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今、患ってる病気の苦悩

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自分は起立性調節障害という病気です。
この病気は昔はなまけとか言われていたらしいのですが研究でなまけてるひとの中に病気が原因で学校に来れないという人が居るという事が最近、分かったそうです。
そしてその病気が起立性調節障害という最初の分に書いた病気です。

自分は中学一年のある日、突然、朝が起きれなくなって朝に無理やり起きると自分だけ重力が何百倍もかかったような倦怠感に襲われて吐き気もし、強烈な頭痛もし、あまりのしんどさに意識を失う事もありました。
最初の頃は親も何でこんなにしんどいのか分からなかったらしく完全になまけだと思われて色々怒られたりしました。
でも、その後、起立性調節障害という病気だった事が分かって親も理解してくれました。
当然の事、中学校はそれからほとんど行けてません。
人生に一度の中学校をもっと体験したかったなと泣きながら思う時があります。

今は多少、しんどさがマシにはなったんですが夜間の高校でも週に三回行くのが精一杯です。
単位も取れずにいつ高校を卒業できるか分からない状況です。
同級生は高校を卒業して進学なり就職なりしてる人が大半です。
そうなると皆が羨ましくなって逆に辛くなります。
何で自分はこういう人生なんだろうと思う時もあります。
免疫力が弱いのか急性胃腸炎を二回もなって、そのうち一回は死にかけるほど苦しみました。意識を失ったことは経験したのですが意識を失って死ぬ直前まで目の前がブラックアウトしたのは初めてでした。

この病気になってから辛い事が多すぎて死にたくなる時もあります。
それに吃音も持っているのですが小学校の頃、喋っただけで笑われたり目の前で真似されたりと、という事がトラウマになったりと対人恐怖症も若干、持ち合わせております。
学校に行ってない日はYouTubeでマックスむらいさんという見てるだけで勇気を貰えるような人が居るのですがその人の動画を見て癒されて思いっきり笑って心をギリギリ保ってるような状況です。

でも、この先、仕事とかすることになるんだよなぁと考えると不安で不安で仕方ありません。
人との付き合いも難しい所もあるのでそういう事を考えると胸が強烈に苦しくなるときがあります。
こんな自分でも幸せな人生を送れますかね?
良い人に出会えますかね?


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなただからわかる「苦しさ・辛さ」

わたしには、あなたの苦しさのほんのわずかもわかりません。
なさけない限りです。
おつらいことと存じます。そんななか、ニコニコ動画でしょうか。
マックスむらいさんの姿に勇気を得ている、それは、
苦しいなかだからこそ、勇気って、こういうことなんだろうかと、
思える瞬間なのかもしれません。

ここに書き込みして頂き、わたしはそのような障害を知りました。
きっと、おなじように苦しむひとたちが、沢山いるのだろうと
思いました。

あなたは、そういったひとたちの苦しみを、わかるひとなのだと
思うのです。それは、おなじ病気の人たちには、ものすごく
勇気を与えられることなのではないでしょうか。

「つらいね。大変だったね。苦しかったね。」
わたしが言うよりも、あなたが言ったときの、ことのはの力は、
何倍も大きいものとなるのではないか、そのように思うのです。

でも、現在進行形の御自身の御病気がそれで治るわけではないのだと
思います。

これは、わたしの尊敬する人の言葉です。
「わたしは、あしたの天気もわからない。だから天気予報を見ます。
ひとが死んだとしても、あしたの事はわかりません。

2011年、3月10日、この日本で、だれか霊能力者や予知能力者と
いわれる人たちが、『あした、地震がくるぞ!!沿岸部の人たちはみな逃げろ!!』
と、こぞって叫んでいたならば、あのような悲しみはなかったはず。
でもだれもわからなかった。明日はわからないのです。

でも、わたしにはひとつだけ、確信できるものがあります。
それは「明日はきっと来る。明日はいい日になる」そう信じることです。
それで叶わなかったとしても、その日の最後にはまたもういちど、
「明日はきっと来る。いい日になる」と、信じるのです。」

あなたの内にある、病気と付き合い、克服するちからが
必ず発揮されることを、わたしは信じています。
そしていつか、いっぱいの幸いがあなたを包みこんで行く事を
わたしは祈ります。幸あれ幸あれ。合掌

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おきもち

不完全の全肯定

あなたは自分の不完全をちゃんと認識して、そこに向き合っていこうとされています。それは素晴らしいことです。なかなかできる事ではありません。
それを認める事さえちゃんとできればいくらでも立ち直れます。一歩ずつ歩みを幸せ、安心という本拠地に進めることはできますからご安心ください。
フラッシュバック、トラウマも克服することはできます。
その克服法と致しましては、過去の記憶が浮かんだ時に、その思いを打ち上げ花火のように、眺めるだけにすることです。打ち上げられて開いた花火は必ず、消えます。必ず消滅します。
第一発目に出てくる思いには、よいわるいは関係なく、全自動で出てくるものです。
そのぜんじどうで出てきたトラウマな思い、フラッシュバックな思いの打ち上げ花火に対して、あなたが主体性を持って関わらない、触らない、取り上げないようにすることです。
ニュースでも取り上げる記事は決まっています。
報道しなくても良いニュースもあります。
わざわざピックアップしなくても良いことはあります。
ある映画監督に記者が尋ねました。
「アナタの映画の中で最高傑作は?」
「これから作るものに決まってるだろ」と。
フラッシュバック、トラウマは、過去です。
それに対する評価は今、下すものです。
わたしは過去の苦い経験の全てを自分を支えてくれた、成長させてくれた、育ててくれた機縁としています。そこにネガティブ意識を伴わせないようにしています。
いつかはいずれ死ぬ身ですし、老病は避けられませんが、そこにもネガティブ意識を添えることはありません。
過去は変えられない。でも過去への評価はネガティブからポジティブに変えられます。
評価自体をしなければ良いも悪いもありません。
どうぞ、アナタの新しい、いちばんあたらしい、こんにちを、新たな気持ちで生きてください。

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有り難し
おきもち

質問者からのお礼

素晴らしいお言葉ありがとうございます。
誰も明日は分からない。良い言葉ですね。
確かに自分の明日も分からないのに先にある辛いを考えるのは良くないですね。
それより明日がいい日になる様に考える方がよっぽどいいですね。
良いお言葉教えていただきありがとうございました。

「病気と向き合う・看病」問答一覧

難病でつらい日々です

私は去年の12月に間質性肺炎という難病だと診断されました。 歩くなどの軽い動作でも息が苦しくなる病気です。治療法はありません。 診断された当初はまだ自覚症状もなかったのですが、去年の12月末に気管支に内視鏡を入れて調べる検査をしたところ急に症状が出始めて日常生活を送るのが困るようになりました。検査をしなければよかったと後悔しています。 この病気は坂道などで息切れを自覚するということから始まり、日常生活でも息切れを感じるまでに普通は数年かかるそうです。 私は診断されるまで坂道などで息切れを感じることもなく、山登りやウォーキングをしたりと元気でした。それがたった8か月で家の中を歩くだけで息切れをするようになり、仕事も求職中でしたが、到底できるような状態ではなくあきらめないといけなくなりました。それなのに障害者としてはまだ認められず、障害年金の申請もできないそうです。 検査後急に自由に動けなくなったことに心がついていきません。医師はあきらめろと言いますが、受け入れられません。進行するにしても早すぎるからです。 友達にも彼氏にも会えなくなりました。毎日何をするにも息切れしながら過ごす日々です。楽しみも何もなく、ただ息が苦しいと思うばかりです。家にいて誰とも話すことなく一日が終わります。正直、楽になりたいです。こんなに苦しいのなら死んでしまいたいです。 どうしたらよいでしょうか。

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肌の病気が辛いです

24才からずっと皮膚炎です。それからはずっと友達とも遊ばず暗い日々を過ごしています。肌が綺麗だったころバイトをムリせず食生活に気をつけていれば皮膚炎にならずにすんで今頃もずっと楽しく人生を謳歌してたとおもうと後悔し悶え苦しんでしまいます。そして前回質問したことの引き出物なんですが結局親ももう年なため実家にはもどらず家のなかで一人で仕事ができる在宅のテレアポのバイトで生活費を稼ぎながら治療していくことにしました。私と同期の人は病院で働きスキルアップをしていくのに私はバイト。この差はなんなんですかね。私は何かわるいことをしたのでしょうか?これは罰なのですか?肌のことなんてきにしなければいい?無理です。自分の肌が綺麗だからそんなことがいえるんです。どうして私だけこんな目に合わなきゃいけないんですか?楽しそうに話をする人達やカップルをみて自分の悲惨さに絶望してしまう毎日。頑張らなきゃって思ってもその酔いはすぐ醒めまたネガティブモードになる。いっそもうしんだほうが楽なんじゃないかと思います。でも今はまだその勇気がでませんし死ぬのはやっぱり怖いです。一生私は死ぬこともできず老いて死ぬまで生き地獄を味わうのでしょうか?この先もずっとこの状況は続くのでしょうか?もう生きていくのが辛いです。苦しいです。でもやっぱり病気は治したいのでテレアポのバイトしながら治療も頑張りたいです。お坊さんが私の立場ならどうしますか?アドバイスや後悔してしまうときの対処方法、なにか励みになるような言葉をかけていただけませんか? お願いします。

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透析が必要と言われた1人暮らしの父

以前父親の体調の相談をさせて頂きました。その節はありがとうございました。2年前に検査してわからなかった不調が今になって腎臓が悪いと言われ、しかも透析を考えなくてはいけない程悪いらしいです。2年前から定期的に採血して色々不調の原因を探してもらった時になぜ腎臓を注意してくれなかったのか…と思いますがもう仕方ないです。それより透析をそろそろ考えてと言われてますが、父親は1人暮らしで85歳なので透析は耐えられないし、自宅でする透析も覚えられないし1人暮らしでは無理だと言ってます。私は結婚して車で高速で1時間の場所に住み、弟は1人暮らしで車で1時間以内に住んでます。弟は毎週日曜日に様子を見に行ってくれてますが、透析となると毎日は実家には行けませんし弟の生活もあるので同居もすぐには難しいです。毎日どうしたらいいのか悩んでばかりで、でも後数ヶ月以内には決めなくてはいけないと思います。病院の先生も頼りないですし、近くに他に通える病院が無いので病院を変える事も無理です。なんかずっとモヤモヤして毎日生きた心地がしません。父親の方がもっと不安だろうから私もネガティブにならずに過ごしたいのに悩んでばかりです。 どうしたらいいでしょうと言っても恐らく答えは出ないとは思いますが、誰かに言いたくて聞いてもらいたくて相談してしまいました。不安が少しましになり前向きになれるお言葉を頂けたら嬉しいです。

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医ですが、責任の重さに戸惑います

20代の医師ですが、医師としての責任に少し戸惑いを感じてしまいます。 上手く治療が行けばとても嬉しいですし感謝されるしやりがいもあります。しかし少し治療が上手くいかないだけで責任感を感じてしまい、「自分だからこうなってしまった」とか、「他の人がやればこうはならなかったのでは」と思ってしまいます。 先日も手の手術をした患者さんに術後強い疼痛が出現して、手が麻痺したようになってしまうことがありました。 CRPSといって、手術など侵襲が加わった際にまれに起こる原因不明の疼痛症候群で、防ぐ手立ても、有効な治療法もないものです。同意書にも記載してあり、十分に説明しています。患者さんもとても良い人で、「しょうがないね、大丈夫ですよ」と言ってくれます。過失ではないしある程度しょうがないとは分かっていますが、「手術しなければこうはならなかった」とか、「他の人がやれば起こらなかったかもしれない」など自責の念にかられてしまいます。今は休日でも、病棟で苦しんでる患者さんのことを考えてしまって落ち込んでしまいます。 医療といえど完璧ではない、失敗も含めて目の前のことを一つ一つ学んで次に活かさなければならない、と分かってはいますが… 医者の仕事は非常にやりがいがあるし、これからも頑張って患者さんを助けてあげたいと思っています。 今後医者を続けていく上で、心構えや、何かお言葉などあれば賜りたいです。よろしくお願いいたします。

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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ