父親との付き合い方
父は今時珍しい昔ながらの厳しい人です。全てに厳しくてキレやすく、身内に怒鳴りちらします。
そんな感じで一方的に言いたいことを言ってこちらの話は全く聞かない人なので私はいつも我慢するしかありませんでした。
他の兄弟は家出しました。その後帰ってきた兄弟に私は兄弟に家を追い出されて別の場所に住んでいました。今は家を出ていき、連絡もつかず、もう帰ってこないようなことを父に言っていました。
兄弟は父の養子です。私にキツく当たり本当に辛い時に追い込んできます。
家を追い出されて、私が実家に帰った時私の部屋の物がゴミ袋に入れて捨ててありました。もう帰ってくるなと言うことみたいです。救急車で運ばれても、入院しても、兄弟は私に会いに来ませんでした。
親戚は養子だから兄弟が子供の頃父の実家の人たちによく思われていなかったから私にキツく当たるのもそのせいだと言っていました。
自分は死ぬしかないんじゃないか、とずっとそんな思いをしてきた中で、助けてくれたのが父でした。私はどうにかして父と普通に仲良くなりたいとおもい努力することにしました。
会話を、と思っていてもキレやすいので顔色を見ながら、相手の体調を見ながら、少しずつ話しても怒鳴られる。
子供の時から褒められず怒鳴られて育った私は親の前だと緊張して、電話するのも緊張するし怒鳴られると身体が萎縮して具合が悪くなります。
でも、ちょっとずつ親の気持ちがわかるようになりました。
ぶっきらぼうでひどい言葉ばかり言うけど、兄弟と私が仲良くやってほしいと思っているし私のことも心配しています。
私は人に恐怖心を持ちやすく、人間関係を作るのが難しく体調を崩してしまいます。
家族との関係から来ているので、家族、親との付き合い方が変われば他人との付き合い方も変わっていくような気がします。
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誰も平等な存在
うどんさん
わたしも、年上でも年下でも、先輩でも後輩でも同じ人間なのに、苦手意識を持っている人の前では、緊張したり、口数が極端に減ったり、顔を見ることができません。それはなぜかというと、相手を他の人と違う特別な人として認識してしまっているからです。
顔や見た目は違えど目は横に鼻は縦についているだけみんな同じ。それなのに、見た途端に価値判断を瞬時にして、好き嫌いを始めるのです。つまり、目の働きは区別も差別もしないのに頭でもってそれを区別差別するのです。しっかり相手を受け入れているのに、妄想がそれを拒絶するから、苦しみとなります。
目の働きのように、すなおにありのままを受け入れ、そこにジブンを介入させなければ、差別区別なく人と接することができるのでしょう。(^_^)