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煩悩

回答数回答 2
有り難し有り難し 16

御釈迦様が教えたかったのは、煩悩に悩まされないためには、自分自身で煩悩の存在に気付き、自分の心の中に生まれた感情を観察して、自覚をした上で、感情に執着しないことを常にすれば煩悩に悩まされる事は少なくなるということでしょうか?
一切の煩悩を自己の中から消し去るのは、難しいですが、無意識に生まれた煩悩や自発的に生まれた煩悩など自分の心の中で生まれた煩悩に気付き、執着しなければ偏見のない純真な心で周りを見る事が出来て、真の人の気持ちが感じ取れて、自分を含む周りの人の心を幸せにするには何をすれば良いのか解る。これが悟るということになるのでしょうか?

2016年11月10日 11:36

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなたが望むならば

拝読させて頂きました。
私はあらゆるものごとをあるがままに受け入れること、決してとどまらずに固執しないこと、それが己れの身体や周りのことであっても執着をしないことかと思います。当然自分の中に沸き起こる感情についてもその感情にこだわらないことかと思います。自分が我欲にとらわれず執着をしないならば周りのものごとも明確に見えて参ります。その中で正しいこと、悪しきことの判断もできてくるのではないでしょうか。
全てが因果関係で結ばれており単独で存在しているわけではありません。我はないのかと思います。
その執着や我欲から離れて真の安定した世界や状態があり続いていくのです。
なかなか受け入れることは難しいと思います。
あなたがこれから望むならば正しい仏教を学び正しい仏の智慧を学んで頂きたいと思います。
あなたがこれから心穏やかな安定した日々をお過ごしなさり、ご成長なさいます様にと仏様にご祈念申し上げます。

2016年11月10日 22:29
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有り難し
おきもち

Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして9年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラー...

いつ どこで 誰が煩悩にしているか を 気づいてください。

「煩悩に悩まされないためには、自分自身で煩悩の存在に気付き、自分の心の中に生まれた感情を観察して、自覚をした上で、感情に執着しないことを常にすれば煩悩に悩まされる事は少なくなるということでしょうか?」という質問ですが、
ちょっとだけ、いいえ。
「煩悩に悩まされないためには、自分自身で、いつ、どこから何でもなかった無害の思いが煩悩に切り替わっているかを知り、その原因である自分を自分と認める「自我意識」に気付き、それを色濃くせず、自分の心の中に生まれるあらゆる感情も本来、何の害でもないものであることをよく観察して、見極めて、自分の想念や感情によって、苦しみが生まれることのない心のあり方自覚をした上で、生ずる念に執着しないありかたで過ごせば、常に煩悩に悩まされる事はなくなる。」のです。ちゃんちゃん♪

2016年11月11日 15:09
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 📞08020659278 法話禅会 毎週日曜3時より...

質問者からのお礼

お言葉を頂来ましてありがとうございます。
仰って頂いた通りだと思います。とても心に響き、仏教を正しく学んでみたいと思いました。
私事になりますが、私には、先天性の気分障害の持病があります。
その為、幼少の時から、周期的に症状が出て、悩みもないのに気分も体も鎧を纏った様に重苦しく不安感や孤独感をよく感じていました。幼かったため、病気だと分からず、これが普通の感覚なんだと思ったこともありました。
我慢と忍耐を要する生活をする間に、症状が出ていない、普通の日々は、私にとってはキラキラしていて煩悩を殆ど感じない幸せな日々です。とても幸せを感じます。
これからも、治療を続けて、完治はしませんが、寛解という状態を目指したいと思っています。ありがとうございました。

お言葉を頂きまして誠にありがとうございます。仰る通りだと思います。負の感情への執着はいけませんね。まさに、煩悩だと思います。常に日々気を付けておきたいと思っております。

「煩悩」問答一覧

執念との向き合い方

こんにちは。私は自分の執念深さに悩んでいます。 ある知人(知人Aにします)と交流してます。 その知人Aは私の事を馬鹿にしています。 というもの私は何をするにしてもうまくこなす事が出来ないので周りからも周知で馬鹿にされています。 一方知人Aは明るくて友達がたくさんで何でもうまくこなして自信に溢れているように見えますが、人の成功を喜んだり挑戦を応援できないので自己肯定感の低い人なんだろうなと私は勝手に認識しました。 私に対して今の言葉で言うとマウントに似た行為をよくされるのですが、これを言葉に出してしまうと倫理に反してしまうので黙って聞いていていつも自分の心が濁り怒りや悲しみ自己否定の沼に浸かっていました。 そして知人Aと会話をしていたある日、自身の嫉妬心やねたみで嫌な行動をしてしまい罪悪感を感じ後悔している事が過去にたくさんあると聞きました。 知人AはSNSをしています。 私は知りませんでしたが、別の方が私に知人AがSNSしているよと紹介してくれました。 見てみると私の印象が悪くなる嘘を何個か書いていました。 怒りが湧きました。そして私は知らないフリをしました。 とある日知人Aがマウントをとりながら曲がった事が嫌いだとか悪口が嫌いだと話し出しました。 じゃあ嘘ついた事ある?と私は犯意を持って試しました。 出来る事なら嘘はつきたくないと濁った返事をしました。 ふーんそうなんだと返しました。 私の心は確実に知人Aを侮蔑し馬鹿にしていました。 そして誰より私が一番ひどいマウントをしていました。 1人になった時に猛烈な自己嫌悪と罪悪感が湧きましたが、すぐに負の執念がやってきてそれを取り払い自分を正しました。 そして頭の隅に見えないようにして存在している『知人Aにも感情があり過去の行いで罪悪感で満たされている事実』を意識すると後悔するのですが、今までされて来た事を思い出すと怒りや悲しみが湧きまた執念で満たされます。 そして後悔と執念のループと思いきや私は執念ばかりです。 執念について理由を考えてみたら自分が一番自己肯定感が無く、自分を低くしてマウントを取ってるからと感情と向き合って出た答えでした。 相手も自分も大切にしたいです。 どうしたら執念を抑える事が出来るのか。 自分の行動の愚かさ、感情の醜さが苦しいです。 こんな自分にお言葉いただけたらと思います。

有り難し有り難し 14
回答数回答 1

強すぎる独占欲、我が儘と向き合うには

はじめて相談させて頂きます。 現在「何もかもが自分の思い通りにならない不満感」そして「そんな自分に対する嫌悪感」に日々振り回されている状況です。 常に自分の世界に閉じこもる癖があり、他人に踏み込まれるのが嫌で仕方ありません。 誰かと楽しい時間を共有したり、趣味を通じて繋がるといったことが絶望的に下手で、他人と向き合うと必ず相手を消耗させてしまい、悪い結果に終わります。 自分の好きなものは独り占めしたいし、他人と好みが被ると不愉快な気持ちになります。 自分自身がコミュ障なだけでなく、他人が目の前で仲良く楽しげに振る舞っていると苛立ちを覚えます。 (私がこんなに嫌な気分なのに、何でお前達は笑ってるんだ!という感じです) 最近は他人の話し声そのものが不快になってきたので、聴覚過敏の傾向もあるのかもしれません。 幼少の頃から何度も指摘されてきましたが、私は非常に自己中心的な人間なのだと思います。 不満があるのに、それを表に出せずイライラしているので、いつも人に避けられてしまいます。 家族とも遠く離れて一人暮らしをしていますが、この状況はきっと今後も続くのだろうと思います。 時折「我が儘を通せる強い人」に憧れることがあります。 私と同様に自己中心的な性質であっても、パートナーや友人に恵まれていたり、社会で一定の役職についている人を見ると、この歳で何も得られていない自分にまた腹が立ちます。 すみません。何だか支離滅裂な文章になってしまいました。 物凄く生きづらい性格なのは承知していますが、それでも生きていかなければならず、自分の中でどう折り合いをつけたらいいのか分からないのです。 恋愛や結婚は諦めていますし、孤独死も覚悟の上ですが、せめてこれからの人生を心穏やかに過ごしていけたらと思います。 アドバイス頂けたら幸いです。よろしくお願いします。

有り難し有り難し 5
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煩悩も欲も消さなくていい。

煩悩も欲も消そうとする必要はない。この世の理(ことわり)だから。 煩悩や欲はありのままの心の在り方であり、決して消えるものではなく、そのままを受け入れることでその縛りから解き放たれる。 辛い苦しい悔しい腹立たしいだけでなく、ありがとうと感謝の言葉を発することも、何か良いことをするという徳を積む行動も、お念仏さえ煩悩や欲のひとつである。煩悩と欲は人として生きるには逃れられないものである。 また、煩悩は108あるという。言葉遊びではあるが永遠(とわ)とも読める。 これは、煩悩や欲などはこの世の時空間が始まる時から(科学的にはビッグバンか)終わるまでの限られた「永遠」という中に存在することを意味する。 煩悩がこの世の物理的な法則決まりごと、欲が化学結合などを起こすエネルギーとして考えるなら納得してもらえる人もいるだろう。宗教や哲学、科学などは人のごく限られた能力の中で作られたものであり、大した差はない。 別の世、違う時空間には違った煩悩や欲があるだろう。 人は人としてこの世に産まれる前から生命体(あるいは物質)として遥か昔から存在し、煩悩と欲のおかげを受けながら、産まれてからだけでなく、死んだ後も物質やエネルギーとして森羅万象の中で存在しつづける。 自分とは?自分はなぜ?ということに捕らわれず、今の状態、周りの言動はその存在を認め、自分の感情をはじめ、他人の行動や起こった出来事は仕方がないと赦して労わり、その経験をありがたしと感謝しながら、経験を活かして自分の趣くままに行動する。 そうして、普遍的に存在する煩悩や欲にも感謝しながら、うまく活用できれば、自ずとこの世も極楽と気づくことができる。 悟ることができて仏になるであろう。

有り難し有り難し 8
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【暴言多め】ちくしょー!私は煩悩の塊だぞ!?

乗っけから乱暴ですみません。 ここでしか言えないので。周りの人は、 「怖いと思ったら、離れなさい。 それが今あなたにできる事」 と言います。 でも、私だって楽しみたい! 他の人みたいに、安心して遊びたいし、 歩きたいし! カワイイ子いっぱいいるだろ! 何で私なんだよー! 私からは、「とても感じのいい、 人から頼られやすい雰囲気」 「内面の良さが外面に」 出ているそうです。不思議です。 正体はこのザマですよ?描く絵だって 血生臭いし。結構物騒な事も考えて ますよ? 最近は、生来の防衛本能(霊感と 呼んでます)が大暴れしています。 一歩道を歩いて、男性とすれ違えば 下を向いて横目で警戒。 目を見なくても、 「こいつ、ヤベェぞ」 と頭の中で 警報が鳴ります。 いつ絡まれないか、手を出されないか。 現実、いきなり手を振って近づいて こられそうになった事もあります。 人混みに出て、後ろに男性が来れば、 ソワソワ落ち着きがなくなり、 睨みつけたり、徐々に離れたりと言った 目立った行動をとります。 あとは、防犯ブザーをちらつかせ たり、付属のレーザーライトを カチカチ点滅させてしまったり… これで、逆に話しかけられた事も あります。怖いんだよ畜生が! 要は威嚇です。 同性もしかり。私が前を通過すると、 目で追われたり。迷惑なんだよー! 最近は、この本能大暴れのせいで 今年2度目の風邪をひきました。 暴言三昧ですみません。 聞いて欲しかった、それだけです。

有り難し有り難し 24
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