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お寺での写真撮影の禁止事項。良くないといわれた写真について。

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はじめまして。

姉と一緒に33箇所めぐりを去年からしています。
GWに竹生島に姉といきました。
竹生島の弁天様の幸せのダルマというのがあるのですが
その写真を撮り、わたしがブログにのせました。

知人がそのブログをみて
ダルマさんの写真に良くないものが写っているので
削除したほうがよいといわれました。

ブログも写真も削除はしたのですが。。。

よくよく考えてみたら
写真を撮ってくれたのは姉でした。

姉にも写真のデーターを消すように言ったほうがよいのでしょうか?
あと、その写真内容もお寺などに行き
みてもらったほうがよろしいでしょうか?

姉は去年のはじめ離婚をし
その後、33ヶ所めぐりをはじめました。
最初はどんな気持ちで
はじめたかはわかりませんが
今は、わたしと旅行気分で楽しく回っているので
このことを言うと、すこし気落ちするのではと心配です。

あと、あまり33ヶ所めぐりなどでお寺に行ったとき
写真などは控えたほうがよいのでしょうか?
(写真撮影禁止のところは守っていました。)

知人が人の怨念などがあるからよくないと言われたました。

長くなりましたが、よろしくお願いいたします。

2015年6月2日 12:00

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

仏心 悟りとは無縄無縛なり

ここに4人のタイプのおじーちゃんがいるとします。
①自縄自縛じーちゃん
②無縄自縛じーちゃん
➂自縄無縛じーちゃん
④無縄無縛じーちゃん

①ものには怨念がついておるのぢゃ。そんなものなんぞ映したらイカン、持ったらイカン、なんかあったらどーするのじゃ(怖)、と、ものに縛られるのが自縄自縛の人、一般ピープルじーちゃんです。占いにだまされるレベルの人、自分の縄で自分を縛るのですぢゃ。

②カカカ!ものには怨念なんぞついている訳がなかろう!ついてたら古本、骨董品、リサイクル屋さんなんてできるものかっ!…ナヌ?でもいわくつき…?ううう、やっぱりものに怨念がついとるような気がしてきたわい…。孫に何かあってもイカンしのう。やっぱり撮ったらいかん。捨ててしまおう。このジーちゃんは怨念がついている系の情報を一度聞いてしまったがために「怨念がついているのではないか」という思い込んで自分の中のセルフ怨念イメージを膨らませて、結局怨念イメージに憑りつかれて恐怖不安を起こし、それに縛られてしまう無縄自縛、つよがってもチキン・タイプです。
③何?いわく付きの物件とな?ハハハ、そこにネガティブな付加価値やた怨念やらのイメージ羅べルを貼り付けて、損ねてしまう人間がいるだけじゃわい。
そんなものに支配されるようでは、そのものの所有者とはなれん。浄めれば良かろう。ナムナムナム…どれ、もう除霊できたであろうか…。でも、縄をまだどこかに認めている半可通を、自縄無縛といいます。もともと無いものをあると認め、まだそれを観念的に眺めている分析的な理屈屋じーちゃんです。分かりやすく言えば、世間のルールがあっても、誰もいない赤信号なんぞはわたってしまえることですが、どこかしらうしろめたさがあるような状態です。このくらいに至れば、占い師や詐欺師にもなれます。(笑)
④さて、無縄無縛とは、そんな思いも本来無一物。どこにも無いという所にいたって、本当に思いから自由になって、その通りの事実だけを生きている人のことじゃわい。その力を得てはじめて、本当の除霊ができる人なのぢゃよ。

ものには、怨念などついていないと、あなたが知識的に知っていたとしても、恐れが出てくるならば、それが答えです。
33ヶ所なども以上の点を踏まえて自分の思いから、自由になってみることを念頭に巡られると良いでしょう。

2015年6月2日 18:25
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 📞08020659278 法話禅会 毎週日曜3時より...

お寺は浄化するところです

YKさん、はじめまして。
徳島県の法話と天井絵の寺 觀音寺 中村太釈です。

YKさんのお姉さまと一緒に33箇所めぐりをされ、竹生島の弁天様の幸せのダルマの写真を撮り、ブログにのせたものの、知人が写真に良くないものが写っているので 削除したほうがよいといわれたのですね。
ただ、お姉さまにも写真削除をお願いすると気落ちするのは?とYKさんが心配しておられます。
また、怨念が付いているのでお寺の写真は撮らない方がよいのではないかと気になっておられるのですね。

なるほど。目に見えないことだけに心配ですね。

目に見えないもの(今回の場合は怨念)は残るものでしょうか。
確かに、果たせなかった想いが残り、怨念として人を苦しめるという話は聞くことがあります。

しかし、私は、お寺に怨念が渦巻いていると思いません。

なぜなら、お寺は気持ちを浄化してくれるところだからです。
YKさんも経験があるかも知れませんが、お寺に行くと理由は分かりませんがなぜか心がスッキリします。これは、何百年もの間に数え切れない人々が仏さまに手を合わせ心を通わせてきたからです。手を合わせるきれいな心が仏さまへ通じ、再び手を合わせる人へと還っていきます。

ですから、お寺に怨念が残ることはなく、きれいに浄化されている場所であると思います。

お姉さまの心もYKさんの心も、お寺の御本尊さまに手を合わせることによってきれいになっていきますよう祈念しております。

2015年6月4日 11:16
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有り難し
おきもち

徳島県の高野山真言宗寺院で住職をしています。 本山布教師心得として自坊の...

質問者からのお礼

お返事ありがとうございました。
こころがとても楽になりました。

ほんとうにありがとうございます。

「お寺全般」問答一覧

今のお寺はもう駆け込み寺ではないのか?

鎌倉の報国寺住職であられた菅原義道氏(故人)の本を数冊読みました。禅宗の僧侶だったことですので、以下老師と呼ばせて頂きます。老師は著名な僧侶だったらしいので、現在の僧侶のなかにも老師の著書を読まれたり、直接謦咳に接された方もおられるでしょう。 菅原老師のご著書を読んで感慨を深くしたことは、(少なくとも)菅原老師の寺院は「駆け込み寺」としての機能を持っていたことです。ご著書の中にこんな部分がありました。「自分の寺の境内で女子高生らしき若い女性を見つけた。深く悩んでいるように見えた。お寺に救いを求めて訪れたのだろうと思い、『さあ、さあ、そんなところに立っていても寒いから、中に入ってお茶でも飲まないか?』と言って寺の中に入れ、彼女の話を聞き始めた。」 今、こういうことをして下さる菅原老師のようなお坊さんて居るんですかね?少なくとも私は今まで一度も経験はありません。寺を一人で訪れたことは数十回もありますが。。 率直で恐縮ですが、今の仏教は「葬式仏教」と言われて久しい。人が死んで葬式を行い、それでお金を稼いでいるという意味ですよね?(はっきり言えば) なんでこんなことを聞くのかと言えば、私一年ほど前に近隣の浄土真宗の寺院の住職にお会いしたかった。仏教を学ぶ手ほどきも受けたかった。でも、メールを送っても電話をしても何の連絡もなかった。「お忙しいでしょうから、お手すきの時にお電話でもメールでも返信をお願いしたい」と伝えたのにも拘らずです。その浄土真宗寺院には、もう連絡する気も訪問する気もなくなりました。 今のお寺には菅原義道老師のお寺のような「駆け込み寺」的な要素はもう期待できませんか? 住職に面会を求めて何かの悩みを相談できるような雰囲気はもうありませんか? このhasunohaに登録されている僧侶の皆さんであれば、菅原義道老師のような方がおられるかもしれないと思ったのですが、いかがでしょうか? それとも今の仏教はもはや「葬式仏教」に堕してしまったんですか? 少々辛口になってしまいましたが、忌憚のない意見・質問を述べさせて頂きました。ただ、”私のように考えている日本人は決して少なくない”ということを忘れないでください。

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お寺でボランティア

いつもありがとうございます。 また質問させてください。 外ではニコニコしていて陽気で人当たりが良く気前も良い義父なのですが、家の玄関を開けた途端に豹変し、家族に対していつもイライラし、支配したがり、言うことを聞かないと怒鳴り、暴言、見下し、金づる、口を開けばモラハラととれる言葉ばかりを発し、孫に対して差別したり気に入らない孫には煩いと怒鳴り思い通りにならないとバカ野郎と怒鳴って脅して叩いたりしてきます。 そんな義父ですが、お寺のボランティアを熱心にしています。 外では本性を隠しているので住職にもバレていないみたいでとても信頼され気に入られており、住職主催のイベントを毎回お手伝いしています。 義母は良い戒名を頂くためにボランティアをしているんだと言っていました。 私は義父の本性を毎日見ているので、いくらお寺で徳を積んでも、今まで家族にしてきた悪行は帳消しになるわけがないと思っているのですが、仏教的には帳消しになるのですか? 人の心を好き放題傷付けても、ボランティアさえすれば全部チャラなのですか? お寺でボランティアをしたら良い戒名を頂けるのですか?値引きして頂けるのですか? 良い戒名は我が家ではとても手が届くお値段ではないので、義父亡き後私達に支払いを求められても払えませんし、あんなひどい人間に良い戒名などとんでもない!と思ってしまいます。 ボランティアの前に、家族を大切にすることの方が大切なのではないかと思うのですが、違いますか?

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遠方の菩提寺への対応がわかりません

遠方で一人暮らしをしていた高齢の母を介護呼び寄せして世話をしていたのですが、先日他界しました。 菩提寺は、両親の生まれ故郷(呼び寄せ前に住んでいた土地)にあります。 父はすでに他界し、その菩提寺に遺骨を預けてあります。お墓は建てておりません。 菩提寺は家から遠かったこともあり、護持費と行事ごとのお布施を振り込んでお寺で供養していただくのみで、直接対面のお付き合いはありませんでした。 母の葬儀はこちらで執り行い、通夜や告別式はせずお坊さんも呼ばず無宗教の直葬としました。 現在、遺骨は私の手元にあり、写真を立て、ろうそくと線香、お茶と生花を供えて供養しています。 今後、母の遺骨は、こちらの自治体の無料の納骨堂(期限1年間)に預ける予定で、その期限までに永代供養墓か納骨堂などを見つけて移すこととなります。 私は独身で子供もいないため私の代で家系が途絶えます。 遠方にある親の持ち家は引き継がないため、いずれ父の遺骨もこちらに持ってきて、母と一緒に永代供養墓に入れる予定です。 そこでお伺いしたいのですが、 * * * * * (1)母の他界は菩提寺にすぐお知らせした方がよろしいのでしょうか?それとも永代供養墓など預け先が決まってからでもよろしいのでしょうか? (2)すぐにお知らせする場合は、父と同じように菩提寺の供養に則り戒名もらったり法要を執り行うことになるのでしょうか? (3)お墓はないので墓じまいはありませんが、菩提寺とのお付き合いを終わりにする際、父の遺骨を引き取るのにどのような費用がどのくらい掛かるものなのでしょうか? * * * * * 母が健在のときはかなり高額なお布施を何度もしており、菩提寺からもお寺改修費などで一人〇〇万円と希望額を提示した寄付のお願いなどが来るのですが、私は現在無職で収入もなく大きな出費を負担するのがとても厳しく、また、遠方のため行き来するのも難しい状況です。 どういう段取りで何をすべきかや、どのくらいのお金の準備があればよいのかわからず頭を抱えております。長い文になり申し訳ありません。 アドバイスいただけますと大変有難く存じます。どうぞよろしくお願いいたします。

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有り難し有り難し 32
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