「死」意味するもの
こちらでは以前父の死について、大変ありがたいお言葉をいただきその節は誠にありがとうございました。
お陰様でで少しずつではありますが、日常に戻りながらいつか父に会うのを楽しみに、毎日頑張っております。
ただ、時折ふと苦しいほどの悲しみに襲われる時があります。
それは父の死だけでなく、身近な人の死や、予想もしなかった若い方の死などをここ数年で経験し、「死」というこんなに悲しくて辛いものは生き残った私達に何を残し、意味しているのだろうと、単純に考えてしまうことがあるのです。
もちろん色々な意味があるのだとは思いますが、宜しければお坊様方のご意見をお聞かせ頂ければ幸いです。
漠然とした質問で申し訳ありませんが、宜しくお願い致します。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
仏道の始まりです
いずれ自分も死ぬという事を意味しています。
まだ死を他人ごととされてしまっておられるとしたら、そこに意味を見出すことで人生は意義深いものになりましょう。
昨今、自分の死も恐れない、他人の死もなんとも思わないで人の命をも奪う人すらいます。
命の意味を本当に考えて、自分の中での「私的な」意味を超えてお釈迦様が体得された自己の真実、自己の真相「生命としての生の意味」を明らかにすることで人生は充実します。
仏教や仏道とは坊さんだけの話ではありません。
自分の命は自分も知だからです。
自分の生老病死、四苦八苦は自分もちです。
なぜ仏道というものがあるのか。
意味、意義をみいだしましょう。
だからこそ
拝読させて頂きました。あなたのおっしゃる通りですね。死を目の前にすると私達の今まで生きてきた感覚や価値観は全てひっくり返ってしまいます。どうしようもない悲しみが打ち寄せてくるものです。身近な方々や本当に大切な方々を亡くすことは大変つらいことです。が、しかしだからこそ真の学びがあるのではないかと思います。
だれでもわかる知っていること、人は必ず死ぬ、ということを実感することで初めて自分の生きることに向き合うことができると私は思います。
その思いをしっかりと噛み締めてあなたがこれからの人生を大切に生きて頂くことを切に願っております。
質問者からのお礼
kousyo Kuuyo Azuma 様
丹下 覚元 様
この度は早速のご回答をいただき、ありがとうございました。
おっしゃる通り、「死」というものをどこかで他人事のように感じ、悲しんでいたような気もします。
これからあと何年、こちらの世界で生かしていただくのかはわかりませんが、一日一日を大切にそして先に行った大切な人達への感謝も込めて、残りの人生を実りあるものにしていきたいと思いました。
この度は有難いお言葉を誠にありがとうございました。