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宗教に対するイメージについて

回答数回答 3
有り難し有り難し 30

私は宗教に対していいイメージを抱きにくい人間です。

ニュースを見ていると宗教の悪い面が目に入ってくるので悪い印象をどうしても持ちがちになってしまいます。そしてなかなか中にはいい人もいるという印象も持ちにくくなります。例えば最近だったらイスラム過激派のテロであったり昔だったらオウムや霊感商法だったりでしょうか。

そういうこともあってかもし仮に私が大勢の前で「私は宗教をやっています」だとか「宗教のおかげで生活がよくなりました」と言ったら大半の人が「この人はカルト宗教に入っている」だとか「勧誘している」と思われる、そういった流れが容易に想像(たとえ誤解であったとしても)できてしまうのです。

別に宗教全般が憎いわけではないですが前述のような人を傷つけるような宗教は許せないですね。

どうすれば宗教のよい面に触れることができてなおかつカルトみたいな危ないものにはまっていないと周りに誤解されずにすむのでしょうか?


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

伝統宗教には続いてきた理由があります。

誤解を恐れずに言えば、浄土真宗も昔はカルト宗教のようなものでした。
明治時代までは浄土真宗と名乗ることも許されなかったです。
しかし、親鸞聖人がお示しくださった教えは、何物にも変えられない魅力的なものでした。
だから、脈々と続き今は伝統教団として認知され、浄土真宗を新興宗教やカルト宗教という人はほぼいないと思います。

新興宗教やカルト宗教という類のものは、続かない理由があるのです。
それは教団によって様々ですが、単純に言えば魅力がないのです。

宗教の良い面を知りたいということであれば、やはり魅力的な宗教(伝統宗教)へ足を運ぶことです。
脈々と続いてきた宗教に触れてみましょう。
中でも仏教はずば抜けて素晴らしい宗教だと確信しています。
だから私は僧侶をしています。

私はいつも声を大にして言っています。
「私は仏教を信仰している信者です!仏教は素晴らしい!」と。
でもおそらくそんなに変人には見られません。
それは私が僧侶だからです。
僧侶になれば好き放題仏法を語れますよ。

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始めまして、釈心誓と申します。 浄土真宗本願寺派の僧侶です。 若輩浅学...
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拙宗教考・2

取り柄がない様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「宗教」に関しましては、最近に下記問いにお答えさせて頂きました。

問い「宗教とは」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1017725553.html

宗教は、幸せや安心のための一つの方法論として、どう利用していくべきかを考えていくことが必要になります。

仏教の場合では、実践思想哲学的側面が強くありますので、実践しながら、納得して受け入れていくことが大切となります。納得できるかどうかは色々と学び試さつつ、随時合理的に検証なさられながらに修習されることをお勧めさせて頂きます。

破壊的カルトなど結果的に不幸になる、迷い苦しみになるような、そんな宗教はやめる、いらないと考えるのが妥当であるかと存じます。それはもちろん信教の自由の下における個々人の自由意思、それぞれの良識、良心にも委ねていくことになりますが、反社会性、犯罪性を帯びるような宗教、信教、信仰は当然に論外であり、厳しく排斥、淘汰されてしかるべきことになるでしょう。

さて、ここで、私が貴方様に対して私になって下さい、思想、信条、性格、癖、言動・・など私に全て合わせて下さい、と言われたらどう思うでしょうか?当然に無理でしょうし、嫌でしょう。逆もまた同じです。

それでもお互いにこの世界で過ごすことができているのは、違いは違いとして認め合って、互いに尊重し合い、時には衝突や喧嘩もしながらにも、バランス、折り合いをつけていけているからであります。

この世にて幸せに、円満に過ごすためには、支え合い、分かち合い、助け合いと共に上記のようなことも大切となります。

宗教や宗派、信仰の違いも同じことであり、違いは違いとして、別に無理に信仰や教義を同じくする必要は全くなく、違いがあることについて互いに尊重し合い、認め合うことがまず必要になります。その上で教義上での違いや方法論などについて議論、提言、意見、時に互いに諌言し合ったりもしながら、よりよい世界を目指して、人類、衆生の皆の幸せや安心、安楽のために資していくべきであるのではないかと考えております。

川口英俊 合掌

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Eishun Kawaguchi
最新の仏教論考はこちらでご覧頂くことができますが、公開、非公開は随時に判断...
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お寺や霊場に…

四国八十八ヶ所をお参りして回るお遍路さんや、
お寺で行なわれる座禅会や瞑想会に出席している人に対して
周囲の方々は怪しい宗教にハマっているとは思わないと思います。

逆に仏教を銘打ってもどこかの会議室や集会所などで
宗派を明らかにしないで行なわれる集まりに熱心になり、
人にもやたらと進める人を周囲では
怪しいカルト宗教にハマったと思う事が多いのではないかと思います。

日本の伝統仏教の宗派では現在は
他宗派を謗ったり非難する事は稀だと思いますが、
カルト宗教では自分の宗教以外を責める事が多いようです。

ですから、カルトにハマっていると
周囲から思われずに安心して仏教を学ぶには
お寺の写経会や坐禅会や法話会に通われるのが
良いのではないかと思います。

本や理論だけでは仏教は学べません。
もし、触れてみたいのであればお寺を巡ってみてください。
ただし、いろいろなお寺があります。
少数のお寺だけで仏教を判断しないで頂ければ幸いです。

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おきもち

仏道に入門して40年が経ちました。 死ぬまで修行を続けるのがお坊さん...
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質問者からのお礼

皆様ご回答ありがとうございました。

私の家は浄土真宗なのですが浄土真宗が昔は苦労していたというのは知らなかったので驚きました。確かに伝統宗教のように長い間続いている宗教というのはそれだけ多くの人から信頼を得ないと続けることはできないわけですからまずはそこを起点に知るきっかけにするというのは良いかも知れませんね。

岩瀧山往生院六萬寺川口様

ご回答ありがとうございました。ブログの方も読みました。
今回ご回答とブログを読んで思ったことはどの宗教も信仰の対象は違えど最後に行き着く先は皆の幸せなのだなということでした。間違っても特定の誰かだけのことを考えているようではいけないなとも感じました。最後にいつか途中の道は違えど最後は皆が幸せになる道を宗派をこえて考えられるようになれたらいいなと思いました。

この質問をした後に偶然と言ってよいのかどうかは分かりませんがイスラム国が日本人を人質にとりました。そうなるとなおさら宗教の在り方とは何なのかを考えさせられるようになりました

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ