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お経

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お経が短くなりました。檀家です。奥様(お母さん)は、とても人当たりがよくよい人です。新宿区の曹洞宗です。

前の住職、代理(若住職、修行中)住職のときは、お経が40分以上とお説教があり、ありがたいと感じた。今の若住職、お経5分から10分でお説教なし、戒名のいわれもいえない。
墓参りに来ている方々の口にでている。他の寺から言ってもらえばいいつけたことになるし、他の檀家さんは若いからと。菩提寺をかわろうかと。悪者になりたくない自分がいることに腹がたつが、やはり言いつけたくない。

2015年8月23日 11:28

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

直接言ってよい

最近は、お経が長いとあからさまに嫌がる人もいるから、気を遣ってわざと短く(速く)している可能性もありますが、
いずれにせよ、40分が10分にとなると、明らかに短くなってるわけですから、
「前の住職さんのときは40分くらいかかりましたが、お経の内容を変えているのですか?」
などと、直接質問すればよいと思います。
法事の席で法話するのも、長くなるから嫌がる(長いと愚痴を言う)人もいて、
あなたのように長くても嫌がらない方はありがたいんです。
若住職にとっては、短くすることが「サービス」だと思っている可能性もあります。
「短すぎるとありがたみがない」と直接伝えてあげてください。

2015年8月23日 12:03
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有り難し
おきもち

浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

何故 今そうしているのかの真意

まず、そのお寺の若住職さんの立場を慮ってみましょう。
先代、お父さまが早くに亡くなられてしまい、その間、代務をされている方が入られた。
その間、お寺をその方に乗っ取られてしまう➀かもしれない不安もある中、本山修行に励むしかなかった。
お経が短いのは、色々なお檀家さんのご意見を聞いた中で時代に合った形でお経の時間を短めに勤めておられただけなの➁かもしれません。
代務をされていた方も、早くに先代の住職が亡くなられたため、その分、殊更に丁寧にやっていただけなの➂かもしれません。
何せ新宿の一等地の大寺さんです。
代務の方から「自分は10分くらいでお勤めをしていた」という風に伝え聞いたから単に若住職さんもその通りにやっておられたの➃かもしれません。
そして、やがて、この用に不満の声が上がれば、その方が再びそのお寺で返り咲くための策略だったの⑤かもしれません…なんて考えますと怖いですね。
さてさて、ここまでは冗談まじりでしたが、こういう上記の「かも」の部分を仏教では、【実際に真意、事の真相がわからないまま、自分たちの想像、推測の上で物事を観る】姿であって、真実を味わっていいないために妄想、無明の煩悩と言います。(^

2015年8月25日 21:09
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

お付き合いありがとうございます。

ここに書き込まれるということは、まだその若住職をお見捨てでない、ということですね。ありがとうございます。
私のオススメは、お経の時間よりも、法話をリクエストすることです。貴女が以前お聞きになった法話で、何か覚えていらっしゃることはありませんか?「以前、ご先代が、こんな話をして下さった。こんな風に感心したのです」といった程の、シンプルな言い方で良いと思います。できればベーシックな、教科書に載っている、あるいは一休さんに出てくるような話でも。「法話があると嬉しいです」というメッセージ。
ただし、法話は、人生ある程度歩んでいかないと腑に落ちないので、若い方はどうしても上滑りした話になりがちです。それを理由に「若いうちは法話をしない」という方もあります。自分自身、道場終わってすぐは、「教科書通りですね、お上手〜」と言われたこともありました。
そんなわけで、相手が遥か年下ゆえ、心に沁みる法話はなかなかハードルが高いのではないかと推測します。すると残るは、「一言で・あるいは簡単に答えられる質問」をして、その答えを取り敢えず法話として受け取る、ということでしょうか。
私が修行を終えて直後、一番多く言われたのが、「大変だったでしょう、厳しかったでしょう、辛かったでしょう」というものでした。「修行の生活は、どんな様子でしたか?」とか。今から振り返ると、「お檀家さんと話す・コミュニケーションする」ということにつき、リードして練習台になって下さったのかな、と思います。
取り敢えず時間は掛かるでしょうけれど、そうやってコミュニケーションが繋がるようになり、「自分に期待してくれている、住職になったことを認めて(喜んで)くれる」という目で接してくれるようになれば、苦言を呈しても悪者にはなりますまい。「あなたを応援している、信頼している」という文脈でお話すれば、糧にできるのではないかと期待します。
下世話な話ですが、私が坊さんの資格を取ってすぐに、何かと話を振って下さった方は、そういう意味で特別な思い出があります。いつかあなた様が目を閉じられたとき、彼はきっとあなたとの思い出を、周りの方にたくさん伝えてくれるでしょう。

2015年8月24日 19:01
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有り難し
おきもち

一般大学(一般的でもないが…)から大正大学の史学コースへ。そののちお寺。坊...

「お経・経典」問答一覧

【プロフィール参照】お経をあげる意味について

最近、疑問に思っていることがあり各ご僧侶様のご意見を頂きたく質問させて頂きました。 まだ小学校低学年の頃から、30年以上前に亡くなった曾祖父に会いたがったり、誰に教わるでもなく仏像をねんどで作ったり絵に描き起こしたり何かと仏教とご縁のある身なのだなとありがたく思っております。 大学でも仏教学部に在籍していたこともあり学問的な仏教にも大変興味があります。 この1か月間で無量寿経、薬師経、阿弥陀経、般若心経等、10以上の真言、経典を読んでいました。 釈尊の言葉をまとめたものがお経なのであれば、なぜ葬式や法事であげるか少し理解できずにおります。教えを書き起こしたもの(学校でたとえるならば教科書でしょうか)を故人にあげる意味とはどういうことなのでしょうか? ある本には六道の中で人間界でしか仏教を聞く事ができないと書いてありました。 人の思う天国も六道では天界というところだそうですが、苦しみもあるとのことでした。 葬式や法事等であげるお経は人間界でしか学べぬ仏教を、故人にもその教えをお経として聞かせ参列している人もまた教えを一緒に聞く、という意味合いなのかなと解釈しております。。 菩薩や天部のエピソードは多少脚色されたものもあるのかもしれないなと物語として楽しく学んでおります。 また各浄土にいらっしゃる仏様それぞれが得意とする分野をお持ちですが(薬師如来なら無病息災や病気治癒など)、病気になった時はお薬師様、強い心を持ちたい時はお不動様などそれぞれの仏様に拝んでもよいのでしょうか? 全ての仏様のお師匠様が阿弥陀様ということを本で見かけましたので基本的に元をたどれば一つであると考えればどの仏様にお祈りをしてもよいのかなと、、 仏様のご利益は願って叶うものではなく、願ったのち自身が前を向き努力した時にそっと後押しをしてくれる存在と最近は思います。 ご僧侶様のご回答ご意見を、宗派関係なくお聞かせください。 ※曾祖父時代は浄土真宗、現在は真言宗ですが私自身はどの宗派も元をたどればおおかた同じと思っておりますので気に入った仏様や宗派を勉強しているようなかたちです。

有り難し有り難し 70
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