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宗教に対するイメージについて

回答数回答 3
有り難し有り難し 22

私は宗教に対していいイメージを抱きにくい人間です。

ニュースを見ていると宗教の悪い面が目に入ってくるので悪い印象をどうしても持ちがちになってしまいます。そしてなかなか中にはいい人もいるという印象も持ちにくくなります。例えば最近だったらイスラム過激派のテロであったり昔だったらオウムや霊感商法だったりでしょうか。

そういうこともあってかもし仮に私が大勢の前で「私は宗教をやっています」だとか「宗教のおかげで生活がよくなりました」と言ったら大半の人が「この人はカルト宗教に入っている」だとか「勧誘している」と思われる、そういった流れが容易に想像(たとえ誤解であったとしても)できてしまうのです。

別に宗教全般が憎いわけではないですが前述のような人を傷つけるような宗教は許せないですね。

どうすれば宗教のよい面に触れることができてなおかつカルトみたいな危ないものにはまっていないと周りに誤解されずにすむのでしょうか?


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

伝統宗教には続いてきた理由があります。

誤解を恐れずに言えば、浄土真宗も昔はカルト宗教のようなものでした。
明治時代までは浄土真宗と名乗ることも許されなかったです。
しかし、親鸞聖人がお示しくださった教えは、何物にも変えられない魅力的なものでした。
だから、脈々と続き今は伝統教団として認知され、浄土真宗を新興宗教やカルト宗教という人はほぼいないと思います。

新興宗教やカルト宗教という類のものは、続かない理由があるのです。
それは教団によって様々ですが、単純に言えば魅力がないのです。

宗教の良い面を知りたいということであれば、やはり魅力的な宗教(伝統宗教)へ足を運ぶことです。
脈々と続いてきた宗教に触れてみましょう。
中でも仏教はずば抜けて素晴らしい宗教だと確信しています。
だから私は僧侶をしています。

私はいつも声を大にして言っています。
「私は仏教を信仰している信者です!仏教は素晴らしい!」と。
でもおそらくそんなに変人には見られません。
それは私が僧侶だからです。
僧侶になれば好き放題仏法を語れますよ。

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始めまして、釈心誓と申します。 浄土真宗本願寺派の僧侶です。 若輩浅学...

拙宗教考・2

取り柄がない様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「宗教」に関しましては、最近に下記問いにお答えさせて頂きました。

問い「宗教とは」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1017725553.html

宗教は、幸せや安心のための一つの方法論として、どう利用していくべきかを考えていくことが必要になります。

仏教の場合では、実践思想哲学的側面が強くありますので、実践しながら、納得して受け入れていくことが大切となります。納得できるかどうかは色々と学び試さつつ、随時合理的に検証なさられながらに修習されることをお勧めさせて頂きます。

破壊的カルトなど結果的に不幸になる、迷い苦しみになるような、そんな宗教はやめる、いらないと考えるのが妥当であるかと存じます。それはもちろん信教の自由の下における個々人の自由意思、それぞれの良識、良心にも委ねていくことになりますが、反社会性、犯罪性を帯びるような宗教、信教、信仰は当然に論外であり、厳しく排斥、淘汰されてしかるべきことになるでしょう。

さて、ここで、私が貴方様に対して私になって下さい、思想、信条、性格、癖、言動・・など私に全て合わせて下さい、と言われたらどう思うでしょうか?当然に無理でしょうし、嫌でしょう。逆もまた同じです。

それでもお互いにこの世界で過ごすことができているのは、違いは違いとして認め合って、互いに尊重し合い、時には衝突や喧嘩もしながらにも、バランス、折り合いをつけていけているからであります。

この世にて幸せに、円満に過ごすためには、支え合い、分かち合い、助け合いと共に上記のようなことも大切となります。

宗教や宗派、信仰の違いも同じことであり、違いは違いとして、別に無理に信仰や教義を同じくする必要は全くなく、違いがあることについて互いに尊重し合い、認め合うことがまず必要になります。その上で教義上での違いや方法論などについて議論、提言、意見、時に互いに諌言し合ったりもしながら、よりよい世界を目指して、人類、衆生の皆の幸せや安心、安楽のために資していくべきであるのではないかと考えております。

川口英俊 合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

お寺や霊場に…

四国八十八ヶ所をお参りして回るお遍路さんや、
お寺で行なわれる座禅会や瞑想会に出席している人に対して
周囲の方々は怪しい宗教にハマっているとは思わないと思います。

逆に仏教を銘打ってもどこかの会議室や集会所などで
宗派を明らかにしないで行なわれる集まりに熱心になり、
人にもやたらと進める人を周囲では
怪しいカルト宗教にハマったと思う事が多いのではないかと思います。

日本の伝統仏教の宗派では現在は
他宗派を謗ったり非難する事は稀だと思いますが、
カルト宗教では自分の宗教以外を責める事が多いようです。

ですから、カルトにハマっていると
周囲から思われずに安心して仏教を学ぶには
お寺の写経会や坐禅会や法話会に通われるのが
良いのではないかと思います。

本や理論だけでは仏教は学べません。
もし、触れてみたいのであればお寺を巡ってみてください。
ただし、いろいろなお寺があります。
少数のお寺だけで仏教を判断しないで頂ければ幸いです。

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仏道に入門して36年が経ちました。 死ぬまで修行を続けるのがお坊さん...

質問者からのお礼

皆様ご回答ありがとうございました。

私の家は浄土真宗なのですが浄土真宗が昔は苦労していたというのは知らなかったので驚きました。確かに伝統宗教のように長い間続いている宗教というのはそれだけ多くの人から信頼を得ないと続けることはできないわけですからまずはそこを起点に知るきっかけにするというのは良いかも知れませんね。

岩瀧山往生院六萬寺川口様

ご回答ありがとうございました。ブログの方も読みました。
今回ご回答とブログを読んで思ったことはどの宗教も信仰の対象は違えど最後に行き着く先は皆の幸せなのだなということでした。間違っても特定の誰かだけのことを考えているようではいけないなとも感じました。最後にいつか途中の道は違えど最後は皆が幸せになる道を宗派をこえて考えられるようになれたらいいなと思いました。

この質問をした後に偶然と言ってよいのかどうかは分かりませんがイスラム国が日本人を人質にとりました。そうなるとなおさら宗教の在り方とは何なのかを考えさせられるようになりました

「宗教について」問答一覧

密教について、

こんにちは。 沙門一緒さん、お言葉、回答有難うございました。 前回の質問にもある通りなのですが、 密教についてまだ、不安が消えません。 私は、密教という言葉を聞いたので、 なんだろう?という気持ちでハスノハで調べましたら、お経の名前や、相談、道具の名前が出てきました。そして、関連ページをうっかり開いてしまって、ハスノハの管理人さんがやっている写真付きのブログを見ました。一瞬、ほかの記事も見てしまったかもしれません。 今は一切見ていないのですが、前々回の質問の時、ハスノハの質問を見てしまい、不安で不安で何回もその質問を見たりしてしまいました。(画像ではないです) 私は、密教の情報をわざと、漏らしたり わざと、お経を唱えている所を盗み聞きするつもりは全くありません。勝手に唱える気持ちもありません。 しかし、不安で母に道具とお経の名前を言ってはいけないと言ったりしてしまいました。 また、ポロっと言ってしまうかもしれません ただ、日本史などに載っている密教のまんだらや像などは見ても大丈夫ですか? 今は見ていませんが、ハスノハ管理人さんのブログに載っていた写真は問題ありませんか? 「地獄に落ちる」という言葉が強烈すぎてずっと不安でどうしようもないです、 毎日、脅迫のように、地獄に落ちるとパッと出てきて、落ち込んでしまうので、 周りの人にも迷惑がかかってしまって、苦しいです。申し訳ないです。 すみません、怖がってしまって、また相談するかもしれないです。 どうかお願いします。

有り難し有り難し 27
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宗教や宗派ってそんなに重要ですか?

宗派のラベリングに重要性が見いだせず、むしろ弊害を感じることが多いです。 (800文字と長めです。) 以前とある牧師さんに教わりました。「キリスト教は浄土宗とソックリだ。日本向けのローカライズのために、あえて仏教に化けて広めた可能性を疑う研究者すらいる(笑)」 真偽はさておき、個人的には同感です。核心部たる念仏などは酷似しており、言葉が違うだけで内容はほぼ一致かと(素人目には)感じています。となると、キリスト教と浄土宗の本質的な違いは何でしょうか?人智を超えた神仏を※※教だけが独占できると見なす構造にも疑問があります。 ここからが本題です。その違い(ラベリング)は、諸々の軋轢を覚悟してまで保つべき、重要な違いなのでしょうか? 些細な見解の差で派閥や宗派が分かれていき、しまいには宗教戦争が起こるのだとしたら、単なるセクショナリズムと何か違うのでしょうか?5%の違いのせいで協力できず、残り95%の共通点を捨てているように見えます。ましてや同じ宗派や寺院の所属でも、個人ごとに意見はバラバラだというのに。宗派の上納金制度?などを聞いても、宗派はいわゆるビジネス上の"のれん"に過ぎないのでは?との現実的な疑問も浮かびます。 問いの対象は浄土宗だけではなく、宗教と道徳の境界線についてです。話がそれますが、中東問題などを理解する上でも避けて通れないテーマです。奇譚のないご意見を頂けると嬉しいです。 問を整理します。 「学べば学ぶ程に、宗教や宗派のラベリングに重要性が見いだせません。むしろなぜ拘るのかわかりません。私に欠けている視点を、どうかお聞かせください」 以下は補足です。 私はキング牧師やガンジーを尊敬しています。彼らは別々の信仰を持ちつつも、※※教徒のためではなく、社会全体の差別撤廃のために活動しました。それでいて、全ては信仰に基づくと明言しています。このスタイルに敬意を持つ反面、宗教宗派のラベリングに違和感を持つということは、何かを見落としているのでしょうか? 宗教とか宗派に拘りがなく、人に言われるまで気づきもしないのはダメなのでしょうか?

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お先真っ暗

色々な人に助けられて何とか生きています。婦人科系の病気は中々手強いです。 私は一応キリスト教の信者なんです。もう20年以上も教会には行っていません。キリスト教では自殺は絶対に認めません。私が薬を買っただの飲むだなとここで言っていますが、どうしても理解出来ないんです。理由や原因が何であれ心身共に弱っていて命を絶ってしまった人の霊魂を受け入れないなんておかしいって神父様に言った事があります。頑張った、ギリギリまで頑張ったけど駄目だった人を、神から与えられた命を勝手に消したのは許されないなんて慈悲の神様がする事なんですか?って。結局水と油で教会には行かなくなりました。聖書をこの時くまなく読みましたが、自ら命を絶つ事は許されないと弟子が言っていて、イエズス・キリストは言っていないなと。こんな私がおかしいですが、自ら命をを絶った人の霊感が天国で安らかに過ごせます様にと祈っています。それは間違っていると神父さまが言ったので、もう教会には行かない事にしました。お坊様はどう思われますか?やれ薬をかったとか飲むとか言った私が聞くのは変かもしれませんが。 政府は決して認めようとはしませんが、CORONAの第1波が治らない内に明らかに第2波が日本を襲っていると思っています。益々主人は日本には来れないだろうと、もう一生会えないかもしれないとさえ感じています。婦人科系の病気はさっぱりです。治りません。通院に疲れています。でも、何とか生きています。息も絶え絶えです。

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宗教とは

祖父の葬儀の時に「死後の世界はこうなっています」と何層かになっている図の説明を受けました。 仏教に限らず死後の世界、天国地獄も含めて「あることは知っているでしょ」からはじまることが多く、「なんでだれも見たことないのにあるということになっているのか」が解りません。 さらに私の認識では例えば仏教はゴーダマシッタルーダが釈迦のペンネームで小説を書いてそれを各宗派の開祖が読んで読書感想文を広めた、というイメージなのです。そう考えないと宗派毎の教典の違いや祭事の違いなど差が出てくることが理解できません。 宗教が絶対のもので揺るぎがないものであれば解釈が変わったり宗派が分かれたりするものではない。会派が別れたり解釈が変わるのは不完全な創作物である証かと思います。広めるために土着信仰と結びつくなどその尤もたるところです。 かなり偏った意見になっているのですが「こういうことになっている」だけで「なぜそういうことになっているのか」「それが間違いない検証は取れているのか」を説明しているものがあれば教えていただきたいと思います。 化学実験でいえば「再現性」、こうすればこうなる、というものです。それがなければ「どうなるか解らないのに信仰するの?」となってしまいます。 また、どうしても論理的に根拠がしっかりしているものでないと認められない性格なのですが、「いやいや宗教というのはそういうものじゃないんだよ」というのがあれば教えていただけないでしょうか。

有り難し有り難し 34
回答数回答 4

宗教、神道、スピリチュアル

今の世の中は情報で溢れています。 スマホって簡単にいろいろ調べることができて、情報で溢れかえっています。 心がツライときや精神的にしんどいときに、 精神的に弱く強くなりたいなぁ 傷つきやすい性格を変えたいなぁと思い、 検索魔になって検索すると、 あれやこれやいろいろ出てきて、 何が良くて何が悪いわけではないと理解していますが、情報が多すぎて、よくわからなくなってきます。 何がホントなのか?何を信じていいのか? きっと私意外にも藁をもすがる思いで、いろいろ検索する人もいると思います。 (確固たる宗教など崇拝してる方は、このような迷いはないかと思いますが…) 信じたいことだけ信じてればいいのでしょうか? 仏教的な目線は下記のことはどのように思われますか? 全ての出来事は引き寄せ? 出会う人や出来事は偶然?必然? 自分に起こる出来事は必ず必要? 乗り越えられない試練はない? 健康に問題があるときは暗示? 仏様にお願い?神様にお願い? 宇宙に任せる? 自分の胸にすーっと収まった言葉こそがご縁があり、その時に、ん?なんか腑に落ちないなって思う言葉は受け入れなければいいのでしょうか? そのような言葉でも後から受け入れるようになるかもしれませんが… 私自身、家に仏壇もあり仏教ですが、正直、意識するときはお墓まいりや法事の時だけです。ですが、今度はお墓があるお寺に仏教講座があるので、参加しようと思っています。 自分勝手な考え、散文、お許し下さい。 お手数お掛けします。よろしくお願い申し上げます。

有り難し有り難し 26
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