ❞ではいけません。
自分の命運は自分で決める。それが命を運ばせるということであると言います。
つまりは、自分自身も縁ですから、縁の働きかけ、❝縁ぐわえ❞をすることができるということです。
これが縁に縛られず、自ら縁を生み出していく生き方を見出すということです。
小麦粉に、水を加えてこねるという縁を加えなければ、うどんにもパンにもなりません。
いくら上手いパン屋でも小麦をこねて、焼かなければパンはできません。
やろう、作ろうと思ってもパンはできません、思っているだけではだめなのです。
働きかけ、行動、実行をして初めて、実際の世界は変わっていくのです。
何がよい縁になるか、悪い縁になるかはわかりません。
というより、もともとどんなことにもヨイワルイが無い、ヨイワルイは人間のあとから下す評価、判断です。
どんな縁も波を乗りこなすように、こなしていきましょう。

3年4ヶ月前

「縁」について

歩美様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

この度の「縁」に対するお気づき、誠に有り難しでございます。

これまでに、拙生も下記の各問いにて「縁」について扱わせて頂いて参りました。ブログのタグとして上位になっておりますように、非常に重要な概念であると存じております。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/縁

「縁」とは、簡単には、「縁りて」のこととなり、何事も必ず「○○に縁りて成り立っている」としての依存関係のことを示すことになりますが、既に丹下様もおっしゃられておりますように、因縁果の理として、この世のモノ・コト、つまり、存在・事象は全て、因(原因)・縁(条件)・果(結果)の流れにて成り立っているということでの縁(条件)を措定する方が、わかりやすいのではないかと存じます。

見えない力云々は、あまり深くはお考えになられることはないでしょうが、とにかく無数の因縁、依存関係により、私たちは成り立っている、無数の因縁によって生かされて、生きていることができている次第でございます。

問い「後悔の気持ちが消えません」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1008386833.html

『・・とにかく、この世は「縁」によりて「起」こっている、「縁起」なる世界、何事も因・縁(原因や条件)次第となります。確かなる因・縁を調えていくことで、しかるべく結果も望めるというものとなります。・・』

問い「孤独感を無くすためにどうしたらよいですか」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1008152724.html

『・・何事も「縁」次第であり、より善い縁へと向けた努力がより善い結果へと向けても必要なことになります。・・』

善き結果を望まれるのであれば、善き因縁を調える努力がもちろん大切となります。日々の行いにおいて善き因縁が調えられるように頑張って参りましょう。

どうかお幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

3年3ヶ月前

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