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真言宗の在家信者について

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真言宗は密教なので、核心は出家者しか教えてもらえないと思うんですが、在家信者は核心を知らずして悟りに至ることができるのでしょうか?

最近真言宗に興味を持っており、ここらへんが凄く気になります。

2016年11月24日 1:11

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

できます。(再回答)

清香さん、こんにちは。

私は真言宗ではないのですが、天台宗の僧侶です。天台宗でも密教をしますので。
真言僧侶にならずして、悟りに至れるかということですが、大丈夫です。安心してください(笑)。

南方仏教では、僧侶にならないと悟りは得られませんでしたが、大乗仏教は、僧侶・在家関わらず、菩薩行をすれば悟りは得られるという考え方です。
特に密教は、理論だけでなく実践で、菩薩に至らしめて、悟りに導きます。
私はよくタクシーを例えに使うのですが、大乗仏教は自動車です。ただし自分で運転していかなければなりませんから非常に難しい。もちろん免許がなければ乗ることもできないので修行をするのです。

密教はタクシー自動車です。そして密教僧侶はタクシードライバーです。お客は在家の方です。
密教僧侶にお願いしてお布施をして自動車を運転してもらうのです。在家の立場で一生懸命仕事という修行をし資金をためればタクシーを乗ることができます。そして密教僧侶ドライバーに悟りの場所に連れて行って欲しいといえばタクシーに乗せて連れていってくれるのです。だから悟りに至れるのです。

そのためにはあなたに相応しいタクシードライバーを探さなければなりません。へたくそなタクシーどらバーもたくさんいます。もし自分にふさわしくないと思えば、自分がタクシードライバーになることだって可能です。

清香さん、がんばって真言の教えを学んでくださいね。合掌

※再回答
お布施でタクシーに乗って悟りに至ると説明するとなんか「結局お金で成仏するの?」と間違えてられてとられるかなと思ってました(笑)。
僧侶の生活は、法を授けることで在家者から布施を賜る形で生活を維持しています。僧侶は基本「乞食(こつじき)」です。これは北方、南方仏教とも同じです。布施をしたからといって早く悟れるわけではありません。ただし布施行は自身の経済状況に関係なく菩薩行としての六波羅蜜行の実践です。僧侶はあくまでも悟りへの道先案内人です。どの車に乗るかは自身の求道心が必要です。

2016年11月24日 9:25
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灌頂

清香様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

密教は、特に、その者の機根(気質)に応じて、しかるべき師より入門(灌頂)が許可されるものとなります。

慎重にその教えが説かれるのは、もしも誤って解釈されては、とんでもないことになってしまう(オウム真理教の例)からでございます。

だからといって、出家者にしか説かれないというわけではなく、先日に大阪にてダライ・ラマ法王猊下様のご導師において受法させて頂きました無上瑜伽タントラの密教灌頂でも、在家者も多く参加しておりまして、その中で、密教の教えをお説きになられ、その後の取り組むべき修行内容についても、在家者であってもできる行の実践が指示されるものとなっておりました。

ただ、とにかく密教の実践のためには、密教の入学式となる正式な灌頂を受けなければいけません。灌頂を受けずに密教は絶対に実践できないものでございます。

是非、密教の行を実践されたいとなりましたら、まず灌頂を受法なさられることをお考え頂けましたら幸いに存じます。

川口英俊 合掌

2016年11月25日 14:57
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

質問者からのお礼

染川さん

お返事ありがとうございます。出家者にお布施をして悟りに至る…というのは南伝仏教っぽいと思うのですが、そこらへんはどうなんでしょう?

染川さん

さいどの回答ありがとうございます。
六波羅蜜の布施ですね。やっとしっくりきました。ありがとうございました。

川口さん

ありがとうございました(^^)

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真言宗なのに法華経好き。(久遠実成と大日如来について)

こんにちは。 私は、家の宗派は真言宗なんですが、実は法華経も好きです。 先日、鴨川に出掛ける機会があり、縁あって日蓮宗の 誕生寺にお参りさせて頂きました。 参拝時は流儀に従い「南無妙法蓮華経」とお唱えし、 法華経について色々と考えさせられるきっかけとなりました。 「観音経」として知られる二十五品や有名な「自我偈」を含む十六品など、 どれも素晴らしいのですが、私が特に好きなのは 仏の命が永遠と知って全世界(全宇宙?)の菩薩が歓喜し、 曼荼羅華が降り注ぎ、天には妙なる音色が響くと言う、 壮麗な仏国土が現前する十七品(分別功徳品)です。 「如是等衆生・聞仏寿長遠・得無量無漏・清浄之果報」 の所が特に好きで、正直この部分を紙に書いて お守りとして身につけたいくらいです。 この世の誰をも救ってあげよう!って大らかさとパワフルさが 法華経の魅力だと思うし、そんな法華経の魅力が結実している 一文だと考えてます。 で、ふと思ったんですが法華経の十六品や十七品で言及されてる 久遠実成は、永遠性や普遍性といった性格が大日如来と共通している のではないでしょうか? 上述の十七品は「仏国土は遠い彼方にあるものではなく、仏の永遠性を 信じれば、この現世こそが仏国土と知れる。」 と主張してるように思えますが、これは大日如来を中心とする 密教の思想にも通じていると感じるのですが如何でしょうか? 私にとって仏様と言えば、実家の仏壇に鎮座する、 きらびやかな衣装をまとった大日如来様です。 子供の時から手を合わせている大日如来様が、 法華経の久遠実成と相通じているなら 何と素晴らしい事か、と考えてしまいます。 厳密な意味での同体ではないにしても、 根底で通じているのではないでしょうか? 少なくとも相反するものではないと思うのですが如何でしょうか? ご意見をお聞かせ頂ければ幸いです。

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