昔のこと
もう13~4年前になりますが、大学サークルで幹事をやり飲み会のお金を何人か分立て替えたときのこと。
その中のひとり(後輩)の彼女(同級生)が私のところに後日きて、「彼、お金がないから払わなくていい?」と。私が「会計が狂う」というと、不機嫌そうに「ひとり払わないくらいでそんなに狂う?」といわれ、私が「私が立て替えてるの」というと一瞬だまり「じゃあもうわからないや」とどこかへ行ってしまいました。
その後メールがきて、「さっきはいいすぎた。ごめんね」とかかれてあり、私も穏便に済ませたくて強く出れず「ううん。いいお年を」みたいに返信して済ませてしまいました。
大学なので、その後顔を合わせる機会もありましたが、何事もなかったかのように、何も気にとめてない感じでした。
なんだか、今になってですが・・・悔しくて情けなくて、バカみたいで。きっとばかにされてたのでしょう。だけど、人にそういうことを平気で押し付ける神経がわかりません。自分のお人好しさも情けないです。
もう二度と会わないであろう人ですが、なんか急に思い出し、悶々と考えてしまいます。。
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驚愕した飲み会
りりー様
川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。
悶々としてしまうこと、ありますよね。
まあ、色々と事情もあります。
若気の至りとして、どうか許してやって下さい。
大学時代の飲み会で思い出しました。
ある先輩がいましてね。
飲みに行こう、おごってあげるからと言われたんですが、その先輩はとにかくお金が無くて有名でして、本当かどうか心配だったんですが、ついていきました。もしかしたら私が支払うことになるのかも・・と・・
そして、いよいよ飲み屋ののれんをくぐるのかと思いきや、隣のコンビニでワンカップの大きな方を二つ買って、「よし、これをまず一気のみだ」と言われて一気のみし、「じゃあ、坂道ダッシュ」と言われるままに、なぜか坂道をついてダッシュして、しんどさと空きっ腹で酔いが回ってふらふらに。
「よし、そろそろいこうか」と言って、行ったのが、飲み屋ではなくて、結局うどん屋。そこで500円もしないが、意外にも多いうどんを食べておなかいっぱいに。しかも、なぜだか既にほろ酔いで話も盛り上がり、うどん一杯で一時間以上談義して、飲み会が終わりました。
なんとリーズナブルな飲み会!と驚嘆しました。一人千円も掛かっていないが、酔って、おなかいっぱい、しかも楽しく話もして・・立派な飲み会でした。
その先輩におごって頂いたのは、それが最初で最後でした。何となくふと思い出しました。先輩、元気かな?
何の話でしたっけ・・とにかく色々と皆事情があります。時にはまあ、許して飲み込んであげることも。。
川口英俊 合掌
恨みは水に流せ
りりーさん、はじめまして。
りりーさんは、大学サークルの飲み会で支払いをしてくれなかった後輩のことが気になって仕方ないのですね。
一般には分別というと、道理や常識をわきまえていることを指します。
しかし、仏教では優劣・苦楽・善悪など心が分かれてしまいどうしたらよいのか分からない状態を「分別」と表現します。分別があればどちらにしたら良いのか分からず迷ってしまい煩悩が大きくなります。
リリーさんの後輩がお金を支払ってくれないことを悪であると断じてしまえば、それを追求できないリリーさんは悶々として善なる行動が取れなくなってしまいます。
では、どうすればよいのか。
分別をなくしなさいと説きます。リリーさんの後輩がお金を返してくれないことは仕方がない。水に流して忘れてしまいなさい。「恨みは水に流せ 恩は石に刻め」ということわざがあります。
恩を石に刻むことの方がよほど大事だと思います。リリーさんが忘れていいる恩を探してみてください。
リリーさんが心静かになることを祈念しております。