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娘の死、その後

回答数回答 6
有り難し有り難し 67

お世話になります。
娘が亡くなって3ヶ月。お墓が建ったので納骨をすることができますが、それが近いからかホンとに実感させられる気がして辛いです。
明るくいられたり、でも急激に甦りたまらなく寂しく苦しくなります。
家族で写ってる写真を見ると存在していたんだと思うのに苦しくなります。
何も考えなくても思いだしますが、自分の意思で最期の姿を思いだしたりします。
苦しいのに。
いつか、この気持ちから解放されるのでしょうか。
苦しいじゃなく笑って思い出せるときが。

2013年6月13日 9:33

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お坊さんからの回答 6件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

時には 「何もしない」を なさる事です。

泣く事がいけない事なのではない。
悲嘆にくれる事がいけない事なのではない。
思い起こされることが悪い事なのでもない。
悲しい事が悪い事なのではない。
辛い事が悪い事なのではない。
―――それは、決していけない事でも、悪い事でも無いのです。
夫のためにも次女のためにも、これはいけないんだ!
“それは悪いこと ・ いけないこと だ”と自制してきた思い自体が、今もあなたを縛って苦しめている事に気がつくべきです。
ただちに、ほどいてください。本心に忠実になるべきです。

「ではどうしたらいいのだろうか?」
この苦しみから救われる時が来るのだろうか。
どうすれば、悲しみの気持ちがおさまるだろうか。
どうやって日々を過ごせばいいだろうか。
どうすれば?どうやって?
何をすればいいのだろうか?何をすればいいのだろうか?
―――時には、よりよい変革を求める事をも、おやめになってみて下さい。

“何かしてあげなくちゃ”“何かしなければ”という考え自体が、あなたから心の安らぎ、自分との対話、お嬢さんとの対話を奪っている事に気づくべきです。
ただちに、何かしようとなさるあなたの思考の癖をおやめになって下さい。

「何もしないでそのまま過ごせるという事は絶大なる力」 

前へ進もうとなさるあなたの姿勢はすばらしい事です。
ですが、あなたの本心は今、悲痛な叫びをあげているのではないでしょうか。
それは、どこか自分に嘘をついているからなのです。
だから、今から無理に変革を求め前へ進もうとする必要すらありません。
何かすることの中にばかり、答えがあると思ってもいけません。
“なにもしない”“何もしないを、する”“「何かしなきゃ」とも思わないこと”

あなたは、十分に親として、子供のため、最上の善をつとめ、果たされました。
あなたとお嬢さんのためにも、少し、そっと休みましょう。
それは“もとめ” “○○しなきゃ”を休むことです。

自縄自縛、無縄自縛の縄をほどくために、あえて、何もしない、をする。
そうすることで自分に向き合い、心の中で真の対話ができて救われ、笑顔を取り戻せるはずです。
ダメ主婦、ダメ嫁、ダメ母親、ダメ人間でいいと思います。
一日をお許しを頂いて、静かに何もせんで過ごす一日を持ってください。
とことん、ダメだなぁと堕ち切った時、再スタートの笑顔がこぼれることでありましょう。

2013年6月13日 21:13
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おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 📞08020659278 法話禅会 毎週日曜3時より...

娘さんの立場から

初めまして
遺族の悲しみはつきない物でしょう。
特に子供を亡くした母親ならその悲しみは計り知れない物と思います。
しかし考え方を変えてみましょう。亡くなった娘さんはどう思っているのでしょうか?
あなたが悲しむことは、自分が死んだことで母親を悲しませたと思うのではないでしょうか?
死にたくて死んでしまった訳ではありません。生きようと思って居たのに自分の運命でこうなってしまった。
娘さんが悪い訳ではありません。自分の運命を受け入れてあの世に旅立ったのです。
天国にいる娘さんは悲しむ母親の姿をを見て心を痛めているのではありませんか?
自分の親が苦しむのを見て喜ぶ子供がどこにいるでしょうか?
もし母親なら自分の娘さんならどう思うか一番良く分かると思います。

百ヶ日法要のことを卒哭忌と言います。泣くのを卒業しましょうという意味です。
もう天国の娘さんを悲しませないよう、泣くのを卒業しましょう。
しかしその前に家族みんなで泣きわめきましょう。恥ずかしい気持ちを全て捨てて思い切り涙を流して下さい。全ての涙を出し切って下さい。涙で心の悲しみを洗い流すように。
そしてその後は娘さんの為に笑顔になりましょう。あなたのおかげで楽しい時間が過ごせました。
ありがとうと。
人にこんなことを言ってもし自分が同じ事になったら同じ事が出来るかどうか分かりません。
しかし笑顔で娘さんを天国に見送ってあげるのが娘さんにとっての一番の供養と思います。

2013年6月13日 13:46
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おきもち

50代、妻と娘2人。 若い頃はタイやインドなどアジアを中心に10年程旅行...

じゅんちさん、こんにちは。

その後、いかがお過ごしでしょうか。
思い出してしまって苦しい、癒やされない苦しみが続いている・・おつらいことと存じます。

私が、お通夜や葬儀のときに話す言葉があります。
E.グロールマンという方の言葉だそうです。その内容は・・・

親の死はあなたの過去を失うこと
配偶者の死はあなたの現在を失うこと
子どもの死はあなたの未来を失うこと
友人の死はあなたの人生の一部を失うこと

通夜葬儀の列席者、全員に当てはまることです(“きょうだい”はいずれかに含めます)。
じゅんちさんにとっては、どうでしょうか。

失うということ。それは、もとに戻ることはできない、ということです。
長女さんにとっても同じで、もとに戻ることはできません。
じゅんちさんが、元のお母さんに戻ることはないでしょう。

じゃあ、私は何をしたら??

ここでポイントとなるのが、
「じゅんちさんが、じゅんちさんでいること」
何をどうしたって、急な心変わりをしたって、貴方は貴方なのですが・・・。

いずれ私達は長女さんと同じ場所に行くでしょう。
だからといって、同じ場所で会いたいがために時期を早めることはいけません。「**の分も生きる」と言ったりしますが、「じゅんちさんが、じゅんちさんでいること」が肝要です。
大丈夫。
家族みんな、共に歩んできました。ちょっと長女さんは、立ち止まったようです。
後ろの方から見守っていてくれます。でも、そんなに遠くはありません。
私達人間のそれぞれの人生を歩むスピードは、速くない。

いつか、この気持ちから解放されるときが来るかもしれません。
苦しいじゃなく笑って思い出せるときが来るかもしれません。
その時まで、あなたがあなたでいることです。

最後に、平成9年3月神戸でおきた連続児童殺傷事件の被害者のお母さんの手記を紹介します。
お母さんにとって桜の咲く季節は、辛い季節となりました。区切りは付かないと言いますが・・事件から15年がたっての手記です。
「辛い春がようやく優しい身近なものとして戻ってきた」「一歩一歩積み重ねてきた時間がもたらす恩恵は、想像以上に大きく、苦しかった五千数百日の道のりを俯瞰できる力を与えてくれました。そして、あの子が居た時のように屈託なく笑うことや心の底から喜ぶことを思い出させてもくれました」

あなたの心の中にある宝物は、誰にも奪うことはできません。何度でも立ち上がることができる、証拠ですね。

2013年6月13日 10:40
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おきもち

「~です」とは、「~だと、ぼくは思うのです」ということです。 回答は、書...

じゅんち様。

貴女が仰る
「この気持ちから解放されるのでしょうか。 苦しいのではなく笑って思い出せるときが。」

はい。出来ますよ。必ず参りますよ。
其のが為にも、日々を前を向いてお過ごしに成られる事と、お嬢様の御供養を心から為して頂く事。そして、後ろ向きな考えはお辞めに成る事を為さいませ。

2013年6月13日 10:28
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おきもち

色々の悩み事がこの世には沢山有ります。 大学の卒論で密教天文暦法を研究致...

いつか芽が出せる、ということは信じてください

本当にお辛い日々ですね。じゅんちさんは以前もご質問をされた方だと思いますが、この3ヶ月、悩み苦しみながらも、ご家族の為に日々の勤めをこなしてきたことは大変なご苦労だったと思います。

小さな草がアスファルトを割って芽を出すように、私たちには本来、立ち上がる力が備わっていると思います。しかし、それは目に見えないくらい、感じられないくらいとても緩やかな速度ではないでしょうか。アスファルトとまともにぶつかってそれを打ち砕ける訳がありません。ただ、どんなに時間がかかっても「いつか必ず芽が出せる」という事は、信じていいのではないでしょうか。その事を信じることができれば、今は、無理に気持ちを変えようと焦る必要はないと思います。

私も離れた地から、お嬢様のご冥福とじゅんち様のご家族の日々の無事を心からご祈念申し上げます。

2013年6月13日 10:35
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おきもち

住職のかたわら、大道芸人PRINCOちゃんとして幼稚園保育園など各種施設、...

泣きながらでも思い出す

じゅんちさんへ

お辛いことと思います。

近くのお墓に納骨されたとのこと。
近くで思い出して辛いかもしれませんが、近くてお参りしやすくてよろしいかと思います。

苦しいのは、辛いと思いますが。
苦しくても、思い出してしまうのではないでしょうか。

この苦しさは、なくなるかもしれませんし なくならないかもしれません。

でも、安心して思い出してあげてください。
安心して泣いてください。

そして、安心して もう一人の娘さんに愛情をそそいでください。

辛いのも苦しいのも、変わるかもしれないし変わらないかもしれません。
でも、辛くても苦しくても いけないことではありません。
辛くて苦しいことは、辛くて苦しいかもしれませんが、娘さんが亡くなったのです。当たり前のことです。
精いっぱい娘さんのことを思い出してください。
安心して娘さんのことを思い出してください。

そして、もう一人の娘さんにもおなじように、当たり前に向き合ってください。
大事な娘として、思う存分大事にしてあげてください。

苦しく思い出して泣いても大丈夫です。
そして安心して、おなじ思いでもう一人の娘さんに笑いかけてください。

2013年6月13日 22:02
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おきもち

平松理薫(釈理薫)
真宗大谷派(東本願寺)僧侶 東京品川 日夜山正徳寺 住職 主な活動...

「身近・大切な人の死・悲しみ・喪失」問答一覧

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20日の日にとても大好きな父が亡くなりました。 自分は母を4年前に病気で亡くしてます。 その病気の介護のときからの15年間父親と生活していました。 母の死後、父と2人で田んぼをやってコレからはもっと2人で田んぼ大きくして行こうとしていました。ところが去年の4月頃に父に前立腺癌が見つかり、父は入退院を繰り返す様になりました。 それまでは父と2人で楽しく作業していた事が自分1人になり苦痛の作業になり、自分でもどんどん自分がすさんんで行くのがわかりました。 そして12月になり病院から「これ以上治療は出来ないので、緩和治療になります」と言われました。頭が真っ白になりました。そして泣いて泣いて泣きました。 家に戻る事も無く年を越し、1月10日に転院しました。そして改めて父を見て見るとがっしりとしていた身体はヒョロヒョロで、色は白く、お腹の両脇からは尿を出すための管が出ている、そんな身体になりながらも自分が行くと「ちゃんとご飯食べてるか?」「無理はするなよ」と私の事を気遣ってくれます、私は家に帰ると毎日泣きました。1月19日、父は大分弱って起き上がる事はなく、だか問いかけると目を開け「うん」「ちがう」などの返答をしていました、そして夕方に父に「どうする?今日俺、病院に泊まる?」と聞くと、とても嬉しそうに「うん、うん、」と答えてくれました。次の日の朝、「おはよう」と問いかけると目を閉じたまま、何の反応もありませんでした、先生が来て「今日は危ないかもしれないです」と言われました、それからは、父の耳元で「俺は親父が大好きだよ」「親父俺を1人にしないでくれよ」「反応してくれないとわかんないよ」「ほら一緒に田んぼいくべ」など色々言ってました、そしてお昼になり、父の呼吸は止まりました…67歳でした。 それから私は喪主として御葬式を務めあげました。 そして今は大きな家に自分1人となってしまい、家の中、納屋の中、田んぼ、すべてにおいて私が大好きだった、元気だった頃の父の姿が重なって見え、涙が止まらなくなってしまいます。本当に大好きなのです。 また一緒田んぼをやりたい、会いたい、他愛無いことで喧嘩したい、会いたい、話したいです。 ツライ、ツライ、ツライです

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有り難し有り難し 15
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有り難し有り難し 33
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大好きな祖父の死が受け入れられません

文才がなく、読み難い文章で申し訳ありませんが、御教授頂ければ幸いです。 小さい頃に両親が離婚をして、祖父母に育ててもらいました。私にとって祖父母は両親以上に親だと思っています。 一昨日、大好きな祖父が亡くなりました。 10年前に末期の前立腺がんと診断され、それから懸命の治療をしてきました。昨年に末期の糖尿病を患い、今度は食事制限が始まりました。 今年に入り、血栓が見つかり、脚がぶくぶくに浮腫んで歩くこともままならなくなった祖父。 先月、いつもの抗がん剤治療のため病院へ行ったら、酸素飽和度が低くなっているため治療が出来ず、そのまま入院。酸素投与をしながら様子を見ることに。 脚の浮腫もあり、入院中も寝たきりで家族とは祖父が帰宅したら家での介護は難しいかもしれないね、と話していた矢先、祖父の容態が急変。 その時一命は取り留めたものの、間質性肺炎を患い「いつ何が起こるかわからない状態」と医師に告げられました。 入院中出来る限りお見舞いに行き、ときには病院へ泊り込み。個室だったため24時間家族の誰かしら祖父の近くにいる状態が続きました。 ある夜、祖父が私のことを呼んだので「何をしてほしい?」と聞いたら「苦しい、痛い、もうおしまい」と祖父が言いました。私はそれを聞いて祖父に隠れて泣きました。私が少しでも長く祖父の傍にいたいという気持ちは祖父にとって苦痛でしかないのだろうかと思い、とても辛かったです。 祖父の最期は家族全員で見守りました。呼吸が浅くなり、そして止まり、心臓が少しずつペースを落としていきました。 死ぬ間際まで耳は聴こえると聞いていたので、ひたすら「じじ、じじ、大好きだよ」と祖父の頭を撫でながら耳元で伝えました。 祖父はどんな気持ちで旅立ったのでしょうか? すごく苦しくて痛くて辛かったんでしょうか? 私の最後の言葉は届いていたのでしょうか? 祖父母の家から徒歩数分のところに住んでいるのに、入院する前になんでもっと会いに行かなかったんだろうととても後悔しています。 医師に言われて、私なりに覚悟をしていたのですが、今も祖父の死を受け入れられません。 入院中脚をさすってあげたり、お口の中を拭ったりしかしてあげられませんでした。もっと沢山お話をすれば良かった。ひ孫を見せたかった。 辛くて悲しくてどうしようもありません。立ち直れません。会いたいです。

有り難し有り難し 16
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友人の死を乗り越える

以前、親友の死について質問をさせて頂きました。そこにあった彼女の死から学び自分らしく生きていくことが大切だというご解答がとても心に響き、前向きに生きてきたつもりです。 しかし、今になってまた彼女を失った悲しみが押し寄せてきて辛いです。 もう3年も経つのに、一時は気持ちが落ち着いていたのにおかしいでしょうか。 彼女の携帯は動いていないのですが、SNSのアカウントが残っているので最近は連日そこにメッセージを送っては涙しています。もちろん既読になることはないのですが、近況を報告したりすると少し気持ちが落ち着くと同時にもういないんだということを再認識して辛いです。 こんなことはやめたほうがいいのは分かっているのですが、どこかまだ受け入れられていないのかもしれません。 さらに、最近また子供を授かることができました。そのことを親友に報告したかったという気持ちが大きいような気がします。 赤ちゃんが部屋の中を見回してニコニコしているのを見るともしかして会いにきてるんじゃないかと思い嬉しいと同時に悲しくなってしまい、涙が出てしまいます。 夜中にお墓参りに行けば会えるんじゃないかなど馬鹿なことを考えて主人を困らせることもありました。子育ては楽しいし、普段の生活は明るく過ごせていると思います。ふとした時に気持ちが落ち込んでしまうのです。 何度も繰り返すこと辛い気持ちは乗り越えることができるのでしょうか。

有り難し有り難し 2
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