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娘の死

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有り難し有り難し 37

2度お答えいただき、苦しくなると読み返しております。
二女ですが、あまりお姉ちゃんの話をしませんし、手を合わせることもしないのです。
5年生です。病院では号泣しており、通夜、葬儀を終えてから泣くことはなく、私に泣くなと言います。今月運動会がありますがお姉ちゃんを思い出して泣かないでよと言います。
私を見て!だと思います、もちろん支えてくれています、いとおしいです。でも四六時中長女が頭から離れずにいますので二女にも伝わっていますよね。私の気持ちが定まらず辛いです。
二女がかわいそうだと思いますが、涙が出る毎日が辛いです。思い出す事が辛いのはわかるのですがそればかりなんです。
二女に悪い気持ちでまた辛いです。
それから夜中何回も二女が息をしているか確めるようになりました。
いろんなことを思いすぎて自分も周りも疲れてしまいますか?

2013年5月15日 23:18

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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

相手とは別存在であることを自覚し、自分を生きる。

タイトルからすると冷たいと思われるかもしれませんが、単純に考えずに、平易な言葉ではありますが禅の修行的にも大変深い意味がありますので、よーく吟味なさってください。
人は大きな喪失体験をいたしますと、防衛精神が盛んになります。
「またあのような恐ろしい、悲しいことが起こるのではないか」
その反応として、怒り・恐れ・不安・悲しみが沸き起こるのです。
時々過去に戻られてしまう、思いの中で生活されておられるから、現実の中の正しい真実に対して、自分の思いを重ねて脚色してしまうのでしょう。
あなたが今なすべきことは、自分の中のあるべき理想状態を捨ててしまうことです。
無意識のうちに「こうあって欲しい」という理想、期待、設定が強く現れているのではないでしょうか。
自分の中で「私の生活はこうあるべきである」という理想が高ければ高いほど、現実の生活がちょっとでもズレると、ハラハラするものです。
これはじゅんちさん限らず、誰もが皆そうです。
設定やマイルールが無くなれば、良かれ悪かれ今の現実を一つ一つクリアーしていく他にやることはありません。

“自分を生きよ”
お子さんが心配、お子さんに悪い、お子さんに気を使う、もっとしっかりしなきゃ…
これらは皆、誰がその思いを起こしておられるのでしょうか?
間違いなく、あなた自身なのです。
仏道とは、自己をならう道です。
あなたは問題が無数にあると思っておられるが、そうではない。
長女、次女、と思いを馳せて一日に108はおろか無数に気苦労されているのは、
たった1つのあなたの心、それ一つだけ!なのです。
だからこそ、問題を多岐にわたらせず、根源の自分をきっちりと生きなければいけない。
それは悪いことではない。正しい生き方なのです。
自分が自分をしっかり生きる。
アレコレと外のことのように思っておられることも全部「自分のやっている思い」であることに気づく。自分を責任持って生きる。まずは外のことをあれこれ思われるよりも、自分の心を調えることです。もう一度申し上げます。自分をしっかりやるのです。
何故ならば、次女に本当に悪いと思われるならば、あなたがもとのお母さんに戻ること。たとえ長女が亡くなってもあなたが元のお母さんであること!自分をしっかり取り戻すこと!それが長女さん、次女さん、そしてあなたの一番の安心、笑顔に繋がるからです。

2013年5月17日 9:34
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

微力ながら

じゅんちさん。

おつらい日々をお過ごしのことと存じます。
また、ご主人も二女さんもそれぞれの悲しみがあり、苦しんでいらっしゃるのだと思います。

二女さんは、母親の悲しむ姿を見るのが辛いのでしょうね。また、自分が母親の悲しみを埋めることが出来ないのが辛いのかもしれません。

「お姉ちゃんに手を合わせることもしない」とありましたが、私も父が突然亡くなった後、1年間は遺影を見て手を合わせることが出来ませんでした。
そして丸2年経ち、三回忌を終えてようやく父の死が腑に落ちました。大切な人の死を受け入れるのには、それだけ時間がかかるのだと思います。

「七子のたとえ」という仏教の話があります。
『例えば子どもが7人いて、そのうち1人が重い病気になった。親は7人の子どもを平等に愛しているのだけれども、その時だけは病気の子に愛情を注ぐ』という話です。

二女さんに、じゅんちさんの思い(二女さんをいとおしく思っている、けれど長女さんを悼む心が深い)を率直に打ち明けてみてはいかがでしょうか。

ご家族の誰もが傷つかない方法は無いと思います。
共に苦しみ、そして乗り越えてゆくことを、心より念じております。
私も微力ながら、hasunohaを通じてお手伝いさせて頂ければと思います。

2013年5月16日 0:28
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有り難し
おきもち

浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

葛藤したり、悲しんだり、受け入れたり、ふりまわされたり

じゅんちさん、こんにちは。

長女さんのこと、お悔やみ申し上げます。
病気というのは身体の中のことで、パッと見ても分からないことです。まして肝臓ですから、とても分かりにくいと聞きます。毎日接していても、家族であろうと、先生であろうと、友達であろうと分からないものです。

さて、じゅんちさんのお言葉から分かることはなんでしょうか。
それは娘たちのことを愛しているということです。悲しいはずです。それにきっと次女も悲しくて涙しているはずです。私たちの知らない、見えない場所でです。

心にぽっかりと穴が空いたかのよう、と言いますが、その穴とは失ったものがあったはずの空間のことです。

では、その空いた穴をふさぐことは出来るのでしょうか。あったはずの空間、長女さんの存在感は大きいものです。お腹を痛めて産み、15年という年月やこれからを見守り続けるはずでした。それだけ長女さんは大きい存在なのですから、1週間、1ヶ月、1年と・・もっと時間がかかるかもしれません。

しかし。空いた穴は大きいけれども、それだけ大きな存在(長女さん)に今じゅんちさん自身、見守られてもいる・・・と考えることができます。

葛藤したり、悲しんだり、受け入れたり、ふりまわされたり。人は空いた穴をふさぐために右往左往します。そして、順調に穴をふさげるかというと・・・出来ません。むしろ、行ったり来たりを繰り返すだけとも言えます。
なぜなら、穴が空いたという事実は変えられないからです。
もう後戻りはできません。長女さんにとっても、同じことです。じゅんちさん、ご主人、次女さんにとっても。
だからといって、事実を今すぐに受け入れなければならないわけではありません。
これからの『時間』が変化を与えてくれるはずです。私たちが私たちの道を歩むことが、長女さんが長女さんの道を歩むことにもなるはずですから。

私も微力ながら、hasunohaを通じてお手伝いさせて頂ければと思います。

2013年5月16日 14:07
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有り難し
おきもち

「~です」とは、「~だと、ぼくは思うのです」ということです。 回答は、書...

じゅんち様

とても書き言葉では表せない位の、つらい日々をお過ごしの事と存じます。

次女様の其の行動に、お母様で有るじゅんち様は反応したく成るのも判りますが、今はお母様の気持ちを押し付けないであげて下さい。
と言うのも、浦上 哲也 師も申して居られますが、「大切な人の死を受け入れるのには、それだけ時間がかかるのだと思います。」と言う事です。
大人の、其れも僧分の方がそうなのですから、お子様では尚更です。

また、次女様はお母様で有るじゅんち様の悲しむ姿を見るのが辛いのでしょうから、自分を押し殺してまでお母様で有るじゅんち様に対して、一生懸命に虚勢を張っているのではと存じますよ。

ご主人様や、お母様で有るじゅんち様次女様が、同じ哀しみを共有しているのですが、表現方法が違う事が有ると言う事実もご理解下さいな。

また以前の書き込みにも書き記しましたが、こうして此処に書き込み為さる事も良いのですが、 ご葬儀の折にお世話になった菩提寺のお寺様が居られたならば、一度お話を伺われたらと存じます。
または、当方(090-3390-2137)へのお電話でも宜しいですよ。
書き言葉だけでは受け手である我々が、お母様で有るじゅんち様のお心との共有にズレが生じる恐れも懸念致しますので…
どうぞ、ご遠慮なくお話を為さいませ。

2013年5月16日 9:52
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有り難し
おきもち

色々の悩み事がこの世には沢山有ります。 大学の卒論で密教天文暦法を研究致...

「身近・大切な人の死・悲しみ・喪失」問答一覧

婚約した彼の突然の死。生きる糧が欲しい。

先日、長年お付き合いをしていた彼が急性の病で亡くなってしまいました。 亡くなる前のデートで、「来年には籍を入れよう」とずっと待ち焦がれていた言葉をくれていました。 私たちは付き合いも長いですが、本当に仲良しで、喧嘩も少なく、レスもなく、本当に愛し合っていました。 まだ同棲はしていませんでしたので、やっと毎日一緒に暮らせると思っていた矢先、彼は倒れ、帰らぬ人に。 ご家族からお話を聞いた時には、信じられなくて。 何かの悪い夢か、嘘なんじゃないかと。 奇しくも、告別式は私たちの記念日でした。 十何年目の記念日が、お別れの日になってしまいました。 今、すごく会いたいです。 悲しいです。 この辛い今を生きる糧として、彼の赤ちゃんが欲しい。 何か奇跡が起きて赤ちゃんができないか…。 赤ちゃんにはその分、たっぷり愛情を注ぎたい。 赤ちゃんができているかは分かりません。 これは私の願いです。 次の生理が来るのも怖い。 来ないで欲しい。 私に生きる力を与えてくれる生命が宿ってくれないか、願ってしまいます。 本当に彼のいなくなってしまったこの世界に生きることが辛いです。 食事を取るのも悪に感じます。 彼はどんなに苦しかったか。 悔しかったか。 彼は死んでしまう前に、私へメッセージを最後の力で残してくれました。 そこには私への気持ちで溢れていました。 苦しい時に私を想ってくれたこと、本当に嬉しくて。本当に悲しくて。 なるべく早く彼の元に行きたいと願ってしまいます。 私は、彼のいないこの世界で何も頑張ることができません。 これまで生きてきて、早く死にたいと願うなんて初めてです。 自死はできない。 自死は彼も悲しませるし、私の家族も友人たちも悲しませてしまうから。 私も彼と同じ病で同じ苦しみを味わい、死にたいです。 本当にまだ彼のこと愛しています。大好きです。 私はこれから何を糧に生きれば良いのか。見つかるのでしょうか。 苦しいです。 まだまだ修行の足りない私にアドバイスをいただければ幸いです。

有り難し有り難し 8
回答数回答 1

大好きな祖父の死が受け入れられません

文才がなく、読み難い文章で申し訳ありませんが、御教授頂ければ幸いです。 小さい頃に両親が離婚をして、祖父母に育ててもらいました。私にとって祖父母は両親以上に親だと思っています。 一昨日、大好きな祖父が亡くなりました。 10年前に末期の前立腺がんと診断され、それから懸命の治療をしてきました。昨年に末期の糖尿病を患い、今度は食事制限が始まりました。 今年に入り、血栓が見つかり、脚がぶくぶくに浮腫んで歩くこともままならなくなった祖父。 先月、いつもの抗がん剤治療のため病院へ行ったら、酸素飽和度が低くなっているため治療が出来ず、そのまま入院。酸素投与をしながら様子を見ることに。 脚の浮腫もあり、入院中も寝たきりで家族とは祖父が帰宅したら家での介護は難しいかもしれないね、と話していた矢先、祖父の容態が急変。 その時一命は取り留めたものの、間質性肺炎を患い「いつ何が起こるかわからない状態」と医師に告げられました。 入院中出来る限りお見舞いに行き、ときには病院へ泊り込み。個室だったため24時間家族の誰かしら祖父の近くにいる状態が続きました。 ある夜、祖父が私のことを呼んだので「何をしてほしい?」と聞いたら「苦しい、痛い、もうおしまい」と祖父が言いました。私はそれを聞いて祖父に隠れて泣きました。私が少しでも長く祖父の傍にいたいという気持ちは祖父にとって苦痛でしかないのだろうかと思い、とても辛かったです。 祖父の最期は家族全員で見守りました。呼吸が浅くなり、そして止まり、心臓が少しずつペースを落としていきました。 死ぬ間際まで耳は聴こえると聞いていたので、ひたすら「じじ、じじ、大好きだよ」と祖父の頭を撫でながら耳元で伝えました。 祖父はどんな気持ちで旅立ったのでしょうか? すごく苦しくて痛くて辛かったんでしょうか? 私の最後の言葉は届いていたのでしょうか? 祖父母の家から徒歩数分のところに住んでいるのに、入院する前になんでもっと会いに行かなかったんだろうととても後悔しています。 医師に言われて、私なりに覚悟をしていたのですが、今も祖父の死を受け入れられません。 入院中脚をさすってあげたり、お口の中を拭ったりしかしてあげられませんでした。もっと沢山お話をすれば良かった。ひ孫を見せたかった。 辛くて悲しくてどうしようもありません。立ち直れません。会いたいです。

有り難し有り難し 10
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以前、親友の死について質問をさせて頂きました。そこにあった彼女の死から学び自分らしく生きていくことが大切だというご解答がとても心に響き、前向きに生きてきたつもりです。 しかし、今になってまた彼女を失った悲しみが押し寄せてきて辛いです。 もう3年も経つのに、一時は気持ちが落ち着いていたのにおかしいでしょうか。 彼女の携帯は動いていないのですが、SNSのアカウントが残っているので最近は連日そこにメッセージを送っては涙しています。もちろん既読になることはないのですが、近況を報告したりすると少し気持ちが落ち着くと同時にもういないんだということを再認識して辛いです。 こんなことはやめたほうがいいのは分かっているのですが、どこかまだ受け入れられていないのかもしれません。 さらに、最近また子供を授かることができました。そのことを親友に報告したかったという気持ちが大きいような気がします。 赤ちゃんが部屋の中を見回してニコニコしているのを見るともしかして会いにきてるんじゃないかと思い嬉しいと同時に悲しくなってしまい、涙が出てしまいます。 夜中にお墓参りに行けば会えるんじゃないかなど馬鹿なことを考えて主人を困らせることもありました。子育ては楽しいし、普段の生活は明るく過ごせていると思います。ふとした時に気持ちが落ち込んでしまうのです。 何度も繰り返すこと辛い気持ちは乗り越えることができるのでしょうか。

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有り難し有り難し 4
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父の死

回答頂けたらありがたいです。 先日、離れて暮らす74歳の父が4ヶ月間の闘病の末亡くなりました。白血病でした。 入院後すぐに医師から余命数週間から数ヶ月と家族だけに宣告され父に悟られないように平常心で接してきました。 父は「来年は~」と未来の話をしたりして私達家族は「そうだね!早く治さないとね」と苦しくて胸が張り裂けそうになりながら嘘をついて父を励ましていました。 変に優しくしたら悟られると思い4ヵ月の間お見舞いには行くものの、いつも通りの素っ気ない態度を取ったり、車で片道1時間半の病院だったのもあり毎日はお見舞いに行けず、でも毎日行っておけば良かったとか、もっとありがとうの言葉を伝えれば良かった、お父さん大好きだよって伝えれば良かった…と後から後悔が押し寄せてきて泣いてばかりいます。 息を引き取る前に「お父さんの娘で良かったよ、ありがとう」と伝える事は出来たのですが意思疎通も出来ない中で言っても…もっと会話が出来るときに何故言わなかったんだろうとグルグル考えては泣いての繰り返しです。 父が亡くなってからテレビを見て笑うのも、美味しいご飯を食べるのも普通の生活をしている事自体、申し訳ないような罪悪感があり辛いです。 父は私の気持ちを分かってくれているでしょうか? 生きてる時と変わらず見守ってくれているでしょうか? 本当に辛いです。

有り難し有り難し 30
回答数回答 1

祖母の死が自分のせいではないか。

今月祖母が亡くなりました。脳梗塞からの誤嚥性肺炎で、死因は急性呼吸狭窄症候群というものでした。 ここ一年は、胃ろう生活で口から食べることを一切許されない状態でした。 その状態を、不憫に思った私は、施設に往診に来てくれている主治医に、何とか口から食べさせたい旨を伝えて、なんとか、検査入院させてもらえました。結果は、やはり、難しいとのことでした。丁度、胃ろうの交換の時期に当たっていて、いつもはA病院でして貰っていた物を、今回は検査入院できる、B病院で、胃ろうの交換をすることになりました。 入院中は、意識もはっきりしていて、ハナセハしない物の、手は動かせたりしてました。しかし、胃ろうの交換の時、胃の内容物が、逆流してしまい、肺に入ってしまったと主治医からの説明がありました。極めて危ない状態であると言われました。交換から帰ってきた祖母は、とても、苦しそうな呼吸にかわっていて、私は大変なことをおばあちゃんにしてしまったと思いました。主治医は、簡単な処置だから付き添いも要らないですよ、と言われてたので、とても、納得出来ませんでした。そこから、六時間後には、もう、祖母の意識は薄れているようで、マスクタイプの人口呼吸器などを付けて貰いましたが、翌早朝、いきをひきとりました。 私が、口から食べさせたいなんて、思わなければ、相談しなければ、こんな結果にならなかったんじゃないか。おばあちゃんは、息が出来なくて、苦しみながら亡くなったんだと、母や、母のお姉さんに、申し訳ない、いろんなきもちがわっと来て、胸が苦しいです。 ネットとかで調べても、そもそも、胃ろうしてる時点で、延命治療なんだから、とか、胃ろう交換に、耐える体力がなくて、病気や老いの方が、何枚も上手なだけだったとか、でてくるのですが、いつもの、A病院で、いつも通り交換を、していたら、まだ、おばあちゃんは、生きてて、あんな苦しい死に方しなかったんじゃないかと、自分を責めてばかりです。 おばあちゃんは、今どう思っているのでしょうか。

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