もう会えない
昨日、アドバイスを頂いたように淡い恋心⁉を抱くお坊さんに会いに行きたかったのですが、そのお坊さんにアポをとる前に何となく自分のケータイを見ていたら2週間ほど前の送信メールで見に覚えのないメールを発見しました。
内容を読んでみると次のようなメールが。「私は理由があり二度とお寺さんに行けません。さようなら。」でした。私のケータイを勝手に読み、お寺さんに行っていたのを知った家族が勝手にメールを送ったようです。お坊さんからの返信はなくでした。
好きなように生きる人生は私には蜃気楼です。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
人に決められる人生でどうするのですか
坊さんにこう言われたからこうする。
親にとめられたからこうする。
親に勝手に送信されたから合わない。
坊さんに別の助言を言われたからまた考えを変える。
そして、何もしなくなる。
そんな人生でいいのかどうかの疑問を持つことです。
ここに疑問をぶつけるのではなく、あなたがあなたに問いかけるべきでしょう。
方向性を間違えてはいけませんよ。
人から何を言われても人生は決められたわけではありませんよ。
行動なくして想念の中にとどまっていてもどんどん月日は流れていくばかりです。
会いに行きましょ^ - ^
会いに行きましょ^ - ^
会いたいのでしょう。メールどうこうは、あなたがやってないなら人のこと。
あなたがどうしたいのか。
会ってお話をしたいならすればいいじゃん。
全て話せばいいじゃん。
親のこともみーんな。わかってくれますよきっと。考えは行動ではないから、すぐ行動です。
質問者からのお礼
丹下 覚元 様
ご回答、有り難うございます。
ただ幼い頃から家族にいろんな事を言われて、いろんな事をされて生きてきました。自分の意見を言う、行動すると生意気だとご飯を食べさせてもらえないことも多々ありました。私を追い詰めることが楽しい、趣味だと言われて生きてきました。幸せにさせるか、そう言われて生きてきました。お茶も飲ませてもらえない、トイレも使ってはいけない、タバコを押し付けられて生きてきました。白い泡が出ている腐ったご飯を食べながら生きてきました。
丹下様がおっしゃることは分かります。hasunohaには質問というより肯定されたいだけです。生きていて良いんだよ、と肯定されたいだけなんです。