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死が怖い回答受付中

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有り難し有り難し 11

健康診断で不安な結果が出てしまい、その後精密検査の結果は大丈夫だったものの死への恐怖だけが残りました。

もとから死への恐怖が出ることが良くありましたが、今までは一晩寝たり何度か深呼吸すれば収まっていました。
しかし、上記の事があり「自分もいつか死ぬ」と言う事実がより具体的に見えてしまったのをきっかけに、病気への不安からは解放されるやいなや死への恐怖がついて回るようになりました。涙を流すほどつらいです。

こんな精神状態になる前はいろんなことが楽しかった→死ぬと全て無になるのが悲しい・怖い&いつか死ぬから全て無意味なのではないか→この恐怖と悲しみの中で生きたくはない→楽しいことをしたい→最初に戻る
と言う思考のループに一日中陥ってしまっています。

今までの自分を演じている空っぽな自分がいて普段はそいつが前に出てるが、常に上記の事を考え泣いている自分がもう一人いて時々そっちが表に出てくる、血の気が引き現実感が無くなっていく、どちらが自分なのかわからない、そんな状態です。

今までを思い返せば親がいて友達がいて、普通に仕事をしてお金も貰っていて、好き嫌いはほとんどなくてご飯は全部美味く感じて、ストレスはあるけど後から思えば大体「何だこんな事で悩んでたのか」で過ぎてく人生だったと考えます。
そして、なんて幸せだったんだろうか、何でこれが永遠には続かないのか、永遠も辛いとは言うがこれなら永遠に続いて欲しい、何で幸せだったことに気づいてしまったのかと考えてしまいます。
そして、最近一年の体感がものすごく早く感じ、時間なんてあっと言う間に過ぎてしまうと考えまた悲しくなります。

宗教を学ぼうともしましたが、ここに質問しておいてなんですがやはり死後の世界や魂は無く感情は脳の現象であり死後は無である、と言う変に唯物的な考えがついてまわります。
祖父が亡くなったとき「爺さんいまどこ行ってんだろうなぁ、畑とか家の様子とか見てんのかなぁ」とかのんきに謎の宗教観を持っていたくせに今ではそんな考えしか持てません。
そして怖いという事すら感じなくなるのが怖く悲しく、無になるならすべて無意味に感じます。

精神科に行くことにもしましたがそれとは別視点で、何か考え方を変えるヒントをもらえたらと思い、文字数いっぱいのとりとめのない文章になってしまいましたが書き込ませていただきました。

2024年12月19日 4:34

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

人間は今が大切なのです。

ご相談読ませていただきました。深い恐怖と不安、自分自身の存在についての問いを抱えることは辛いものですね。その気持ちに寄り添いながら、いくつかお伝えしたいことがあります。

1.命ある今、この瞬間が大切です。あなたが感じた過去の喜びや幸せは、確かにあなたのものです。死への恐怖や無意味感が付きまとうこともありますが、その一方で、今ここにいること自体が尊いものです。過去の幸せを噛みしめ、今この瞬間に集中することが、心の安らぎを見つける一歩です。

2. 私たちは無から生まれ、また無へと帰ると言われますが、その中間点である「今」は奇跡の連続です。あなたが感じる喜び、悲しみ、恐怖…すべてがこの「今」を彩る色であり、意味があります。無に帰るかもしれませんが、今ここで感じる感情や体験は無意味ではありません。

3. 感情に支配されるのではなく、それを観察するように心がけましょう。あなたが感じる恐怖や不安も、あくまで一時的なものであり、過ぎ去るものです。深呼吸や瞑想を通じて、自分の感情を遠くから観察することで、少しずつその強さを和らげることができるかもしれません。

4. 仏教では、死は終わりではなく、また新たな始まりとも捉えられています。輪廻転生や因果応報について考えることが、自分の行いと生き方を見つめ直すきっかけにもなります。死後について確固たる答えは誰も持ち得ていませんが、死を恐れること自体が生の証でもあります。

5. 幸せと気づき。今までのことを思い返して「なんて幸せだったんだろうか」と気付けること、それ自体があなたの心の豊かさの証です。その豊かさには感謝し、心の中で大切に育てていきましょう。

6. 時間の速さに驚き、悲しむこともまた自然なことです。しかし、その速さはある意味、毎日が充実していることの表れでもあります。その速さを逆にポジティブに捉え、毎日を大切に過ごすことが、恐怖を少しでも和らげる助けになるかもしれません。

最後に、あなた自身が歩んできた道のりを尊重し、自分自身を愛することを忘れないでください。その上で今ここでできる小さな喜びや感謝を見つけてください。どんな小さなことでも、それがあなたの心の支えとなります。
これからの道のりにおいて、恐怖や不安に立ち向かう勇気を持ち続けることを心から祈っています。どうか無理をせず、あなたの心のペースで進んでください。

2024年12月19日 6:16
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有り難し
おきもち

個別相談可能
仏教の目的は、抜苦与楽と成仏です。 生きている人の苦しみをどうしたら癒せるのかを常に考えます。 資格:日本メンタル協会認定メンタルスペシャリスト。JADP認定心理カウンセラー
平日19:00から21:00に受付ます。

悟るしかない

仏教では、無常・苦・無我を悟って煩悩がなくなれば、悩み苦しみがなくなると考えます。
「自分」という存在は概念上の幻であり、肉体の細胞は新陳代謝で入れ替わり、心は瞬間ごとに生じては滅している。
つまり、昨日の自分と今の自分は実は別人であり、昨日の自分はすでに死んでいる。
記憶データを相続しているから同一人物だと錯覚しているだけで、本当は瞬間ごとに新しい私なのです。
毎日毎秒全てを捨て続け、死に続けているのです。
タクシーからタクシーに乗り換え続けている毎日の中で、普段よく使っているタクシー会社が倒産してしまうのは淋しいですが、タクシーは他にもあるので絶望は不要です。
同じタクシー会社でも運転手が毎日交代しており、よくお世話になっている運転手が退職したら淋しいですが、運転手は他にもいるので絶望は不要です。
そんな感じで、世界(タクシー)もあなた(運転手)も記憶データ(お客さん)も、すでに毎日入れ替わり続け滅び続け、捨てられ続けているのですから、戸籍上のあなたが死亡する瞬間もそのような日常と大差ないと思いましょう。
そのような悟りを得るためには、戒(生活習慣の修行)、禅定(精神集中の瞑想修行)、智慧(現象を観察して真理に気付く瞑想修行)が有効だとされます。
ただ、浄土宗では、この世で戒・定・慧の三学を完成させるのが難しい人のために、修行しやすい環境である極楽浄土に往生(転生)する方法を説いています。
南無阿弥陀仏と念仏を1回でも称(とな)えたら、誰でも往生極楽が決定すると言われます。
 追記
文字を入力する指先に集中している瞬間など、人生には恐怖を忘れている時があり、それが救いかもしれません。

2024年12月19日 12:34
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有り難し
おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための教えです。まだまだ未熟者の凡夫ですがよろしくお願いします。

質問者からのお礼

お二人ともお返事ありがとうございます。
正直今はまだ、自分でもわかるほどに精神状態がとても悪く、質問した上にお時間を取らせたうえで本当に恐縮ですが、まだうまくお返事を咀嚼できておらず、理解しようと読み返せば読み返すほど考えてしまい、つらくなってしまいます。
まだ理解もできていないですし、克服も軽減も出来ていない中でお礼を書くべきかとも思いました。(気持ちが楽になりました!と言う嘘もつきたくないですし……)
しかし、自分のこんな質問に時間を割いて考えていただいた人がいるという事実は本当に嬉しかったです。一旦ここではそれに対する感謝とさせてください。ありがとうございました。

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