過去の虐待がわすれられません
幼少の時に母親から虐待をうけました。頭を殴られたり、蹴られたりしました。何年も躾だと思ってきましたが、友達に話をするうちにもしかしてあれは虐待なのかと思うようになりました。思えば、幼少の頃は母親の顔色を伺って生きていたように思います。物事の何がダメなのではなく、母親が怒りそうなことがダメなのだと思うようになりました。
虐待は暴力だけではなく、言葉で傷をつけられました。
虐待のことはなぜか、記憶を自分で強制的に思い出さないようにしてきたのか、それなのに最近は過去のことを思い出すようになってしまいました。
私は、自分のような子供を作りたくないので、結婚も子供も諦めました。
それでも、結局は最後に母親の老後は私が見るようになるでしょう。
一緒に暮らしていますから、老いていくのもわかるので、見捨てるわけにはいかないのです。頭ではわかっていますが、なんだか腑に落ちないモヤモヤした気持ちでいっぱいです。この気持ちは何とかならないのでしょうか
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
『お詫び』
投稿した文章は仏典・論書・祖録等を引用して予め法理を明示しなかった為に、回答内容が仏教とは異なった通俗的な価値観に比重を置いたアドバイスになっておりました。
この回答が仏教を学ばれる方々の妨げとなる可能性がありましたので、まことに勝手ながら回答を全て削除させていただきました。
代わりにここでは、仏教の概要を少し紹介させて頂きたいと思います。
『仏道』
仏教の門戸とその修行法は多種多様でありますが、その道のりの先にあるのは解脱です。
大乗仏教では、菩提心がその人に現れる時から仏道は始まり、数多の転生を繰り返し、数多の大師や仏菩薩と出逢いながら、久遠の修行の時を経て、その人の全てが捧げ尽くされ、そこで菩提心が開示されます。
道の始まりから人は、菩提心に導かれ解脱へ辿り着きますが、そこで悟るものも菩提心です。
道の初め、自らの苦しみからの解放を求める切なる純粋欲求であった個人的な菩提心はやがて、すべての存在を救いたいという祈りに裏打ちされた不屈の意志と信心をその人に刻み付け、非個人的な菩提心が解放されます。
そのような菩提心と與に道を歩む人を菩薩と呼びますが、菩薩の意志や信心、原動力の源が解脱の時に悟ることになる菩提心です。
菩薩が歩む大道の上には、見道や解脱、その先に続く仏としての完全な成就の因となる多種多様な修行が立ち現れます。
日本仏教という道もこの大道を源としているので、全ての道はそこへ還りつくようになっています。
その人の道はその人にとっての真性の師である覚者との邂逅や、久遠の時を與にしながら道を歩んだ法友との再会によって開かれ導かれていく歩みであると伝わっております。
どうかマナツ様の出逢いとその歩みの上に障碍がありませんように。
願以此功徳
普及於一切
我等與衆生
皆共成仏道
合掌
やられたら包み込む、心の温かさ
チセさま
過去の虐待を思い出すと、お母様を赦せないということですよね。
今は、昔のようなことはないのですよね。
あなたがその優しさでお母様のことを赦すことは、虐待の連鎖を止めることでもあります。暴力を暴力で返すと連鎖は続きます。やられてもやり返さず、もっと大きな慈悲の心で包んであげることで争いはおさまります。
お母様は子育てが分からず、感情任せにしていたのでしょう。事によるとお母様が昔されていたようにあなたにもしていたのかもしれません。そうしたことも含めあなたの温かい心で赦してあげることです。
お母様と虐待についての過去の話をしてみて二人で話し合ってもいいかもしれません。もちろん感情は置いといて、赦す心で話してみたら、決着がつくかもしれません。お母様がどんな反応を示しても私は全て赦すというスタンスで、お母様の老後も私が看ると言ってあげてください。お母様も安心するのではないでしょうか。
過去は過去として流し、あなたが本当に心からお母様を許すことができれば、あなたも楽になれますよ。
質問者からのお礼
>妙香さま
アダルトチルドレン、インナーチャイルド、調べてみました。
アダルトチルドレンに関しては調べれば調べるほど、自分が子供を産まなくて良かったと思っています。
今の私に与えられている環境で幸せを感じれるように自分と向き合わなくてはいけないと思っています。
回答して下さっているのに上手く言葉にできなくてすいません。
>邦元さま
一度、母親に虐待の話をしたことがあるのですが、「そんなことしていない。」となかったことにされました。
暴力の虐待、言葉の虐待どちらも連鎖しそうで、私は結婚、出産すらできません。
ですので、少しでも私自身が今の生活の中で喜びを見いだせるかと考えています。
回答ありがとうございました。



ご相談時間は不定期なので、いくつかご都合を教えてください。
◆小学校教員もしています。子供、家族、ご自身のことお話をお聞きします。
◆禅のおかげで私も救われました。禅の教えを基に「思い通りにしたい」という自分の都合や価値観から生まれた思い込みをほぐしていくお手伝いをします。
◆仏教は人生を豊かにしてくれることを感じてくだされば嬉しく思います。