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なぜ地球は生まれ自分がここにいるのか

回答数回答 4
有り難し有り難し 66

昔から天体の授業など壮大な話を聞くと、自分はなぜここにいるのか…。地球はなぜ生まれたのか…。と不安になることがあったのですが、今年の初めに急に自分がなんなのか分からなくなりパニックになりました。

目に見えているものは認識できているのに、なぜ言葉を認識できるんだ?なぜ私はここにいるんだ?と次々に疑問が湧いてきて不安で仕方なくなります。

いままで見てきた景色すら違って見えるような気がします。

一生このままなのでは。気が狂ってしまうのでは。と、またまた色々なことを考えてしまい胸が苦しいです。

生きている意味を考えてしまったら終わり。というような見出しをネットで見て怖くなったり、哲学を勉強している人は自殺者が多いというような話を聞いて苦しくなったりもします。(哲学を勉強しているわけでもないのに悩むのもおかしいのですが)

いままで好きだったものも、心から好きと思えなくなってしまいました。

不安で仕方なくなると動けなくなってしまい、外にもろくに出ていません。

肉や卵などもパニックになる前は好んで食べていたのに、動物を殺したもの、と思ってしまい食事も楽しくなくなってしまいました。

この先不安で仕方なかったら死んだほうが…とも思いますが、怖くて仕方ないので苦しくても死にたくはないです。

切羽詰まって打っているので、文章がおかしいところが多々あると思うのですが、なぜ人は生きているのか。これからどうすればいいのか、など、少しでも前向きになれるようなお言葉を頂けたらなと思っております。

どうかよろしくお願いいたします。

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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

縁起

「今年の初めに急に自分がなんなのか分からなくなり」とのこと。
では、今年の初めまでは「わかっていた」のでしょうか?そんなことないでしょう。今までもずっとわからなかったのではないですか?つまり「今までわからずに生きてきた」のです。ならば、「わからなくとも生きていける」ということです。わからないと生きていけない気がしているのが「自分の思い」です。

「自分の思い」ほどあてにならんものはありません。縁(関係・条件・環境・対象などの意)によってコロコロ変わるのが思いですから。

で、「自分はなぜここにいるのか」「地球はなぜ生まれたのか」についてですが、仏教的に言えば全てのものごとに原因があります。因果応報・因果の法則・縁起の道理です。

「此れあるとき、彼れあり。此れ生じるとき、彼れ生じる。
此れなきとき、彼れなし。此れ滅するとき、彼れ滅する。」

ってやつです。あれがああなってこうなっという「原因」があって地球があり、あなたがいるのです。ポイントは「意味」ではなく「原因」があるということです。

何か絶対的支配者が意味をもって「地球」や「あなた」という物事を創造したのでなく、あらゆる直接・間接的原因が複合的に絡み合って生じるーこれを「縁(よ)って起こる-縁起-」といいます。縁起してたまたま地球の形、あなたの形をしています。地球もあなたもあらゆる原因によることはわかっても、それが何なのか全ての原因は「わかりません」。

これを「不可思議(ふかしぎ)」と言います。「わけわからんこと」ではなく原因はあるという風に「わけはわかる」けど「人間の思いでは遠く及ばない・敵わない」ということです。

「わからんことをわからんと認める」ことです。

そして「わからん私」がああなってこうなって今現にこうして生かされているという事実に「意味」が生じるのです。ここで初めて意味です。

意味→存在の事実(縁起)でなく、存在の事実(縁起)→意味です。

さあ原因はわかりませんが、あらゆる原因が整って私として縁起している奇跡的な事実に尊厳を見出しましょう。とりあえず私ならお肉も卵も美味しくいただいて、「いただきます・ごちそうさま・ありがとう」からはじめますかね。
 私は「生きる意味」を問うことは必要だと思います。むしろこれをごまかすと「これでよかったのか?」と満たされない人生となる気がしてなりません。

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有り難し
おきもち

個別相談可能
はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

『お詫び』

投稿した文章は仏典・論書・祖録等を引用して予め法理を明示しなかった為に、回答内容が仏教とは異なった通俗的な価値観に比重を置いたアドバイスになっておりました。
この回答が仏教を学ばれる方々の妨げとなる可能性がありましたので、まことに勝手ながら回答を全て削除させていただきました。

代わりにここでは、仏教の概要を少し紹介させて頂きたいと思います。

『仏道』
仏教の門戸とその修行法は多種多様でありますが、その道のりの先にあるのは解脱です。

大乗仏教では、菩提心がその人に現れる時から仏道は始まり、数多の転生を繰り返し、数多の大師や仏菩薩と出逢いながら、久遠の修行の時を経て、その人の全てが捧げ尽くされ、そこで菩提心が開示されます。
道の始まりから人は、菩提心に導かれ解脱へ辿り着きますが、そこで悟るものも菩提心です。

道の初め、自らの苦しみからの解放を求める切なる純粋欲求であった個人的な菩提心はやがて、すべての存在を救いたいという祈りに裏打ちされた不屈の意志と信心をその人に刻み付け、非個人的な菩提心が解放されます。
そのような菩提心と與に道を歩む人を菩薩と呼びますが、菩薩の意志や信心、原動力の源が解脱の時に悟ることになる菩提心です。
菩薩が歩む大道の上には、見道や解脱、その先に続く仏としての完全な成就の因となる多種多様な修行が立ち現れます。
日本仏教という道もこの大道を源としているので、全ての道はそこへ還りつくようになっています。

その人の道はその人にとっての真性の師である覚者との邂逅や、久遠の時を與にしながら道を歩んだ法友との再会によって開かれ導かれていく歩みであると伝わっております。
どうかNaga様の出逢いとその歩みの上に障碍がありませんように。

願以此功徳
普及於一切
我等與衆生
皆共成仏道

合掌

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有り難し
おきもち

すべては宇宙という身体の細胞

私たちが生きている中で、吹いた風や、落ちる雨粒の一つ一つを気にすることはないですよね。何故なら、それは一瞬で過ぎ去る現象だからです。
弘法大師空海は、「声(音)あるものすべてに命がある」とおっしゃっています。風や雨粒、虫や土、石ころですら命があるとおっしゃっています。
何故なら、それはすべて「宇宙」という大きな身体を構成している細胞のようなものだからです。全てのものが宇宙に生かされ、そして全てのものが宇宙を構成しているのです。そういったいみでは、この世に無駄なものなど何一つありません。

私たち人間も同じです。宇宙から生まれ、死んだらまた宇宙に帰って行く、風や雨と同じ現象にしか過ぎません。
じゃあ死んだら終わりか?それは違います。
宇宙から生まれ宇宙に帰り、そしてまた宇宙から生まれるんです。

まるで春に芽吹いた木の葉が、秋には枯れ落ち、木の栄養となり、また春に芽吹くようなもの。
すべての命は同一で永遠なんです。
だから、不安になることはありません。
私たちは常になにかに生かされ、そして何かを生かしているんです。

そういった、宇宙全体を自分として捉える宗教が仏教で、それを突き詰めたのが密教です。
興味がありましたら、またいつでもお尋ねください。

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おきもち

仏教哲学のススメ

Naga様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

確かに西洋哲学では、ニヒリズムやシニシズム、厭世主義に陥ることがあるように存じます。

同じ哲学でも、仏教哲学は違います。精緻な認識論、論理学もございます。

より良く生きるため、真なる真理の探究のため、最高の安楽・幸せ(悟り・涅槃)のために、是非、これからは仏教哲学も学んで頂けましたら有り難くに存じます。

川口英俊 合掌

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おきもち

こちらも参考になさって下さい。最新の拙法話「仏教の法話 ミニ法話シリーズアーカイブ」 https://youtube.com/playlist?list=PLG2SRXHSbDlUsU_Yt0NVGCCk0dq89Vndo&feature=shared

質問者からのお礼

漠然とした質問に回答をくださりほんとうにありがとうございます。お礼が遅れてしまい失礼しました。

とにかく苦しくて仕方が無かったので回答の通知が来たときは、少し光が見えた気がして涙が出ました。

相変わらず考えても仕様がないことを考えすぎてしまい不安で苦しくなったりして外出は上手くできていないのですが、ご飯を食べられるようになりました。

かかりつけの病院の先生にも、ゆっくり調子を戻していきましょうと言われました。

ほんとうにこの不安や苦しさから抜けられるのかな…。と思ったりもしますが、少しでも前向きに生きられたらなと思います。

煩悩スッキリコラムまとめ