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「懐かしい」と言う感情について 絵について

初めまして、つい最近仏教を知り、少しではありますが、実践している者です。
仏教を勉強し過去、未来ではなく今が大切と言う事を学びました。
そこで疑問に思ったのですが、懐かしいと思う感情は悪い妄想なのでしょうか。
自分は中学1年の頃から絵の練習を初めて5年くらい経つのですが、ノスタルジックな絵、見たことも無いのにどこか懐かしさや郷愁を感じる絵や、絵に限らず風景や物を見たり描いたりするのが好きで、そういったものを感じさせる音楽も好きです。
でも結局、良くない妄想なのでしょうか。仏教を実践して妄想はそれなりに無くなったと思いますが(前と比べればですが)懐かしいと思うと言う事は過去の思い出を無意識のうちに連想させ過去に囚われていると言う事なのでしょうか。
物を見て「懐かしい」に限らず、「楽しい」「面白い」「笑える」など何か感じたとき罪悪感を感じるようになってしまいました。
また自分には特技と言える物は絵を描く事しか無く、
「将来イラストレーターになって食っていこう」と決めていたのですが
絵を描くときは、想像、妄想しなければ描けないので絵を描く職業は悪い職業なのでしょうか。
実在しない物を描くので、見た人には欲、妄想を掻き立て不幸にしてしまうのでしょうか。
回答をお待ちしています。

有り難し 28
回答 4

質問投稿日: 2015年7月17日 20:41

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

難しく考えない

今はどうやってここに在りますか?
一人の例外もなく、過去があって今に繋がっているのです。

「今が大事」というのは、過去を思い出してはいけないということではなく、「過去にとらわれてはいけない」ということです。

あの頃は良かったとか、あの頃に戻りたいとか、過去につくった栄光や、過去に得た地位や名誉、それに囚われると、目の前にある現実から逃避したり、これからある可能性にチャレンジすることが出来なくなるから、過去を引きずったり、過去のものに執着していてはいけない。

そういうことであって、ノスタルジーを感じたり、目の前にあるものから想像を膨らませたりということとは全く別の問題ですよ。

マイナス面の妄想ばかりだといけない場合もあるでしょうが、空想を大きく膨らませることは、お好きな絵に無限の可能性を与えることにも繋がるでしょう。

「楽しい」「面白い」「笑える」などは素晴らしい感情です。
いけないのは、「楽しい」「面白い」「笑える」を、これしかないと決めつけてしまうこと、それが執着に繋がります。
これも楽しいけどあれもいいね。これも面白いけどあれも笑えるね。
そんな柔軟な考え方を持つなら、今を妨げるところはどこにもありません。

要は、膨らませても囚われないこと。
「こうでなければならない」「ああしなければならない」「これがあるからダメ」「あれでなければダメ」「あれだけは離せない」「これだけは譲れない」
そんな考え方がものに囚われるということ。

既にない過去に囚われず、過去を全て経験した今の自分を、今ここでどう使うのか。

あなたが、自由な発想で、世界観を大きく膨らませて、無限の可能性を発揮されることを期待していますよ。

3年1ヶ月前

仏さまに対するあこがれ

お釈迦さまは芸術関連のものをたしなむことを良しとしませんでした。
絵や歌、楽器の演奏などは習得にものすごく時間がかかります。お釈迦さまがご存命のころのインドの平均寿命はどれくらいだったのでしょう?もしかすると30代くらいが寿命ではなかったでしょうか。そんな時代に、お稽古や練習をする暇があったら、よりよく生きることに時間を使いなさいな、きっとそんな意味を込めて、お釈迦さまは諭したのだと私は思います。

また、なぜ過去や未来ではなく今なのでしょう。もし、にーくさんが新幹線に乗っているときにさっき通り過ぎたであろう駅の事ばかり考えていたり、目的地のことばかり考えていたりして、車窓の今の景色を見ずにいたらそれはもったいないことだと思いませんか。
私は、過去も、未来も今と関連付けられれば良いものだと思います。
目の前の富士山を見て、先々月はまだ雪が積もっていたなーとか、そうだ、来月はあの頂上に登るんだなーとか思うことは、決して目の前の富士山をないがしろにはしていません。

また妄想についてですが、妄という字が既に良くないものですので、想像とか、あこがれだと考えてください。我々僧侶はいつも仏さまや悟りというものにあこがれ、精進をしています。

どうぞ、そんなことを頭の隅に起きつつ、すてきなイラストをお描きくださいね。

3年1ヶ月前
回答僧

円通寺

邦元

善悪をつけない考え

にーくさま

過去、未来ではなく「今」を生きる。その通りだと思います。真実は「今」この瞬間以外にありません。そしてもう一つ、目の前にある現実以外に真実はないのです。昔の写真を見て懐かしいなと思うのは自然のことではないですか。そこに良い悪いは存在しません。こんなこと考えちゃだめだ!こう考えなければ!と考えることが煩悩なのだと思います。
懐かしいと思ったらそのまま。

記念写真からこのとき「嫌なことがあったなあ」などと思いだし、過去へさかのぼり、嫌な気持ちになってしまってはそれは苦しみへと変わってしまうのです。

「楽しい」「嬉しい」などの気持ちも同じ。そうした気持ちが出てきてもそれは自然のこと。そのままにしておけばいいのです。そこからさらに思いを付け加え、過去、未来へと思考の中で移動し、悩んでしまっては煩悩となるのです。

出てきた思いにさらに付け加えないように生きてみてはどうでしょう。

3年1ヶ月前
回答僧

願誉浄史

欲の煩悩は「楽しい、もっと◯◯したい」

「懐かしい」という感情とともに欲(楽しい、もっと見ていたい)の煩悩が起動する場合があるでしょう。
厳密に言えば、そのような微細な欲も、煩悩(悩み苦しみの原因)です。
欲の煩悩(貪欲)は、この世への執着の原因でもあり、また、執着がある証でもありますね。
しかし、普通は、そのような欲までなくすのは難しいです。欲があることを悩む必要はないでしょう。
ただ、欲に気付くことが苦・無常・無我に気付くことにつながると思います。
何かを見たら欲が生じてしまう、五感や心が受け取る刺激が次から次に煩悩を誘発し、我々はそれに翻弄されて右往左往している、生き物とはなんてバカで空しい存在なんだ、
と心底納得できたら、
初めて欲・怒り・怠け・プライド等の煩悩をなくす方向に進めるのです。

3年1ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

納得の行くご回答ありがとうございました m(_ _)m

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