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約束を破りました

父が脳梗塞で倒れました。私は救急車を呼んだり、手術の同意書にサインをしました。左半身に後遺症が残りました。自分の足で立つことはかなわないと言われています。

父は「延命治療の拒否」を書面に残していました。再起不能になったときも、それまでの治療をすべてやめるようにと記されています。倒れたりしたときは「ほっておいてくれ」ということです。長女の私は「まかせておいて」と約束をしました。

ところが倒れた父を見たとき「救急車を」と母に指示したのは私です。緊急手術に同意したのも私です。

意識が戻ったとき「どうしてこうなった」「もう終わりにしてくれ」と父に言われたとき、私はなんてことをしてしまったのだろう、と思いました。

あのとき、なにもしなかったら、救急車を呼ばなかったら、手術を拒否したら、父は思いのまま一生を終えることができたのに、と思います。84歳で半身麻痺になってしまった父。

こうなってしまったのはすべて私の責任です。

リハビリをする父に対して「がんばれ」と素直に言えない私。心の中で父の死を望む、私の始末はどうしたらいいのでしょうか。

後悔・自己嫌悪
有り難し 33
回答 2

質問投稿日: 2017年2月2日 14:30

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

あなたの判断は、あなたの気持ちそのものだったのですね。

誰だって、親は特別な人です。
大切な人が苦しいときに、見過ごすことなんて出来ない。
あの時の、あなたの判断は、あなたの気持ち そのものだったのですね。そんな、あなたを、誰が責めたり出来ますか。とにかく、助けたかった、そうでしょ?

「生きたい.生きてほしい」この「生きる」もまた、苦しみの一つです。お父さまが、この命を懸命に生けておられるのですから、あなたもまた、その懸命の生き方を、最期まで お支えしていきましょう。
約束を破った罪と捉えていくのではなく、最期まで支え、ともに生きていくこの命であると考えていきましょう。

お父さまは、身体の自由が奪われ、精神的にお辛いでしょうけれども、それを越える 大事な今が、あなたと共にあるんだと、いつか この今が、感謝の日に変わってくださいますよ。
だから、そう信じて、笑顔でいましょう(*^^*)

2年3ヶ月前

自分も同じことをしたと思う。

こんにちは、すじがね食堂さん。
私の父は85歳ですのであなたとは
同じ年頃だと思います。
心情よくわかります。
歳を重ねるごとに父母の
有難さが身に沁みますよね。
寝たきりになっても生きていてほしいと
思うのは自然な子としての感情では無いでしょうか。
今回の判断の良し悪しは後回しにして
まだまだ父さんに生きてほしいんだ!。
と伝えて一緒にリハビリを頑張って下さい。
命があれば笑える日が来ます。
それが親子でしょう。

2年3ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

誰も私を責めない、涙がでます。正解がないのではなく、今がすべてなのだと深呼吸をします。もう泣かない!と決めたはずなのに、回答をいただいて、涙があふれてきました。生き続ける父をみるのが辛かったです。半身麻痺の父をみるのが辛いのだ、そういう父を認められないのだ、いくつになっても子供は子供なのだと。明日は会いに行こうと思います。リハビリの手伝いをしてこようと思います。外はすごく寒いです。けど、心はすこし温まりました。ありがとうございます。

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