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何を目指すべきなのでしょうか

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有り難し有り難し 13

2008年くらいに、ふと、もう人生でやり残したことはない、という感じになり、それから7年間生きてきました。
その間に離婚も経験し、子供もいません。

お金もたくさんあるわけでもありませんが、仕事は普通に好きですし、友人たちにも恵まれています。

そういう人たちと旅行に行った帰りなどに、あぁ今日も楽しかったなぁと思うと、もうこれでやっぱり終わっても良いなぁと思ったりします。

積極的に死にたいと思ったことはほとんどほとんどないのですが、終わっても良いとはいつも思います。
こういう時には、どういう心持ちでいることが「よい」ことなのか、お言葉をいただきたいです。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

悟りと来世と他人のために

仏教の善は、自分と他人の悩み苦しみを減らす方向性です。
自分の悩み苦しみがなくなる究極は、悟り(煩悩がなくなること)です。
悟るためには、戒(生活習慣の修行)、定(精神集中の修行)、慧(真理に気づく修行)の三つの修行が基本です。
あとは、慈・悲・喜・捨の四つの心(四無量心)をはかりしれないほどに大きく育てるのも修行です。
また、煩悩が残ったまま死んだ場合は、輪廻転生すると考えられます。
ですから、同じ輪廻するなら悟りやすい環境に生まれかわりたいという仏教徒の人情で、浄土への往生を目指す信仰があります。
南無阿弥陀仏と念仏をとなえて極楽浄土への往生を目指す教えがあります。

以上は、自分のための善いことですが、それに加えて、他人の悩み苦しみをなくすために行動するのも善いことです。

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がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...

「ほりていく」生き方

まず、もうちょっと降りてきて下さい。(´-ω-`)
まず、自分の事だけずーっとやっていると必ず人生虚しくなります。
別れた奥さんにもっと尽くしておけばよかったとか思いませんか?
親にもっと尽くしておくべきだったとか、人に好かれるような生き方をするべきだったとか思いませんかね?理解し合える友をもっと持つべきだったとか、知音(ちいん)と呼べるような友を持つべきだったとか思いませんかね。
他者に利を提供する。
そういう生き方してみてくださいナ。
人生劇的に充実しまっせ。
自分を満たす為だけだとダメなんです。
人間は大きなアリなのです。
大きなハチなのです。
これが自論ですが、人間もハチや蟻のように、大きな個のために動かなければいけないのです。その大きな個とはあまりにもデカ過ぎて果てがありません。
SOビッグ 超デカ 摩訶摩訶∞XLです。
一言でいえば命と言ってもいいでしょう。
小さく言えば、人間。身の回りの方々。
中くらいに言えば、環境、平和、人権。
「利他」「利行」=他に利(やさしさ、たすけ、ちえ、すくい、よりそい、やすらぎ等)を廻らせる行為が無いと、人生虚しくなりますよ。
仏教の利他とは、強制でも、出家したからそうするとかいうものではなく、それをすることが人間の使命と言えます。
現に今、あなたが虚しいのは他者とのかかわりがありながらも希薄なのではないですか?
自分が頂いた事や、自分が学んだことをどんどん役立ててください。
他人がしてもらって喜ぶような事をどんどんやってみてください。
使命というと大げさに聞こえるかもしれませんが、それをする事で精神衛生面でも、心地が良いものなのです。
「ほりていく」とは、降りていく + ホリスティック + 自分を掘り下げる という意味です。
自分を周りから引き離し過ぎだと思いますよ。
皆と同じ立ち位置に降りていって、もっと自分のプライドをなくして、掘り下げて、社会全体の為に、聖なる生き方を求めてください。

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丹下 覚元(たんげ かくげん)
今月の提唱 「菩提心をおこす」 菩提心をおこすということは、たとえ...

毎日が充実しているのではないでしょうか

生きるということは、いつか死ぬということです。
それがいつなのか誰にもわかりません。明日かもしれないし、10年後かもしれない、20年後かもしれないし、10秒後かもしれない。何にも保証がない世界に私たちは生きています。
ですから、いつ死んでしまうのか、多くの人は死にたくない、死ぬことが怖い、と感じ苦しむのです。

あなたは、すでにいつ死んでも悔いがないと言える人生を歩んでいらっしゃるのでしょう。
こういう心持でいることが良いのだということはございません。
ご自分で正しいと思われる道を進んでいけばいいのでしょう。
「積極的に死に向かおうとは思わない」ということで、安心いたしました。
どうぞゆったりとした気持ちで、充実した毎日をお過ごしください。

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禅宗 曹洞宗 僧侶。神奈川県西部円通寺副住職。 悩みを吐き出す事で、ちょ...

「死について」問答一覧

死について考えてしまいます。

こんにちは。質問をさせていただくのは2回目です。29歳女性、看護師をしています。 今年の1月に祖父が亡くなりました。そして6月に私が入籍し、バタバタな上半期を過ごしてきました。 そして最近、亡くなった祖父母のことを思い出したり、今の夫が亡くなることを考えると涙が止まりません。 「死別という辛い体験をしたくない」「でも死はみんなに平等に訪れるもの」という2つで葛藤しています。 そんな私に夫は優しく寄り添ってくれて何も寂しくないはずなのですが、ふとした時に、悲しい感情が溢れ出てくるのです。 よく行く占いの先生に相談したところ「魂の質が高いのでしょう」「祖父の死と結婚が一気にきたから、結婚後に夫を失うことを恐れているのでは?」という見解でした。 それからは「涙が出るのは仕方ない」ただし、死は皆平等に訪れる仕方のないことであるため「死が訪れるまでは精一杯生きよう」という考えを持つようにしました。 (それでも涙は出てしまいますが…) お坊さんの方々はどのような考えをされるのか、また今の私にアドバイスをお願いしたくて相談させていただきました。 お忙しいとは思いますが、よろしくお願い致します。

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人生にステージはあるのか?

ガン告知から3年。先日、転移が悪化し完治はほぼ見込めず、病巣によって骨折もし、最近は死についてよく考えます。しかしピンときていないのか「死が怖い 死にたくない」というより「死後の世界はあるのか どう人生を閉まっていこうか」といったことが気になり、エンディングノートを書いたり、断捨離したりしてます。 先日、友人とコロナについてや、痛ましいと報道される有名人の人生の集結のニュースについての話になり、私も死についてや「一人で旅立っていくときのことを考える」ということを話すと「考えすぎは良くないよ」と言われました(励ましてくれたのかなと思います) 「私にとっては、この気持ちは日常で、あまり悲観的ではなく考えすぎっていう感じでもないんだよ」と伝えると、はいはい、という感じで流されました。ある友人は「それでも不遇な死はあると思う」と述べました。 理解されなかった気がして、些細な出来事ですがショックでした。 私は、死は死でしかなく、その死は不遇であるかどうか他人が言うものではないと思うのです。また、何かしてあげられればよかった、と必ず思うものですが、簡単に言うことでもないとおもうのです。私も他界した母に何もあげられませんでしたが、してあげられなかったと思いすぎるのも、亡くなった方に対して失礼なんじゃないかと。なら生きているうちにできたではずですし、まず亡くなった人がそれを望んでいたかもわからないし、他人が人にできることは限界があると思うからです。 病気になってから、どうも周囲とのズレを感じ、30代であんまりこんなことを考えている人も今までの交友関係だと少なくて、孤独を感じます。 そして「人生のステージが違うのだ」と思うようになってきました。 それは「私のほうが死に近いステージだからだ、きっと彼らもそうなったときにわかるだろう」というニュアンスもあります。 ふと「それはおごりではないか?」と思い質問させていただきました。 確かに病気や死は近づいた人じゃないとわからないものがあると思います。私が感じた寂しさや孤独を「人生のステージが違うから」と帰着させるのはおごりでしょうか?偉そうな立場からの勝手な帰着なのでしょうか? そして、死に不遇はあるのでしょうか? 人が人の死を不遇というのは失礼なことではないのでしょうか? 私が死について考えるのは「考えすぎ」なのでしょうか?

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死について考えすぎてしまいます

現在高校3年生です 受験を一通り終え人生の節目に立ったことと、時間がとても余っていて暇なこともあってか、ここ数日死について考えてしまいます。受験とコロナという状況も相まって自室という閉塞的な場所に長期間いて家族以外とあまり会えず精神状態が不安定なのかもしれません。 僕は今までとても幸せな生活を送ってきてこれまでの人生に後悔はありません。 だからこそ、いつか来る終わりが怖くて仕方ありません。 死については科学や宗教など色んな立場の人が色んな意見を出し合っていると思います。 今この世に生きている以上結局死後のことは何も分からないことも分かっています。 けれどあれこれ考えてしまいます。 もう大学生ですし結婚願望もあるので親と一緒に過ごせる時間やそして必ず来る親の死、自分の寿命が尽きた時の自我の消滅などを考えると怖くて仕方ありません。 僕としては自分が死んだら、親や兄弟、ペットとまた幸せに暮らしながら、自分の子孫などを見守り、時が来たらその子とも暮らしたりという、あの世での永遠を望んでいます。 これはとても都合のいい考えだと分かっていますが、こうでも考えないとおかしくなってしまいそうです。 もちろん死ぬまでは精一杯生きるつもりですが皆さんの考えを是非お聞かせ頂きたいです。

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亡くなった人の思いはあるのかないのか

今年四月に父が亡くなりました。 両親は私が五歳の頃に離婚をしました。 母に育ててもらいました。感謝しております。 私は今まで父の事をないものとして生きてきました。 帰ってこない、蒸発した父と教えられてきたので その通りだと思って生きてきました。しかし、本当は違いました。 父は母と離婚したのち、数年後に再婚しておりました。 そのことを親戚に聞きました。子供まで二人作っていたことも 知りました。正直ショックでした。そんな人だと思いませんでした。 それも父が死んでから親戚に電話口で聞かされました。 私は今まで二十年以上、何も知らずにのうのうと生きてきたのです。 馬鹿馬鹿しくなりました。そして情けなくもなりました。 自分に対しても、父に対してもです。 私は父のことが好きでした。今も好きです。 本当に好きでした。それなのに父は裏切った。 今も苦しいのです。私にはお父さんがいなかったのに その子たちには二十年以上、お父さんがいた。 一緒に生きてきた。一緒に生活をしてきた。 泣いたり、笑ったり、怒ったり、そんなこともあったのでしょう。 そんなふうに普通の家族としてその二人の子供はお父さんと一緒に いれたのです。しかし、私にはそれがなかった。 父は私のことを無いものとして生きてきました。 私のことを完全に無視しました。 しかし、私もまた同じでした。 私も父の事を無いものとして生きてきました。 そうしなければ、生きていけなかったからです。 封印して父の記憶消しました。父と私は似ています。 きっと父もそうだったのではないかと思います。 本当はつらかった。今も苦しいのです。 死んでから父のことが頭から離れません。 今まで生きている間は父のこと考えもしませんでした。 忘れているのではなかったのですが、封印したのです。 父に会いたいと思ったことも全くありませんでした。 しかし、父が死んでからそのことを聞かされてから 父に会いたくて会いたくて堪りません。 こんなに人を思う、こんなに誰かのことを思うのは、 私の人生の中で初めてです。自分がビックリしています。 毎日毎日父のことばかり考えています。 昔はあんなにどうでもよかったはずの人なのに。 もしかすると父も私のこと見ているのでしょうか。 父も私のこと思ってくれているのでしょうか。 私は何故だかそんな気がしています。

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死についてのさまざま

先日、祖父を亡くしました。半年前には祖母を亡くしました。 2人とも僕にとても尽くしてくれて、人間としても素晴らしい方々でした。 祖父の最後は僕のために洗ってくれたお風呂の中でした。少し発見が遅れてしまい、1人にさせてしまったことが今でも悔しいです。 祖父が使って、洗うために台所に置いてあった食器を供養の気持ちを込めて洗っていた時に、ふと、もうこの食器を使っている姿を見れないんだなと思う気持ちと、生前に食器を使っていた場面が鮮明に思い出されて、保っていた涙腺が崩壊してしまいました。 その後もただ、祖父母のいなくなった部屋を呆然と眺めているだけで、喪失感、自分と2人との部屋での日々を思い出し、涙が出ます。 祖父は祖母が亡くなったのとほぼ同時に進行したがんの発見や老いによる身体の不自由。さらに仕事という生きがいを無くし、僕たちに生活の迷惑をかけていると思っていることや祖母の死になにもできなかったと悔やむ姿。とても辛そうでした。 亡くなってしまったことはとても残念ですが、夫婦一緒に納骨できること、辛そうな祖父が解放されたような気がして、これでよかったのかもしれないと。こう思ってしまう、僕は間違っているでしょうか? そして、祖父母を亡くしたことで自分や家族、友人、大切な人が次にまた無事に会えるのか毎日怖くなってしまいました。 些細な不調なんかでも最悪のケースを常に先に考えてしまい、不安で無気力になってしまうこともあります。 寝てしまって、そのまま自分に何かあったら、それ以外の人もそのまま永眠してしまったらと自分が寝るのも家族などが寝るのを見るのも怖くて、あまり寝れません。 死とは突然で世界を一変させてしまうものだと祖父母に気付かされました。 誰かに聞いて欲しい。それだけを思って書いてしまった部分もありましたが、お許しください。 そして、どうかお言葉、知恵を与えてください。お願いします。

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