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真言宗の在家信者について

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真言宗は密教なので、核心は出家者しか教えてもらえないと思うんですが、在家信者は核心を知らずして悟りに至ることができるのでしょうか?

最近真言宗に興味を持っており、ここらへんが凄く気になります。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

できます。(再回答)

清香さん、こんにちは。

私は真言宗ではないのですが、天台宗の僧侶です。天台宗でも密教をしますので。
真言僧侶にならずして、悟りに至れるかということですが、大丈夫です。安心してください(笑)。

南方仏教では、僧侶にならないと悟りは得られませんでしたが、大乗仏教は、僧侶・在家関わらず、菩薩行をすれば悟りは得られるという考え方です。
特に密教は、理論だけでなく実践で、菩薩に至らしめて、悟りに導きます。
私はよくタクシーを例えに使うのですが、大乗仏教は自動車です。ただし自分で運転していかなければなりませんから非常に難しい。もちろん免許がなければ乗ることもできないので修行をするのです。

密教はタクシー自動車です。そして密教僧侶はタクシードライバーです。お客は在家の方です。
密教僧侶にお願いしてお布施をして自動車を運転してもらうのです。在家の立場で一生懸命仕事という修行をし資金をためればタクシーを乗ることができます。そして密教僧侶ドライバーに悟りの場所に連れて行って欲しいといえばタクシーに乗せて連れていってくれるのです。だから悟りに至れるのです。

そのためにはあなたに相応しいタクシードライバーを探さなければなりません。へたくそなタクシーどらバーもたくさんいます。もし自分にふさわしくないと思えば、自分がタクシードライバーになることだって可能です。

清香さん、がんばって真言の教えを学んでくださいね。合掌

※再回答
お布施でタクシーに乗って悟りに至ると説明するとなんか「結局お金で成仏するの?」と間違えてられてとられるかなと思ってました(笑)。
僧侶の生活は、法を授けることで在家者から布施を賜る形で生活を維持しています。僧侶は基本「乞食(こつじき)」です。これは北方、南方仏教とも同じです。布施をしたからといって早く悟れるわけではありません。ただし布施行は自身の経済状況に関係なく菩薩行としての六波羅蜜行の実践です。僧侶はあくまでも悟りへの道先案内人です。どの車に乗るかは自身の求道心が必要です。

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灌頂

清香様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

密教は、特に、その者の機根(気質)に応じて、しかるべき師より入門(灌頂)が許可されるものとなります。

慎重にその教えが説かれるのは、もしも誤って解釈されては、とんでもないことになってしまう(オウム真理教の例)からでございます。

だからといって、出家者にしか説かれないというわけではなく、先日に大阪にてダライ・ラマ法王猊下様のご導師において受法させて頂きました無上瑜伽タントラの密教灌頂でも、在家者も多く参加しておりまして、その中で、密教の教えをお説きになられ、その後の取り組むべき修行内容についても、在家者であってもできる行の実践が指示されるものとなっておりました。

ただ、とにかく密教の実践のためには、密教の入学式となる正式な灌頂を受けなければいけません。灌頂を受けずに密教は絶対に実践できないものでございます。

是非、密教の行を実践されたいとなりましたら、まず灌頂を受法なさられることをお考え頂けましたら幸いに存じます。

川口英俊 合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

質問者からのお礼

染川さん

お返事ありがとうございます。出家者にお布施をして悟りに至る…というのは南伝仏教っぽいと思うのですが、そこらへんはどうなんでしょう?

染川さん

さいどの回答ありがとうございます。
六波羅蜜の布施ですね。やっとしっくりきました。ありがとうございました。

川口さん

ありがとうございました(^^)

「真言宗」問答一覧

真言宗に興味をもちました

最近仕事で行き詰まり、休職中に仏教に興味を持ち始めました。 仏教の基本的なところから、宗派の特徴など見て、なんとなくですが真言宗にひかれ、信仰してみたいなあと思うようになりました。 ですが、実家は地方で、現在の私の家には仏壇も無く、近くでお世話になっているお寺さんもありません。私自身全く宗教に関わってきませんでした。 そこで疑問に思ったことなのですが、 ①真言宗を信じている一般の方はおうちで何をしますか?お坊さんほどの修行をされない一般の方は、おうちでするのはお経を読むくらいなのでしょうか。(日々のおつとめ?というのでしょうか。教えてください。)また、それは一日何回ですか? ②家に仏壇が無く、またスペースも収入も無いので購入も難しいです。おつとめする時は何もない場所でやっても大丈夫ですか?また、かわりにこういう物でも良いよというのがあれば教えてください。 ③お寺さんとはどうご縁を結べばいいのでしょうか。電車で1時間で成田山に行けるのですが、頻繁には行けません。近所に真言宗のお寺がないので、行けそうなときに成田山に行く、でもかまわないでしょうか。 初めての質問なので読みづらかったらすみません。 よろしくお願い致します。

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真言宗僧侶と神主の資格は両立できますか?

僕は仏教と神道が大好きで神様と仏様を同じように尊い存在として崇敬しています。 明治以前両者の距離は極めて近くほぼ同じ存在と言ってもよい状況でした。 僕はそれこそが仏教、神道双方の良い所でありそれが自然な形であると信じています。 今は失われてしまった神仏習合を実践しこれから先神道と仏教の距離を少しでも近づけることができるように、また双方の立場から物が見れるように僧侶兼神主になることが僕の目標です。 僕の家も寺院なのですが父にこのことを話すと家の宗派ではこの夢を実現するのは難しいと言われました。 そこで僕は真言宗の僧侶になろうと思っています。 そのための具体的な道筋もある程度決めてあります。 真言宗の大学に通い僧侶の資格を取った後、神主の養成学校で神主の資格を取り将来的に神社本庁の神社で働くという感じです。 寺院ではなく神社の側で働くのは、鎮守社や権現様をお祀りする形でどちらかと言えば神道の要素に寛容な仏教に比べ神道は明治時代に徹底的に仏教要素を排除した状態のまま基本的に変わることなくそのまま今現在まで続いており仏教以上に神仏習合の下地が出来ていないからです。 宗派として真言宗を選んだ理由は元々真言宗に興味があった事と歴史上真言宗は他宗派や神道など他の教えに対し積極的に共通点を探し共に進んでいく姿勢を持っていたからです。 しかし一つ問題があります。 真言宗における僧侶の資格と神道における神主の資格、この両立が出来るのかが分からない点です。 先ほど書いた通り僕は神社で働きます。 その状態でも僧侶の資格を持ち続けることは真言宗では可能なのでしょうか? 知り合いに真言宗のお坊さんや信徒の方がいないため聞いて確かめることも出来ません。 勿論お金や労力など神主の仕事をしながらも宗派、教団のために出来ることは全て果たしていきたいと思います。

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