自分の心との向き合い方を教えてください
私は両親や友人などがとても好きです。それゆえに、好きな人達に何かあった場合、私はものすごく気分が沈んでしまいます。
両親が近所の人に文句を言われたり、友人が同級生から軽いいじめのようなものを受けたりしたら、自分のことのように落ち込みます。
勿論自分にも嫌なことはありますが、その場合エネルギーのある状態(チクショウ!といった)でいられますし、わりとすぐ回復できますが、好きな人に嫌なことがあった場合どよんとして、ただただ悲しい状態が続きます。
たいていの場合当事者の方は少し経てば元気です。少なくとも、私からはそう見えます。なので、当事者ではない私がいつまでも落ち込んでいるのも良くないように思います。
特に私が悲しく、落ち込んでしまうのは双方に問題がある場合です。家族にもこんないけないことをしていた点があった、友人にも至らぬ点があった、しかし相手もこんなことをしてきた点は問題がある…といった状況です。
おそらく自分のことなら、私も悪かった、次は気をつけようと思えるんだろうと思います。しかし、私は所詮第三者です。なので余計に白黒はっきりつけられず、気分が沈んでいるんだと思います。
なにより、良くないとは思いますが私は私の大切な人を傷つけた人が憎らしいです。どこかで軽蔑もしています。しかし、そんな感情を持っていたところでどうしようもありません。なにより、私もどこかで他人にそんな思いをさせてきている以上、相手を責めるのは違います。わかっていますが、ドロドロとした感情を捨て去ることができません。
私は、この心とどう向き合ったらいいのでしょう。他人と自分、しっかり割り切ることが出来れば良いのですが、正直、そう簡単には出来ないだろう、出来るわけがないと考えています。
乱文となってしまいましたが、どうぞ、よろしくお願い致します。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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こころコロコロ
若いのに文章がしっかりして、非常に頭がよさそうな感じです。
きっと人の機微を感じ取ることに長けているんですね!
頭もよく慈悲心に溢れた九楽さんなのに、そこから憎悪が生まれてしまうのは勿体ないことですね(>_<)
菩薩さまの心は、慈悲の心とされていますが、それは「悲しい人には、ともに悲しみ、嬉しい人には、ともに喜ぶ。人の苦を除き、楽を与える」ことです。
誰かに寄り添って、分かち合うことは大切です。
好きな人と嫌いな人、自分と他人、いいことと嫌なこと。
ついつい分けてしまいますが、仏教は案外、分けません。
例えば「厳しく叱られる…嫌なこと…でもそれによって学び成長する」「病気になる…嫌なこと…それによって健康に気をつけるようになる」など、嫌なことに分けてしまったことも、それこそ心持ち次第で 単なる嫌なこと じゃなくできるんですよ。
自分は他人のおかげで存在しています。
誰かは誰かを支え、その誰かが私を支えています。
至らぬ点は、お互い凡夫ですから多々ありますよね。
だからこそ、そこを認めてよくしていくことができます。
我慢できれば忍耐力となり、強くなります。
相手を許せば慈悲心となって、人に優しくできます。
心は文字通り、コロコロ変わっていくものですから、辛い気持ちもコロがってけば薄れますし、そーやって心は大きく頑丈になっていくもの。
…と見て、これからも人を思いやり慰めて励ましてあげて欲しいと思います(^_^)
憎しみを捨てる事は難しいですねぇ
九楽さま、はじめまして、文書を拝見しましたが、本当に自分ごとに取ってしまわれる優しい方だと思います。しかし憎しみが起こる事は、私たちが持っている煩悩です。お釈迦様の教えに怨存会苦という苦しみがありますが、これは憎んでいる方に会わなければいけない苦しみですが、本当に人間の感情では許せない部分がありますが、その様な方々の事を考えるよりも、「おかげさま」「お互いさま」という気持ちと「周りの方々に支えられているのだ」という思いで接する事が大事ではないでしょうか。合掌
質問者からのお礼
深夜にも関わらずお答えしていただき、本当にありがとうございます。
「他人に支えられている」という視点が抜け落ちていたので、そちらに感謝する心を持ちたいと思います。
→怨存会苦、初めて知りました。私のこの苦しい気持ちは、お釈迦様の教えにもあるものだということが、おかしい話ですが少し心が楽になりました。
→我慢できれば忍耐力、許せば慈悲、なんだか面白いですね、結局私の財産になるんですか。
じゃあ、…うまく言えませんが、なんだか得をしたような(少し違いますが)気分です。
ありがとうございました。心がスッと楽になりました。お釈迦様の教えと、お坊さんって凄いのですね。
心の弱いところに寄り添ってくれるような教えのように思います。
本当にありがとうございました。