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この世の失敗は来世で

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有り難し有り難し 13

今までの人生経験から学ぶことがたくさんあるのですが、生きているうちに活かせない経験は来世で活かすことはできないのでしょうか。
そうでも思わないとやりきれません。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

私を学ぶ

おっしゃることはよくわかりますが…

Moco様は過去世の経験を今生で活かせてますか?

そういうことだと思います。

「今までの人生経験から学ぶことがたくさんある」とのことですが、「今」生かせない経験とは?「今」活かせない学びとは何なのか?そこを考えてみる必要がありそうです。

今までの学びは本当の学びだったのか?

と価値観が崩れる所が仏道のスタートです。

なお、Moco様が活かせていないと思う学びも経験もMoco様の今にはたしかに活きていると思いますよ。

人生に無駄はありません。

三帰依文(さんきえもん)の冒頭に

「人身受け難し、いますでに受く。仏法聞き難し、いますでに聞く。この身今生において度せずんば、さらにいずれの生においてかこの身を度せん。」

とあります。

私たちは知らないことを知るという学びにおいて、様々な知識や経験を身に付け、何か自分が大きくなった様な気がしてきます。それこそ「これを活かせないなんてもったいない」とも思います。

しかし、「ヤドカリがヤドを自分だと言い出したらおかしいでしょう」とおっしゃった方がおられます。いくら学んでもそれは私ではないのです。私ではないものは何一つ持っていけません。
私たちはヤドを大きくする学びではなく、自分とは何かを知る学びをこそ学ばなければなりません。
それは賢くなる学びではなく、我が身の愚かさを知る学び…すなわち仏法です。

今生において私たちは人としての身を受け、仏法に私を学ぶ機会をいただいているのです。この今生という絶好の機会を共に活かしてまいりましょう。

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はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

質問者からのお礼

自分とは何かをしる学びとは難しいですね。あのときこうしていれば、ああしていればと考えてしまうのですが、それでは欲どしいかもしれませんね。
質問してみて良かったです。

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