もう疲れました
死にたい訳ではありません。
なんだかもう疲れてしまいました。
何度も同じようことをすみません。
不安と罪悪感と妄想がずっと止まりません。
バイト先では一つ一つの行動の後に、今の対応は大丈夫だったかな、嫌われなかったかな、といつも不安に思います。
最近電車に乗る機会がありました。見たくないのに意識しすぎてチラチラ見てしまい、そのサラリーマン?の方はスマホにイヤホンをして何かを見ていたのですが、後々ものすごく申し訳なく思い、もしかして気付いていて不快に思われて、殺されるかもと本気で考えています。
週に2日同じ時間帯の電車に乗るのですが、その方はそれ以来乗ってこず、絶対私のせいだと思って、私の存在を探していたら、ばれたらと思いひやひやしています。電車に乗ることがとても嫌になってきました。
視界恐怖症などとゆうものを調べて見つけたり、色々調べるのですがもうヘトヘトです。
過去の一つ一つの行動を思い返しては、反省して後悔して。復讐に来るのではないかと思ったり、、
事故にあったら、家族になにかあったら、
次から次に不安になっては、暗くなってしまいます。
不安じゃないときも次はどんな不安がくるのかひやひやしています。
ある不安を忘れては、次に不安がきて、その不安を忘れると最初の方の不安にまた襲われ、
そこに罪悪感や妄想がくわわりもう頭がぐちゃぐちゃです。
ここ最近家でゆっくりしていても、色々考えがとまらないため、ずっとなんだか憂鬱でもう疲れてしまいました。
相談する相手もいないので書かせてもらいました。
この悪循環はずっと続くのでしょうか・・・
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
人は死ぬ時には必ず死にます。
昔、良寛さんが自身の被災地の方にあてたお手紙に
『災害に遭う時は災害にあうのが良く候。
死ぬ時には死ぬのが良く候。
これ災難を避ける妙法なり』
すみません。ちょっとうろ覚えですが、
良寛さんはそのようなお手紙を出しました。
災難にあうと、また災難が来るのではないかと怖くなります。
そして次こそは自分が死ぬのではないかともっと怖くなります。
怖がっていては日常生活がまともに送れないだけではなく、
いつも心がそのことに縛られていて幸せも感じられなくなってしまいます。
それだけではなく、人間は不安に感じていることに向かって行ってしまう傾向もあります。
自転車をおぼえたての頃、溝に落ちまいと思うほど溝の方に自転車を動かしてしまった記憶はありませんか?
ですから、心配しようが 心配しなかろうが、
災害は来る時には来るし、(もちろん災害準備は大事ですよ!誤解無きよう…)
人間はどんなに気をつけていても、死ぬ運命の時が来たら必ず死ぬんだ。
……と
腹をくくって生きるのが、結果的には災難も避ける事になるし、
生きている今という時間を不安という邪魔な感情に害されずに幸せに生きられるということだと思います。
貴女もどうか、不安というバケモノに取り憑かれないように、
「先々の不安」や「人の目」に、自分の人生を乗っけないようになさってみてはいかがでしょうか?
意外と人は自分が思うほど気にしていないものですよ。
でも、あまりにも気になる場合は、もしかして治療が必要な場合もあるので、病院を訪ねてみましょう。
本当に大切なことは
拝読させて頂きました。あなたのおっしゃることはどなたでも起こりうることです。
おそらく半分以上はあなたの妄想です。あなたが思うより周りの人たちはたくさんのことを抱えて生きています。ささいな心残りはありますが、それだけにとらわれて生きているわけではありません。
皆自分の人生を精一杯生きていますからそんな些細なことでとらわれていては本当に大切なことに向かなくなってしまいます。
あなた自身も自分の大切な人生にしっかりとお向き合いください。
本当に大切なことは実は目の前のたくさん通っていきます。
本当に大切なことに目を向けてくださいね。あなた自身の人生ですからね。
他人のことや思いは置いといてあなた自身にしっかりとお向き合いなさってくださいね。
あなたのこれからの未来がご自分にとって大切なことをとらえて充実した毎日を過ごして頂きます様にとお祈り申し上げます。
質問者からのお礼
いつもふと不安になると、それしか頭になくなり
自ら不安に向かっていたのかもしれないと
思えるようになりました。
半分以上は妄想。不安という化け物にとりつかれないように。
とても心がすっとなった気がします。
また不安になったら頂いたお言葉を読み返したいなと
思います。
ありがとうございました。