人を憎んでもよいのでしょうか。
お願いいたします。
私は父親に嫌悪感を持っています。
理由は、隣人とトラブルがあり隣人に対して嫌がらせをしています。
長年、父が一方的な被害者だと思い私も全力で問題解決に取り組んできて、何度も間に入って相手を責めたり、逆に和解の方法を考えてきました。何度も父は単に我慢しているだけで心当たりはないことを確認してきました。1年ほど前、実は父も実行していたことを知りました。
実際、軽微とはいえ犯罪行為に変わりありません。
学生であればいじめをするやつと同じ心境でしょうか。
自分の父親がそんな人間であると知ってから嫌悪感しかなく、また、嘘をつかれていただけでなく、被害者面して私自身も相手を打ちのめす材料として使われていたのかと思うといたたまれなくなり遠くに住み、家を出てしまいました。
そして1年以上連絡を取っていません。自動的に母とも連絡を取らない状況となり、そこは申し訳なく思っております。
思い出すたびに吐き気がするほどの感情になり許せません。
この感情はほっといてよいものでしょうか。
自分自身も苦しいのは事実なのですが。
父も老齢です。いつ亡くなったりしてもおかしくないと思います。
このまま亡くなってしまっても、今の私にはその後後悔するのか、割り切れるのかも予想できません。
かといって許せない感情のまま会っても何も変わりません。はっきり言えば、まずは父が痛い腰なのは理解しています。老齢で遠距離がつらいことも理解しています。それでも歩けるなら私に頭を下げに来るべきだと思っています。それが頑固で、年齢的なプライドもあってできないなら、許す気になれません。こちらから謝罪を求めるのも価値がないと思っています。自発的に感じるのが人の心ではないでしょうか。
父が今何を思って、その後どうなっているのかは存じません。
私はこのままでもよいのでしょうか。
お坊さんからの回答 1件
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相談するくらいなら。
こんにちは。今日は東京、爽やかでいい天気です。
貴方が一人の人間として父親に相対する時期ではないのかしら。サラッと実家を訪れ、「お茶飲みに来た」と言って両親の老っぷりを見てきたら如何ですか。これ、結構上級な大人のテクニックですけど。
そういう距離感で付き合えるようになると、親御さんから見れば子育ての、貴方から見たら親からの自立の、完了であると思います。
お父さんの頑固さとか自己正当化は、恐らく変わっていないと思います。けれど、確実に老けているはず。それを見届けた上で、自分の身の振り方を改めて決めたら如何かと存じます。
追伸
「お礼」、拝読しました。あなたの望む答えではなかった、とのご趣旨かと思います。けれど、私は貴方の主訴を「自分自身も苦しいのは事実なのですが」と読みました。「親父のやつ、許せん!ムカー」と言っている限り、この問題は終わらないと思ったのでね。
自分の持っている視点や視野からは解決できない。だから相談したのではないのですか?「自分の望む解決じゃなきゃ嫌だ」という拘りから自由になりなよ、というメッセージなのですよ。
質問者からのお礼
ありがとうございます。
少し説明不足だったかも知れませんが、仲直りしたくて悩んでいるのではありません。
このままほっとく事は許されるのかという所です。仲直りとは逆の気持ちです。ふらっと顔色伺いに行ったら、父は今までと変わらないで許された。って安易に受け止めますよね。