皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

回答が追いついておりません。お坊さんから丁寧にご回答いただくため質問受付数を制限させていただいております。大変申し訳ございません。

お坊さんの仕草やしきたりについて

こんにちは。
他愛もない質問なのですが、ずっと気になっていましたので思いきって質問します。

先日、京都の大谷本廟まで祖父の納骨をしに行ったのですが、広間のようなところで読経する際に、お坊さんが決まった足(右足か左足か失念しましたが…)で段差を上り下りしていました。
決まった足から踏み出す、など決まりごとがあるのでしょうか?
また何か重要な意味があるのでしょうか?

その他にも、なにか独特の仕草やしきたりがあるようでしたら、後学のために教えていただきたいです。
単なる好奇心から生まれた他愛もない質問で申し訳ないですが、お答えいただけると幸いです。
何卒宜しくお願い致します。

お坊さん
有り難し 12
回答 3
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

進左退右

大谷本廟へのご納骨誠にご苦労様でございました。

儀式中の所作においては決まり事というものがあるようです。恥ずかしながら私はそういうのに疎いのですが、真宗大谷派では基本的には「進左退右(しんさたいう)」として、前進は左足から、後退は右足からと聞いております。例外もあるようですが。
(なお、本願寺派さんも同じかはわかりませんが…)
おそらく由来もあるのでしょうし、動作をそろえて美しく魅せ、その場を荘厳するという意義もあるのでしょう。

学べば奥深い世界なのだろうなあ…とは思っています。関心を持っていただきありがとうございます。

回答僧

円通寺

邦元

決まりがあると思います

私が修行したお寺では、ご本尊様にお尻を向けないように考え、決まった方の足から入るということは言われました。左前方にご本尊がある場合、右足からとか。畳の歩き方とかもあります。茶道の世界でも、あると思います。

回答僧

願誉浄史

一種の瞑想

決まった動作には、おそらく色んな理由・背景があると思います。
物を大切にするため(畳のへりを踏まないなど)や、儀式を美しく見せるためや、感謝の気持ちを表すため、など。
経本を読む前に開くときや、読んだ後に閉じるときには、経本を両手で少し持ち上げて礼をします。
仏教への感謝と敬意を表すためだと思います。

いずれにせよ、動作が決まっている場合、間違えないように集中し、身体の隅々まで「念(気付き)」を入れながら動く必要があります。
最近ではマインドフルネスとか言われる状態です。
これは、仏教者にとってよい修行、瞑想の一種にもなるのです。
だから現代的には無駄な動作、無駄なしきたりかもしれませんが、集中して動くということ自体に意味があると思います。


質問者からの有り難し - お礼

皆さまご回答ありがとうございございました。
さまざまな理由や意味などがあると知り、自分の無知を恥じると共にとても良い勉強になりました。
これからもお寺さんに関わることは多々あると思いますので、仕草ひとつひとつの意味など考えながら参拝しようと思います。
ご回答いただきました皆さまに感謝します!

関連する問答
このページの先頭へ