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運命は決まってるのですか?

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享年29歳で私の子供が事故で亡くなりました。あるお人に聞いたところその子の運命は生まれる前から決まっていたとの事、子供は親を選べないと言いますが、そうじゃなくそれも生まれる前からどの家に生まれるかも決まっているとの事でした。私の家に生まれて不幸だったのか、子供の今までの人生を考えるといたたまれない気持ちで、まだ死を受け入れきれなくてどうしようもないです。もうすぐ四十九日です。何も手に付かず悲しい毎日を送ってます。教えて下さい。

2015年5月7日 11:56

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

運命論は安易な現実肯定論

亀山純史と申します。
仏教では運命論を説きません。仏教では「様々な因縁(直接的な原因と、間接的な原因)によって物事は生じる」という因縁生起で物事をとらえます。もしも、この世が運命で動いていたとしたら、4年前の東日本大震災や、ネパールでの大地震も、運命だというのでしょうか。運命論は安易な現実肯定論でしょう。そしてこの安易な現実肯定論は、正しく物事の道理を見ることを妨げてしまいます。つまり、結果ばかりに目が行き、その原因(因縁)に目を向けることができなくなります。原因(因縁)に目を向けることができなければ、不幸な出来事の再発防止へとは繋がっていかないでしょう。また、人生は運命で決まっているとしたら、未来もすでに決まっているはずですが、未来を正しく予知することができる人は誰もいません。ですから、人生を運命ととらえることはナンセンスです。そして人生には喜ぶべき幸運も悲しむべき不運もなく、ただ決められた運命があるのみということになってしまいます。

さて、29歳の若さであなたのお子さんが亡くなられたとのこと。心中、お察し申し上げます。私の最近のhasunohaの回答でも述べましたが、故人はあなたに自らの死をもって、仏教の教えの要である「諸行無常」、すべてものは悉く過ぎ去っていくものであることを教えてくださっていると捉えてはどうでしょうか。平安朝の女流歌人の和泉式部は、幼い我が子の死を悼んで、「夢の世に あだにはかなき 身を知れと 教えて帰る 子は知識なり」と詠んでいます。「幼くして逝ってしまった我が子は、この私にこの世の無常なることを教えるために、生まれ、そして死んでいった仏様だったのだ。」ということです。あなたのお子さんが一番喜んでくれることは、その死を受け入れることができない状態で生活をすることではなく、悲しみの中にも、その死を通して、この世の無常をしっかりと受け止めて生きて行くことではないでしょうか。もしも、あなたがお子さんの死を受け受け入れられず、その後の人生が充実したものにならないとしたら、あなたのお子さんは、自分の死が原因でお母さんは苦しんでいると思うでしょう。それはあなたのお子さんにとって、喜ばしいことではありません。
以上が私の回答です。すずさんの心の癒しに少しでも役立てばと思います。

2015年5月7日 22:10
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おきもち

hasunohaを訪れてくれた皆さん、こんにちは。私は浄土真宗本願寺派の僧...

いのちは生命とは違うもの

「いのち」を授かり「いのち」を全うする。そして姿かたちが消え亡くなった後もいのちは存在し続けます。質問者さまのすぐ近くで。感じることも見ることもできなくなりますが、より近くに存在しているという考え方もあります。

運命のようなことが決まっているのかどうかは分かりませんが,ある条件がそろい生命が誕生し,ある条件により生命が消えます。

仏教では49日で生命が生まれ変わりまた新しく誕生するといわれています。

1つ言えることは、質問者さまが今も亡くなったお子さんのことを思っているということ。それだけの愛情があれば、きっとお子さんにも伝わっていたことでしょう。そしてきっと幸せを感じていたことだと思います。

2015年5月7日 22:10
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おきもち

仏教は決まった運命ではなく 因 縁 果 変えられる命運

謹んで、ご子息様のご冥福をお祈り申し上げます。
今は大変お苦しいこととは思われますが、ご子息様のご遺影、お位牌、墓前にお手合わせをして、ご身心中のご子息様とお話をされる中で、少しづつ、次第に真実に目が開かれ晴れやかな気持ちになっていかれる事と思います。
ご子息様の今まで立派に生きてこられたこと、尊厳を讃えられ、褒めてあげてください。
そして、これからも見守ってく下さるように、新たなる存在としてお手合わせをしてゆく中、仏の教えを学んでいってください。そうする中で、新たなる縁が加わり、すず様の運命、命運、仏教では結果が変わります。
運命とは民間思想の一種です。
納得のいかなかった受け入れがたい出来事を「運命」という言葉で「ああ、あれは運命だったんだ」と解釈しようとする人間の思考形態が存在するだけで、理性的なものの見方、正しいものの見方、お釈迦さまの正見とは真逆の考え方です。
運命思想を信じる人は、占いなどを信じるような誤ったものの見方をする人々ですから、ご子息様のご不幸に「運命」という言葉を重ねられてしまっては、むしろ「違和感」すら生ずることと思われます。
仏教では、因果、因縁果と申しまして、原因と結果、結果を変えるために、働きかける「縁」という考え方があります。
運命というものは、原因と結果で決まっているものではなく、縁を加える事によって結果が変わっていくものです。
すず様が、お苦しい状態であるならばこそ、正しいものの道理、正しいものの見方を縁として加える事で、結果が晴れやかになります。
その為には、お釈迦さまも生まれてすぐにお母さまを亡くされ、さまざまな苦しみの中に在っても、救われたように、すずさま自身が、ご子息様の菩提を弔うためにも、菩提心をおこし、仏さまの教えを学ぶことです。
生老病死、愛別離苦…、さまざまな苦しみから救われる教えが仏教です。
ここで、すずさまの運命、命運、結果が一つ変わりました。
運命というものなどないと悟り、自らの心の中の、ご子息様の苦しみを取り除いて差し上げる為に、自分自身の苦しみを仏教・覚者の教え(正しい道理)を学び、それを縁とすることよって、安らかなる悟りの花を咲かせてください。
菩提を弔うというは、自らの衆生(迷妄の闇)を仏の教えによって救うことである。

2015年5月15日 9:26
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おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

質問者からのお礼

有り難うございます。教えの言葉を聞いて涙が止まりません。自分自身後悔と悔しさだけが残り何も考える事もできませんでしたが、なんとか前向きに子供の分まで頑張りたいと思います。
有り難うございました。

有り難うございます。毎日が苦しい日々でボーッとしてしまいます。突然の事故で逝ってしまった息子は悔しさ一杯だったろうと思います。
遣りきれない気持ちで一杯ですが毎日手を合わせ冥福を祝って過ごしていきます

「運・運命」問答一覧

運命だったのか

こんにちは。 いつもお坊さんからの素敵な助言や、 考えを拝見させていただいております。 一つ質問させていただきたいのですが、 お坊さんは、避けられない運命というものは存在すると思いますか? 私の体験なのですか、ちょうど一年前 何をやっても上手くいかず前に進めないということがありました。(仕事に関してのことです。) 最悪の事態を避けようと様々な手を打ったもののすべて裏目に出てしまい職を失いました。 私が苦しんでいるのを見て面白く思っている同僚や、先輩も多くいると知り、夜眠れなくなり、何故自分だけという思いから前向きな考えや、未来に期待することにも疲れていました。 このような出来事は起こるべくして起こっているのですか? それともたまたま、私であったのですか? 神様は超えられる試練しか与えないと聞きますが、あまりにも辛く私は諦めて逃げ出してしまいました。(逃げたてしまったことは、とても後悔しています。) また、そこから何か新しいことに挑戦することも怖くなりました。 あの経験は必然であったのか、それとも 偶然であったのか、今でも毎朝考えてしまいます。 私がなぜ、自分だけと考えてしまうのが 間違っているのですか? しかし、私は自分なりに全力を 尽くしていたと自負しております、、、 もし、お返事頂けたらありがたいです。

有り難し有り難し 8
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これは運命ですか?

こんな相談で申し訳ないのですが。 元彼と別れて一年が経ちました。 元彼は地元が同じく幼馴染のような関係で 一年ほどお付き合いしていました。 別れて一年も経ってしまえば、この気持ちも冷め 次に進めると思いました。 ですが、未だに彼の事が忘れられません。 (彼には新しい彼女がいるようですが…) 私は彼以上の人がいるとは思えないのです。 そう思う理由は 別れてから半年が経ち 気持ちを整理するために遠出しました。 海の見える公園でしたので 気持ちを整理するには 良い場所でした。 帰ろうとした時に前から歩いてくる人に見覚えがありました。 目が悪いのでよく見えなかったのですが すれ違う時にその人が彼だと気づきました。 その時私は驚きよりも怖いと感じました。 地元が同じなのになかなか会えない彼と 遠い場所で同じ日に会えるなんて 私には運命としか思えてなりません。 彼もこちらに気づいたのですが 顔面蒼白で嫌な顔をしていました。 彼の隣には新しい彼女がいました。 私達が別れる原因となった女性です。 彼はこの女の人と二股をしていました。 私は二股している事に気づきもしなかったです (とても愛されていると思える日々でしたので) 日を追うごとに二股をしている事が あからさまになり私が気づき 彼に振られました。 そして今に至るわけです。 彼と復縁したいです。 私があの時に彼に会えたのは 運命ではなく単なる偶然なのでしょうか。 つたない文章で恐縮ですが、ぜひご拝読ください。 私の気持ちが恋や愛ではなく 執着という事はわかっています。

有り難し有り難し 29
回答数回答 1

無くすのも運命ですか?

親から貰った母子手帳を無くしたことに気づきました。 心当たりがあるのは数年前に大掃除したことです。 断捨離を決めて必要なものや不必要なものを分ける際に必ずチェックしてから捨てるようにしていたので母子手帳を捨てるということは決してしてません。 見つけたらすぐに大切な場所に保管してたのですが、恐らくその時も見つからなかったと思います。だいたいあの辺りにあるはずと思ってました。 どこかのケースの中にあるだろうと思い込んで数年探すことをしませんでした。 部屋も物が少なくなりましたが、再び断捨離をする際に隅々まで調べ尽くしたのですが母子手帳が見つかりません。 病気は幼い頃に一通りして、生まれた体重も親から教えられているのですが、生まれた正確な時刻や成長記などもう見ることができないと思うと辛いです。 気づかないまま捨ててしまったのか これは私にとって不要なものだったのか 何度探しても見つかりません。 今まで無くても平気だったものが探してもないと分かったときに固執してしまうのは欲でしょうか? 母子手帳はいつまで持っていたらいいのでしょうか? 捨ててないはず、と思う限り諦めることができず、無いことを受け入れられません 断捨離しなければよかった、と思う反面 断捨離しなければいけなかったとも思ってます。 後悔してるけど、でもそうするしかなかった場合、どのような心持ちで乗り越えたらいいですか? それとも母子手帳って幼い子の間だけが必要で成人した以降はそこまで重要ではありませんか? 調べたら母子手帳紛失は新米ママさんの相談が多くて、成人した以降の大人が自分の母子手帳を紛失して困っているというのを見ません。 再発行も新米ママさん方用で、さすがに成人した以降の人の分まで記録は残してませんよね 身の半分を削られた思いは大袈裟ですか? 小さい頃の写真は置いていたので、捨てなくて良かったと思ってます。 でも、いつかは捨てるのだろうなと思ってます。 物を失うのも運命ですかね? 確認して分別してたのに、断捨離始めた当時に戻りたいです

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こんなに運がつかない事ってあるのでしょうか。

こんばんは。 今回こちらでご質問させて頂くのは2度目になります。以前の質問でたくさんの方に励ましのお言葉を頂き、それ以降自分自身を変えるために行動してきました。 ただ、本当に運がつかないんです。これでもかっていうぐらい嫌なことが起き続けています。特に、友達に裏切られ、しかもその裏切った友達にいい事ばかり起こり続けていることに対して本当に悔しい思いをしています。もちろん、そういった気持ちになった時に、自分は不幸だと思うのはダメだ!と言い聞かせて、自分にとって良かったことなどを思い返すようにしました。直近で言えば、実家が近畿圏にも関わらず、ついこの間の台風の影響を少し受けましたが、家族全員無事だった事などです。それだけでも運が良かったと思うべきなのに、そういう嫉妬心などが出てしまう自分がいるのも事実です。 その友達とは、お互い同じような目標を持っていたので、それに向かって切磋琢磨しながら今まで一緒に頑張ってきたという事もあって、その友達だけがうまく物事が行き(本当に何故そんなに運がいいのと驚くぐらいです)、その上僕達の友情に傷をつけるような事もし、結果的に、苦しんでるのは僕という現実にどうしても納得できません。 なぜ、このような両極端な運勢になってしまったのでしょうか。

有り難し有り難し 35
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