死後の世界、死んだ彼はどうしているのか
私は死後の世界は必ずあると思います。魂の存在も信じています。昔からそれが当たり前だと思って生きてきました。
自殺で死んだ彼は、死後の世界で苦しんでいないか心配です。
インターネットでいっぱい調べました。自殺で死んだ人は死後も苦しむ、地獄にいく、ずっと孤独など見ました。彼にはせめて死後の世界では幸せに暮らして欲しいです。一方、彼の後を追いたいという気持ちもあります。これもまた、調べてみると後を追っても彼には会えないとばかり出てきます。では自分の寿命を全うしないと会えないのですか?やはり自殺は死後も苦しむのでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
彼はもう苦しんではおりません。(追記の為一部改変)
れんさん、初めまして。
貴女の過去質問も拝見させていただきました。
拝見しただけの私でさえ大変胸を痛めております。貴女のお辛さは想像に余りあるものがあります。ですが、ご安心ください。彼は迷っておりません、もう苦しんではおりません。
自死(自殺)者は死後も苦しむ、地獄にいく等のお話、情報は散見しますが正確性に欠けます。
確かに私も先輩のお坊さまや師匠から自死者を葬う(引導を渡す、死後に仏様の世界へ導く)時はしっかりとした覚悟が必要で、自死者は自死された現場に執着する場合があるから現場に出向けるならそこでも供養して(拝んで)あげなさい。
という風に教えていただいたりしています。
私も実際に自死者の葬儀や後拝みに出向いたこともあります。
「自死者は迷いやすい」等と言われるのは、残された周囲の方々の心の整理がつきにくい、自死者の魂(と残された周囲の方々)を導く、安心(あんじん)を与えるのは中途半端な気持ちではできないという戒め、自殺を戒める他宗教や道徳観の影響など様々な要因があるかと思います。
ですが、大原則として、仏教(仏式葬儀)においては宗派宗旨に関わらず、どのような亡くなり方をした方でも亡くなったあとに正式な僧侶がお葬式で導師となり引導を渡せば、亡くなられた方は仏様の世界へ導かれ、魂は成仏して仏様の元にちゃんとおられます。
残されたご遺族がきちんとご葬儀をされ、供養をすれば魂は死後の世界で亡くなられた方が迷うことはありません。
右の手(仏様の手)と左の手(衆生の手)を合わせ、合掌して貴女が彼を思い起こす時間、その中に彼は仏様と共に存在しています。
彼の追福菩提と貴女様にいつの日か心安らげる日が来ることを祈念して拙いながら回答とさせていただきます。
合掌。
P.S.
宗派、宗旨の教義により多少異なりますが、四十九日までの期間は生の世界から仏様の世界に正式に到達されるまでの期間です。四十九日が済んでなくとも七日毎の忌に於いて各仏様に導かれあなたや残された方達を仏様と見守るために、仏様の世界へと着実に進まれております。
後追いに関しては貴女の仰る通り、もちろん死ぬべきではありません。
きちんと葬儀すれば(引導を渡せば)を後を追ったものは死後苦しまないかとは思いますが、残されたものは今の貴女と同じ、若くはそれ以上に悲しく苦しい思いをされるはずです。
質問者からのお礼
ありがとうございます。
まだ四十九日もすぎていません、それでも迷っていませんか?彼は何をしているんでしょうか…,
彼が苦しむのが嫌で…というわけではないですが私の気持ちの収まりがつかず、葬式はもちろん初七日、毎週お寺に通ってます。彼の死んだ場所にも2回ほど行きました。
もう一つの質問、後追い自殺は会えるのか…それが気になります。もちろん死ぬべきではありません。しかし、彼が苦しんでないとすれば、後を追ったものも苦しまないのか、彼に会うためにはどうすればいいのか…考えてしまうのです。