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親不孝すぎて辛い

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私なんかを育てさせてごめんなさい、と最近よく思います。私を育てるために苦しんでる姿を見るたびに罪悪感で胸が押しつぶされそうになります。将来は楽をさせてあげたい。でも自分にそんな力があるか自信もない。親孝行な娘になりたい。どうすればいいですか。


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お坊さんからの回答 7件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

子供の「ために」でなく、子供の「おかげで」苦に立ち向かえる

僕も大学時代、親元を離れて一人暮らしを始めた時、母の偉大さに気付きました。ご飯を作ってくれたこと、脱ぎ捨てた洋服を洗って畳んでくれていたこと、家事を自分でやるようになって心の底から感謝しました。そしてバイトを初めてからお金を得ることの難しさ、重さを知り、父への尊敬が深まりました。

僕が覚えている限り、父から何かを言われたことは二回しかありませんでした。
1つは大学受験の時です。希望していた大学に全て落ちてしまい、日程の遅い二次募集を慌てて申し込んだとき「もしこれでも落ちてしまったら、浪人生としてもう一度大学受験に挑戦してもいいですか?」と聞いた時です。父は「受ける前からそんな話をする奴と話すことはない」と言いました。
もう1つは、僕がお坊さんになりたいと言った時です。父は難色を示していましたが、最後に「向上心だけは捨てるなよ」と言いました。

八月には三十歳になりますが、僕もまだギリギリ20代です。結婚して、2歳になる娘もいます。僕は親になりました。それまで感じていた色々なことが確信に変わりました。まず、親は「りかさん」だから育ててるんじゃないんです。夫婦で授かった「子供」だから育ててるんです。そして子供の「ために」苦しんでいるんじゃないんです。子供の「おかげで」苦しいことに立ち向かえるんです。

産まれたばかりのりかさんは、泣くこととおっぱいを吸うこと以外、何も一人では出来ませんでした。それから歩いたり、笑ったり、怒ったり、話したり、嘘をついたり。色んなことが出来るようになる度に、りかさんからかけがえのない希望と笑顔をもらってきました。そこに貸し借りなんてありません。

だからどうか親孝行する「ために」生きないで下さい。親の楽の「ために」あなたが苦しまないで下さい。あなたがつまづいたり転んだり泣いたりしながら、力強く自分の道を歩んでくれるだけで、なにより嬉しいんです。
僕も、りかさんもまだ若いです。赤ん坊に出来る親孝行がすくすく育つことであるように、今の僕達に出来る親孝行は真っ直ぐに生きていくことではないでしょうか。

あと二十年、三十年したら今度は親が一人で何かが出来なくなっていきます。恩返しはその時までとっておきましょう。その時までに、真っ直ぐに生きる自分になろうと、僕は向上心を燃やし続けています。

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勉強はあまり得意じゃないので、僕が触れてきた仏教から思う自分なりの解釈を書...
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罪悪感を感じてこそ、親孝行がはじまるのです

私なんかを育てさせて、と最近よく思うそうですが、最近何かそれを思わせるようなことがあったのでしょうか。だとすれば、それは、りかさんや親御さんとの関係以外のところに悩みの種があるかもしれません。

また同じような状況でも、まったく罪悪感を感じない人も大勢いますから、りかさんはそれだけ、親御さん思いで感受性が豊かな方なのでしょう。親不孝すぎるのではなく、自分が親不孝だと感じる優しい心をお持ちの方だと私は思います。
将来、楽をさせる自信がある人なんてまずいないでしょう。そこにあるのは楽をさせたいという、親思いの気持ちです。

詳しい事情は分かりませんので、あくまで私見ですが、罪悪感を感じたり、親不孝だと感じるところから、本当の親孝行がスタートすると思います。ですので、これ以上自分を責めなくていいんですよ。そして今日までの気持ちを否定せず、そのまま大切に心の引き出しにしまっておいて、しかるべきときに見つめなおしてみてください。ああ、思い起こせばあの時がスタートだったのだな、と思う時がきっとくるはずです。

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住職のかたわら、大道芸人PRINCOちゃんとして幼稚園保育園など各種施設、...
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生きているだけで十分です。

普通の母親なら子供が授かりますように神様にお願いし、
無事妊娠してまずどう思うでしょう。
とりあえず無事に生まれてきて欲しい!ではないでしょうか?
そして無事に生まれてきた子供に、生まれてきてありがとう、
私の所に生まれてきてありがとう。
そしていっぱい手を掛け、それで大きくなってくれたら、
大きく育ってくれてありがとう。
子供を育てるのに苦労があるのは当たり前です。
そして親孝行をしたいと思ってくれている子供にありがとう。
その気持ちに本当にありがとう。
そしてお母さん、生んでくれてありがとう。
生きているだけでありがとう。
みなさんありがとう。

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50代、妻と娘2人。 若い頃はタイやインドなどアジアを中心に10年程旅行...
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まだ20代・・・

りかさん、初めまして。
この問いを読んで胸が熱くなりました。
20代のあなたが、そんな気持でいられるなんて、
もし、あなたの親が知ったとしたら、きっと・・・

水上さんも仰っていますが、
「私たちの元へ生まれてきてくれてありがとう」
「ここまで大きく育ってくれてありがとう」
「親孝行な娘になりたい、だなんて・・・
優しい気持を持った子に育ってくれてありがとう」
そして、「そんな気持にさせてしまう親でゴメンね」
となるのではないでしょうか?

「親不孝すぎて辛い」などと考えずに、
日頃から、「いつも有り難し!(笑)、もとい、ありがとね!」と
一言伝えるだけでも、20代のりかさんの親に取って、
十分な親孝行になると思いますよ。

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今すぐできる親孝行

どういう経緯で親御さんに対してそういうお気持ちになられたのかは分かりませんが、まず今回は親孝行したいという気持ちを、
①親御さんと感情的にならず上手く会話ができるようになりたい
②正しく私を理解して受け止めてもらいたい
③親のために何か力になりたい
という気持ちに切り換えて考えられてはいかがでありましょう?

何故ならば一番の親孝行は「親と子が隠し事なく語り合える関係を築くこと」=風通しの良い意思疎通、風通しの良い親子関係であるからです。
それが親御さんとあなたの一番の安心にもなるからでもあるからです。
親子間のすれ違いは早いうちに修復するべきです。

私はかつて親に迷惑をかけて以来、親に申し訳ない気持ちが続き、上手くコミュニケーションが取れず、気持ちがすれ違ってしまった時期がありました。
おかしな表現ですが、親御さんはあなたという子供を持つまであなたを育てるという経験はありませんでした。
親子といってもはじめから完璧ではなく、成長するにつれて小さな衝突を繰り返して、その年、その歳ごとに一番良い関係を見出してゆくべきなのです。
毎日がお互いに親子生活の初めて同士で、毎日が真新しいことの連続でお互いに発展途上です。これからもいろんな衝突があるかもしれません。
もっと言えば、お互いに未完成でありつつ一番いい関係を、見出してゆくべきなのだと思います。

親子関係の改善の為にも100点満点の完璧な子供を求めるよりも、どんぶり勘定、程よい距離間、60点そこそこで上出来、という緩やかさから再スタートされてはいかがでしょうか。
親御さんの期待に答えてあげられず苦しかった部分があったかもしれませんが、まずは親孝行の前に親子関係の再スタートからです。
伝えることは恥ずかしいかもしれませんが、今度親御さんとお話になられる時に、あなたが親に対して申し訳なく、後ろめたい気持ちを抱えているよ、もっと私の事を分かって欲しいよ、親を大事に思っているよ、ということを勇気を出してお話になってみては如何でしょうか。
感情的になってしまうようなら、紙に記して渡してみてください。
それが、あなたが今すぐに出来る最上の親孝行であると思います。

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再び「父母恩重経」について

りか様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

「父母恩重経」は下記問いにても扱わせて頂きました。
http://hasunoha.jp/questions/125

父母恩重経では、親の大恩を十項目挙げて、その報恩へ向け仏法の実践を促す内容であります。偽経説が有力ですが、親の恩を考える上において非常に大切な内容を扱っております。

是非この機会にお知り頂きまして、親への恩とご自身のこれからにおいてなすべきこと、善徳行をもって報いて、お幸せになられていかれることをお考え賜われましたら幸いに存じます。

また、親御様はりか様を育てるために苦しんでいるわけではなく、ただりか様のお幸せを願っておいでで一生懸命であり、そのことでりか様が苦しめば、親御様はただ悲しまれるだけではないかとも僭越にも存じております。

以下、ウィキペディア解説引用
http://ja.wikipedia.org/wiki/仏説父母恩重難報経

懐胎守護の恩
始めて子を体内に受けてから十ヶ月の間、苦悩の休む時がないために、他の何もほしがる心も生まれず、ただ一心に安産ができることを思うのみである。

臨生受苦の恩
出産時には、陣痛による苦しみは耐え難いものである。父も心配から身や心がおののき恐れ、祖父母や親族の人々も皆心を痛めて母と子の身を案ずるのである。

生子忘憂の恩
出産後は、父母の喜びは限りない。それまでの苦しみを忘れ、母は、子が声をあげて泣き出したときに、自分もはじめて生まれてきたような喜びに染まるのである。

乳哺養育の恩
花のような顔色だった母親が、子供に乳をやり、育てる中で数年間で憔悴しきってしまう。

廻乾就湿の恩
水のような霜の夜も、氷のような雪の暁にも、乾いた所に子を寝かせ、湿った所に自ら寝る。

洗灌不浄の恩
子がふところや衣服に尿するも、自らの手にて洗いすすぎ、臭穢をいとわない。

嚥苦吐甘の恩
親は不味いものを食べ、美味しいものは子に食べさせる。

為造悪業の恩
子供のためには、止むを得ず、悪業をし、悪しきところに落ちるのも甘んじる。

遠行憶念の恩
子供が遠くへ行ったら、帰ってくるまで四六時中心配する。

究竟憐愍の恩
自分が生きている間は、この苦しみを一身に引き受けようとし、死後も、子を護りたいと願う。

川口英俊 合掌

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Eishun Kawaguchi
最新の仏教論考はこちらでご覧頂くことができますが、公開、非公開は随時に判断...
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親孝行、いつやるか?「もう」している

りかさん、こんにちは。
お父さん、おじいちゃんやおばあちゃんは息災ですか?

喧嘩するほど仲が良いと言います。
それは、無関心ではないということです。心配されているということ、見守られているということ。

そもそも、家族とはなんでしょうか。一つ屋根のしたで一緒に住んでいる人?血が繋がっている人?それだけではないでしょう。
+“惜しみない親切”がされる集団のこと、だと私は思います。
声をかける・ご飯を用意する・掃除をする・けんかする・・などなど。

りかさんちは、家族でいるようです。
しかし、どうやらりかさんは受けてばかり・・と感じてらっしゃるようですね。
自分以外みんな年上の家族から、私は恩恵を受けてばかり。なんのお返しも出来ない。親孝行できていなくて辛い。

でも待ってください。親御さんたちは貴方に搾取されているわけではありません。
もうすでに、あなたから家族へと惜しみない親切がされています。
声をかける・ご飯を用意する・掃除をする・けんかする・学生として勉強する・バイトする・遊びにいく・健康でいる。

それに、受けた恩を、受けた相手に、返さなくてはいけないわけではありません。
受けた恩を、違う誰かに渡していけばいいとも思います。
そうでなくては、ハッピーのサイクルが続いていきません。きっと親御さんたちもそうしています。送る相手のひとりが、りかさん。あなただということです。

“将来は楽をさせてあげたい。でも自分にそんな力があるか自信もない。”
こう思うのは子どもの性(さが)です。よく分かります。でも、きびしくないですか?収入だってないし・・。逆立ちしたって勝てないのに。
お金が無くても、力が無くても出来ることはあります。いつもありがとう、とか。食事を用意するとか。
最後に仏教らしいことをひとつ。無財の七施というものがあります。気持ちがはいっていないと意味がないわけですが、あなたは娘なのですから。娘の気持ちを込めればいいだけ、そう思えば・・楽になれないでしょうか。

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臨済宗妙心寺派 陽岳寺 住職 1985年生まれ。 東京都江東区深川出身・...
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「親のこと」問答一覧

親に都合よく使われる

60代後半の両親のことです。母親が10年ほど前に大病を患い、その間の身の回りの世話や認知症の祖母のことなど娘の私が担いました。自身の家庭のことと実家のことで肉体的精神的に辛く体調を崩すこともありましたが、なんとか母親の病気も完治し父親もこの何年間の間に病気をしその都度、サポートをしてきました。今は両親ともに元気でいてくれています。ただ病気の時に、私が色々と何でもやっていたことが当たり前になっているのか元気になってからも何かと私を都合よく使おうとしてきます。今日もスーパーでの特売に行きたいから◯曜日に買い物に連れて行って!など本当にしょうもない用事でも言ってきます。何十円か安く買えるためだけに、わざわざガソリンを使って実家に行かないといけないなど迷惑をかけることへの想像力がないのです。さすがに腹が立ち、アッシー扱いだし今回限りにして。と言ってしまいました。こんなこと言いたくもないし言った後に嫌な気持ちにもなるし、本当にいやになります。この先、もっと年老いてくると、いくらでもこのようなことを言ってくるんだろうなと思うと誰もいない遠い地へ行きたくなってしまいます。娘には言いやすいとはよく聞きますが、これからも我慢しなければいけないのでしょうか。良好な関係を努めていますが実家に帰ると疲れますし離れて暮らすと親族ではあるけれど、やっぱりもう家族ではないんだなと実感します。つまらない悩みで申し訳ありませんが、心のもちようと言いますか心構えをご教示いただきたいです。

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学生時代に親に言われたことが許せません。

学生時代、親から言われたことが、10年以上経ってもどうしても許せません。 大学生の頃、同級生からいじめを受けていました。 学生といっても大学なので、成人した大の大人がいじめだなんて情けない話なのですが、理系の大学で同じ実験班のメンバーからある時ターゲットにされてしまい、2年ほど目の前でずっと陰口を言われたり、実験に参加させてもらえないというようないじめが続きました。 本来できたはずのことができなかったので、勉学にも支障が出ました。 大人なので上手く対処できれば良かったのですが、当時はそれができずとても辛かったです。 そのことを両親に打ち明け、教授に実験班を変えてもらえるよう頼みたいけどどう思うか?と相談しました。 すると、「そんなことでグダグダ言うなら大学なんて辞めてしまえ!」と言われました。 結局、教授や先生には相談できず、実験班を変えることができませんでした。 仲のいい友人がいましたが、班が離れていたこともあり実験時間に助けてくれる人はいませんでした。 ちなみに毒親ではないと思います。普段は良好な親子関係ですし、結婚したときは結婚式の費用も工面してもらいました。 友人からの評判もよく、子どもながらに良い親だと思っています。 でもそれだけに、その発言だけが未だにどうしても許せません。2人ともいじめられた経験がないので、辛さが分からないのだと思います。 自分のしたことに気づいてもらって、一生後悔してほしいくらいです。 親にこの気持ちを言ってわかってほしいという思いが強いのですが、辞めた方が良いですか? こういう気持ちはどのように折り合いをつけていけば良いのでしょうか? アドバイス頂けますと幸いです。

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親への接し方について

実は夫はコロナになってから前職がうまくいかなくなりこれまで何度か自殺未遂をしました。 フリーランスの仕事を辞めて、新しい仕事に就くのをきっかけに、それならと当時遠距離だった私と同棲することになりました。 しかし、同棲後は職探し期間中に仮想通貨にハマり、私も再三お金を貸してしまいました。それは、親が残した私名義の遺産でした。 この時は私も心が弱く、貸さなければまた自殺をしてしまうのではと思い貸してしまいました。 それでもやはりうまくいかず、私が出張中にまた自殺未遂をしました。 その後は、彼の母親も同棲先に来て今後についての話し合いもしましたが、すぐに精神科の予約をすること、司法書士事務所へ連絡し、それまでの金銭の整理もし始めました。 それからはハローワークに通い、職業訓練なども受け、間も無く正社員として働くことができました。 今は、司法書士へお金を返済しながら生活しています。 そのような状態という事を私は全て理解した上で、今年入籍をしました。 しかし、入籍直後に私が遺産を貸していた事、自殺未遂をしていたことが、私の家族に知られ、すぐに別れろと言われました。 しかし私はどうしても別れたくなく、しばらくは実家にいるようにと言われていましたが、このまま私をここに閉じ込めておくのも良くないのかもしれないと母に言われ、実家を出ました。 しかし、この度母が病気で倒れ入院し、もう1人では生活することが難しい状況になりました。 実家に1人で住まわせるわけにもいかず、私は実家に帰るということを彼に話していました。 そして、母と退院後の話から、私に戻ってきて欲しいと言っていて、もちろん私だけ実家で暮らすつもりという事を伝えました。 しかし母は、今は本当の娘ではない。本当の娘(旧姓)になって戻ってきて欲しい。と言われました。 そこまでしなければならないのかと思いましたが、これまでの私たちの犯した罪の事を考えればそうせざるおえないのかなと思い、離婚する事を決めました。 本心はもちろん離婚したくありません。 ただ、離婚について母は「よく首を縦に振ったね」など嫌味のような発言をして、私の気持ちはぐちゃぐちゃになっています。 仕事も自分の人生も投げ合って、母と暮らそうとしているのに、このような事を言われてはこれから接していけばいいかわかりません。 何かアドバイスがあればお待ちしております。

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お年玉を預けるということ

現在お付き合いしている方との同棲を考えており、1年以内に引っ越す予定を立てています。 そこで昔から母が貯金すると言って預かったお年玉のことを思い出し、いくらか使えないかと思いお年玉のことを尋ねたところ「学校の制服や教材を買うのに充てたからもう残っていない」と言われました。 自分が学校に通うためのお金だったなら…とあまり強くは言えず、わかったとしか言えませんでした。 私には兄弟が2人いるので兄弟の分の学費も考えればお年玉を使っても仕方がない、と思うようにしていました。 ですが母が預かる際に「学費に充てる」との説明が一言もなかったため少し腑に落ちません。「貯金するから」と言われたので毎年もらった金額のほとんどを母に預けたので少なく見ても引っ越しの初期費用分ぐらいはあったと思います。 お金がかからないよう高校は公立の学校へ進学し、大学も受けず高卒で働きに出ました。 社会人になってから一度お年玉のことを聞いた際にはぐらかされたため怪しいと思い父に相談した結果「きっと他のことに使っているから」「母が信用できないなら父に預けておけばよかった」という結論に至りました。 そのため社会に出てから家に入れるお金は全て母に内緒で父に手渡していました。今現在そのお金に父は手をつけず、何かあった時のためにと全額残してくれています。 将来のためを思って貯金してくれていたと思ったお金が学費としてでも全額使われていたのが少しショックでした。 ですが他の親戚の子にも同じようにお年玉を渡していることを考えれば家のお金として使うのも理にかなっているという意見もネット上では見かけます。 なくなったもののことを考えても仕方がないのですがお年玉の使い道はどうあるべきかをご教授いただければと思い質問させていただきました。

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高齢な親を施設に入れるべきか悩んでいます

はじめに私のプロフィールを一読いただけますと幸いです。 プロフィールの通り、私は学生で現在就活中です。しかし父親の病気がここ数年で一気に進行し、親を施設に入れるべきか、加えて自分の進路や今後家をどう守っていくかについて悩んでいます。 父親の状態だけ見れば、明らかに施設に入れるべき状況なのです。しかしながら父親を施設に入れるということは、不活動宗教法人になるということであり、未だ後継者が決まっていない私の寺院から直に私たち寺族は出ていかないといけない。檀家様にも説明しないといけない。 こういうとき、まだ私には何をどのようにしたらいいか何も術がありません。 だからせめて少しでも長く活動し続けられるように、ここ数年は私が依頼される全ての塔婆を書き、お盆の準備は私がほとんど行い導師は知り合いの僧侶に手伝ってもらいながらなんとか活動を続けてきました。 ですが母親のガンが発覚したこともあり、母親がこのまま介護を続けられるのも時間の問題で、もう寺院としての活動は諦めるしかないですよね。 でも私がすんなりとそうできないのは、ずっと実家が無くなってしまうということを受け入れられないからです。 この家が自分の家じゃなくなるんだ、この家に母親がごはんを作って待っている状況が無くなるんだ、この家に誰もいなくなっちゃうのかな、この家からこのお寺から嫁ぎたかったな、結婚してこの家に戻ってきたかったな、もうちょっとでいいから実家が実家として私の居場所で帰る場所であってほしかったな そんな思いが錯乱して涙が出て、どうしたらいいか分かりません。 親戚のおばさんたちからはこの家をどうするか早く決めてくれないと死ぬに死ねないって言われたり、早く婿探してきなよって言われたりして、もうそんなの今決められない。 最終的に継ぐというのは可能性として残していますが、 今勉強していることを活かしたやりたい仕事がやっと見つかってそれに向かって頑張りたいのに諦めないといけないのかな、普通の今時の恋愛もっとしたかったな そんな気持ちも止まらなくて、人に相談するともちろん自分の人生を優先すべきと言われます。でも私の家がもう少しでいいから私の家であってほしいのも私の人生なんです。 方向性を早く決めて、心を自立させるためにはどうしたらいいのでしょうか。 分かりません。長文駄文ごめんなさい。

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親が死ぬ時、どう受け入れればいいのか

私25歳、妹23歳、両親64歳です。 社会人で一人暮らしを初めて両親の有難さに気づきました。 長年の不妊治療の後産まれた私は何の取り柄もなく、今までの迷惑と心配をかけてきた申し訳なさもいっぱいで、日々両親の健康と幸せを願うばかりです。 実家に帰るたびに、両親の白髪の多さや縮んだ背丈など、老いに気づく場面が多くなりました。ぱっと思い浮かぶ両親の姿は、背が高くて見た目も声も若い昔の姿です。ランニングが趣味だった父も「すぐ疲れる」と外出が少なくなりました。「私が死んだら食器あげるわ」「次元号変わるときはもう生きてないわ」と笑顔で話す両親の会話でも泣きそうになります。そうやって老いて死に近づいていく状態をみるのが辛いです。 昨年祖母が亡くなりました。身内の死は初めてです。 今でも祖母に会いたいと一人で泣くこともあり、祖母も祖母の家もなくなって悲しく寂しいです。 恥ずかしながら、祖母の死で改めて家族の大切さや感謝を感じました。 祖母が亡くなってこんなに悲しいなら両親が亡くなる時、受け止められる覚悟はできるのか?もし結婚して自分の家庭を持っても両親のいない長い人生を生きないといけないのか?と思ってしまいます。 「誰も死んでほしくない。健康のままずっと生きてほしい」と子供みたいに、大切な人が死ぬという現実から逃げたい気持ちでいっぱいです。 命に終わりがあるのはわかってますが、家族の死にどう向き合って立ち直ればいいかわかりませんし、受け止められる覚悟ができません。 両親が死んだらきっと悲しみで気が狂うだろうから自殺したい。でも大好きな妹のことを思うと自殺もできません。 また、介護施設で認知症の方の対応をしていたのを思い出し、両親が認知症になって私や妹ものことを忘れたら…という怖い気持ちもあります。 どうやって大切な人の死を受け入れて乗り越えたらいいのでしょうか。

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何を頼りに生きていけばいいのか

自分の父親はモラハラをよくしてきます。手を出してくることは滅多にないですが、暴言、怒鳴る、人格否定などはしょっちゅうです。小さい頃から中学生の頃までは、これが普通なのだと思っていましたが、それ以降は父親の性格が悪いことに気づき、つい最近、自分のされていることがモラハラにあたることに気づきました。 次いで母の件です。母は父親と違って性格は悪くなくて、自分が何かあった時や、それこそ父親に何かされた時は相談に乗ってくれたり、慰めてくれるような人です。ですが、母には浮気疑惑があります。以前一度スマホでのやり取りが見えた際、明らかに男性の名前の相手と恋愛関係を匂わせるようなやり取りをしていて、その後、覗いてしまった母の日記には、仕事にいくついででその男性と肉体的な関係を持っているようなことを匂わせるような内容が書かれていました。 自分は何を頼りに、何を信じて生きていけばいいのでしょうか。母親の父親でなくて他の男性と、となる気持ちもわかります。現にあんな性格の悪い奴に結婚前ほどの好意なんてあるはずがないです。何よりも自分が裏切られたとふとした瞬間に感じてしまって、抜け出せないんです。父親に関しては、自分は今までずっと「父親を怒らせる原因は自分なのかも」「父親にも親孝行がしたい」と思ってきました。でも無理なんだろうなと気づきました。いくらこっちが気を遣おうがそれは向こうに踏み躙られ、プレゼントをしようが、それは一時的なもので何も変わりませんでした。この前、SNSで仲睦まじい家族の様子をあげている友達を見て、「自分はこんなことしてあげられないんだな」と感じてしまいました。 別に父の性格が変わることを期待してるわけではありません。母の浮気を問い詰めて慰謝料がほしいわけでもありません。ただ、もう何を心から頼りにしていいのか、自分が何をしたのだろうか、もうわからないんです。でも少し冷静になると、自分が父を見捨ててしまったら、父が1人にしてしまうという謎の使命感もあります。 支離滅裂な内容でごめんなさい。 父は自分のことを否定されると、キレ始めるか、聞いたとしても全く改善しないような人間です。母にも以前、浮気のことは話しましたが、携帯のパスワードを変えて隠して終わりでした。 そのため、2人に何かをするではなく、自分がどう考えていたらいいかについてのお言葉をいただけると幸いです。

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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ