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何て答えたら、、、

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有り難し有り難し 38

こんにちは。

私は、接客業をしています。
お客様は高齢の方が多いのですが、よく、足が悪いのがなかなか治らない。どうしたものか。など、言われますが、何てお答えしたら良いかうまく言葉をかけられません。
どうしたら、気持ちをやわらげられるか
軽はずみではないか、、考えますが見つかりません。


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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

答えを求めているわけではないでしょう

とてもお優しいかたですね。
お話は、聞いて欲しくてしているだけだと思います。
あなたに痛みを無くして欲しいとか、いいアドバイスをもらいたいとかそういうことで、お話されているわけではないのです。

そうですか、大変ですね。お大事にしてくださいと、そのお気持ちを伝えるだけで、十分ですよ。
きっとそのお年寄りは救われていると思いますよ。

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禅宗 曹洞宗 僧侶。神奈川県西部円通寺副住職。 悩みを吐き出す事で、ちょ...
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答えるのではなく、応えていく

まるりんさん

自分の抱えたどうすることも出来ない問題を
誰かに聞いてもらいたいのではないかと思います。

答えではなく、応えてもらうことを
求めているのではないでしょうか。

こういう言葉を伝えたら
気持ちがやわらぐという方向で考えると
言葉が出てこなくなってしまうかもしれません。

頑張りましょう
大丈夫ですよ
仕方ないですよ
歳とるとみんなそうですよ等

相手に何かを伝えるのではなく

相手の感情的な言葉を
聞いて
同意して
問いかけていく

そうなんですか
今どのように
お感じになっているのですか

辛いと言ったら
辛いんですね

苦しいと言ったら
苦しいんですね

ただこれも
こういえば大丈夫ということにしてしまえば
同じことになってしまいます。

相手は答えを求めているのではなく
応えてほしいのでは
感情を受け止めてほしいのではと
頭の片隅に入れてみて下さい。

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おきもち


お寺や神社でお守りを買ってきてあげてください

相手の苦しむ気持ちに応えてあげたいというのは、すばらしい精神ですね。
その人が求めているものは「ことば」や「こたえ」ばかりではないかもしれません。
たとえば、このサイトにも純粋に仏教、仏道に関する問いを求めてこられる方もおられますが、そういう方にはこちらもスッキリ答えられるものです。ですが、中には単に寂しさを分かってほしい、同調してほしい、励ましてほしいだけの方、この場で質問という形で言ってスッキリの方もおられます。
本当に自分に寄り添ってくれて、真摯に向き合ってくれているかどうかが相手の苦しみを取り除くための大きなありかたかもしれません。
たとえ治らない難病であっても「この人はわたしを受け止めてくれている、安心して過ごすことができる」そういう寄り添いの気持や同調する心、それによって生ぜられる行為こそが慈悲の一面です。そのまま見届けてあえることも慈悲の一面。いい助言をするばかりではなく、手を添えて一緒に行動してあげることも慈悲。
決して治るかどうかは分からないとしても、その方が求めている気持ちに寄り添ってあげてください。私には、その気持ちが足りないので、こういった言葉しか差し上げられませんが。
その方が求めているものを見極めることが大切かと思います。
A・その人がこれをする事で治ることができる情報を提供する情報アドバイザー派。
B・その人の寂しさを理解して同調してあげるシンパシー派。
C・その人と共に行動してあげる行動ボランティア派。
D・その人自身の精神的成長の為にあえて見守るという親派。
日本の伝統の宮大工さんの世界では敢えてあれこれ教えないと言います。
結局、本人が自分をやっているうちは教えても聞く耳が無いのです。修行道場も尼僧堂も参禅会も、多くは皆教わりには来ない。みな「自分をやりに来る」のです。
本当に教えてもらいたいと思うまで、そっとしておくのだそうです。
私財をなげうってまででもその方の力になりたいと思ったらまず、お守りを買ってきてあげてください。心を開いて本当に聞いてきたら、本当に寄り添うように聞いてあげて、励ましになる希望的な情報をお伝えしてあげてください。

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丹下 覚元(たんげ かくげん)
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付き合ってくれて有り難うだね。

私たちの職業も高齢者の方とよくお話をします。

参考になるかどうかは解りませんが、私の場合、よくこんな答え方をします。

痛いんだよねぇ・・
たくさん使ってきたからね。
長い間一生懸命に働いてきた証拠だよね。
でも機械みたいに油を差すワケにはいかないからねぇ。
油も差さずによく付き合ってくれてるよね。
機械ならせいぜい2~30年、80年ももってはくれないもんね。
たくさん働いてきたから、そろそろ足が音を上げてるのかもしれないね。
親にもらった身体を自分の自由に使ってるのに、よく今まで無理を聞いてくれてるよね。
ちゃんと足にお礼を言ってる?
せっかく付き合ってくれてるのに「痛い痛い」って文句ばかり言ってたらかわいそうだよ。
今までたくさん無理を聞いてくれたんだから、お風呂に入った時にでも、しっかり擦ってあげなきゃね。
「今日も一日ありがとう。付き合ってくれてありがとう。」って。
そしたらきっと、もう少し音を上げずに付き合ってくれるかもしれないよ。

・・・って。

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「コミュニケーションの悩み」問答一覧

自分の失言を過度に後悔してしまいます

昔から人と会話した後、一人になるといつも自分の発言を後悔します。 「もっと言い方があったんじゃないか」 「つい言った一言が相手を嫌な気分にさせてしまったのではないか」 など、考え出すとキリがなくなって気分がと物凄く落ち込みます。言ってしまったのは自分で、悪いのも自分なので誰のせいでもないですし、その会話の途中で直ぐに謝る事も出来ずもやもやしてしまいます。 自分の失言に対して相手はそこまで気にしていない、との言葉をよく見かけますが、私は、相手に失言を気にしているかどうかすら確認出来ない程口下手で臆病です。 先程も、グループで課題を割り当てる際に早いもの順で決めていったのですが私が選ぼうと思っていたのを先に取られてしまい、全て決まってから、 「○○とられた〜、いいなー」 と半分冗談の様に笑いながら隣の人に言ってしまいました。その人はまだ交流があるので良いのですが、その近くにいた同じく私が選ぼうとしていた課題を選んだ人はそこまで親しい訳でも無いのに、こんな心無い発言を聞かせてしまって嫌な気分にさせたのではと今とても落ち込んでしまっています。 わざわざ後で謝りにいく程の事では無いかと思うのですがそれでもその人や周りにいた人達に不快な思いをさせてしまったのでは、陰口を言われているのでは、嫌われてしまったのでは、と頭の中で堂々巡りしています。 この様な事が日常的にあるのですが、何かいい気持ちの切り替え方や、失言をしすぎない心の持ち方などありましたらご教授いただけると幸いです。

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はじめまして。 初めて質問させていただきます。自分の中で整理がついていないのでお見苦しい文章になりますが、お目を通していただけますと幸いです。   本日、上司のお子様の機嫌を損ねてしまいました。お子様は今度ピアノの発表会があるのですが、その会場は県外かもしれないという話を小耳に挟んだのです。なのでお子様ご本人に聞きました。 「今度の発表会は県外なの?」と。 するとお子様は 「知らない。そんなこといちいち聞かれたくない」 と怒ってしまわれました。この発言については詮索されるのが嫌いな子なんだな、今後は聞かないようにしようと納得をしました。しかし次の発言で目が点になりました。 「コロナが流行ってるときに県外に行くの?って聞かれても良い気分なんかしない。なにが言いたいの? なんて答えてほしかったの? ちゃんと人の気持ちを考えて話してよ」 と言われたのです。   確かにコロナ禍で遠方に外出するのは感染のリスクがあります。その上で「遠方に出かけます」と答えるのは気分の良いものではないでしょう。そこは理解も納得もできました。 しかし続く言葉が自分の中で消化できません。軽い世間話のつもりで振った話題でしたのでなにが言いたかったわけでもなく(強いて言うなら気を付けてね。頑張ってね。くらい)、そもそもどういう風に答えてほしかったのかなど考えていませんでした。   「人の気持ちを考えて」とは確かに浅慮だった私には耳の痛い言葉です。一方で、そこまで言われるほど酷い発言だっただろうか、なにがいけなかったのだろうかと首を傾げる自分もいるのです。   お子様の機嫌を損ねた原因は私です。悪いのは私です。それはわかるのです。でもどうしてあんなに怒ったのかも、「なにが言いたいの~話してよ」の発言の意味もわからないのです。お子様の言葉を基にどんな風に反省すればいいのかが全くわからないのです。   取り留めのない内容で申し訳ありません。どうか私に答えをください。私はあの言葉をどう受け止めればよいのでしょう。どのように反省すればよいのでしょう。助けてください。本当になにもわからないのです。自分がどうしたいのかさえもわからないのです。

有り難し有り難し 10
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