hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
2019年のあなたを表す漢字 募集中

お坊さんとしてのやりがい

回答数回答 4
有り難し有り難し 37

お坊さんとして仕事をしていくなかで、やりがいを感じることはどんなことですか?
また、もう辞めたいと思ったことはありますか?

2015年9月1日 20:32

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

自分の信仰をそのまま話せること

僧侶として一番嬉しいのは、好きな宗教を信仰し、そのままその信仰をオススメすることができるところです。

仮に私が企業に勤めるサラリーマンだったとして同僚に『仏教はいいよ!一緒に手を合わせよう!』なんて言えば、危ないやつだと言われて毛嫌いされるかもしれません笑
でも僧侶なので『お坊さんだからな...』で、許されます。

お寺の住職として、自分の信仰する浄土真宗をオススメし、布教伝道だけして死んでいけるんだから、こんな幸せなことはありません。

浄土真宗という宗教が好きですから、好きな宗教を信仰して布教して生活ができるって凄くいい仕事だと思っています。

ラーメン好きな人がラーメン食べながら旨いよと言ってれば生活が出来ているようなもんです。
僧侶はいいですよ(^^)

2015年9月2日 8:24
{{count}}
有り難し
おきもち

始めまして、釈心誓と申します。 浄土真宗本願寺派の僧侶です。 若輩浅学...

僧侶としての生き方は、救われる生き方

お坊さんとして生活することは、生き様だと思います。しかし、実際にはお金がないと生活できないわけです。そのため、勤めに出ております。

勤め先の仕事が忙しい時に、葬儀などが突然あると、休まなければならなくなり、正直辛い時があります。

しかし、僧侶としての生き方は魅力があります。まずは、自分自身が救われるために修行します。そして、周りのかたにも、そうした修行の中で学んだことをお伝えできることが何よりの生きがいなのでしょう。

2015年9月1日 20:53
{{count}}
有り難し
おきもち

あなたのお役に立てることです

こんな自分でも誰かのお役に立てることがやりがいです。
私も困った時がありまして、ちょっとした一声、一言で救われたことがありました。
人間はそうやってお互いに助け合って、埋めあって、補い合って生きていくことが、人間としての使命なのかもしれません。
お互いの不完全を肯定し合って、お互いのも強いもの良い所を提供し合って、お互いの持つ悪い所を埋めあって、補い合って、互いに幸せを分かちあうのです。
そうすることは、仕事でも何でもありませんから苦痛がありません。
あなたの幸せを祈っています。

2015年9月2日 6:40
{{count}}
有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

沢山あり過ぎて答えられないですが・・

あゆみ様
続けのご質問ありがとうございます。お坊さんとしてのやりがい沢山あり過ぎて答えにくいですが・・・

お葬式という人生の大行事に、お坊さんとして関わる事が出来る。

自身の工夫次第で世の中に対して布教が出来る。

守るべきお寺がある

などですね。やめたいと思った事は本山での大変な修行の時ですね。今思うとやめなくて本当によかったと思っています。

お坊さんは、自身の工夫次第で世の中の人の為に出来る事が沢山ある事が一番の魅力だと思います!

2015年9月1日 20:54
{{count}}
有り難し
おきもち

小黒澤 和常
大手金融機関で3年ほど勤務。大本山總持寺安居ののち、松岩寺副住職となる。テ...

「お坊さんのことを知りたい」問答一覧

禅の心

以前、代々ご家族の血縁でお寺をされている長男のお坊さんとお付き合いさせて頂いておりました。 私は、小さい頃からずっと日本の文化が 好きです。行動や意味、全てに想いが詰まっていると思うからです。禅もそうだと思います。宗派や教えは違いますが、修行する意味、教えの意味、そこにある想いは一緒だと思うのです。 彼は継ぐ決心が出来ず、実家のお寺を離れて大学生をしている時に出会いました。彼のお父様にお会いした時、すごく違和感を覚えました。言葉では表しにくいのですが、冷たい…ドライな感覚です。彼もお坊さんになる決心をして、修行に行くまでの期間、その違和感に似たものが私の中でどんどん大きくなっていきました。偏見の言葉や、権力には敵わないなどの発言も多くなっていきました。お父様そっくりでした。 お別れした後、周りの方からは「私達には分からない世界だからそれは仕方ない」「私達には分からない重圧があるのだろう」と。 それが私には納得がいきません。生きていくだけで辛い事、苦しい事が沢山あります。それはお坊さん一般人関係なく平等にあるものだと思います。 お寺の世界とは、一般の世界とは違うものなのですか?今まで自分が信じてきたものが分からなくなる時があります。

有り難し有り難し 13
回答数回答 1

坊主と乞食はどう違いますか?

挑発的なタイトルで申し訳ありません。もっとマイルドにしたかったのですが、字数の関係でできませんでした。決してお坊さんを馬鹿にしてやろうとか、悪口を言ってやろうとかいう気持ちはありません。むしろ日々尊敬しております。なのでそこの所をご理解いただけたら幸いです。 本題に入ります。 まことに、大変失礼な質問だとは思いましたが、心の中にふと思い浮かんでしまいました。 仏教書を読んでいたら、「仏教の出家者は一切の生産活動を放棄して修行に専念しなければならないので、一般の人たちからお布施をもらわないと食べていけません。」とありました。 その部分を読んだ時に浮かんだことは、「お布施をすることによって、お布施をした人にはなんのリターンがない。これでは乞食に施しをするのと同じでないか?」ということです。 もちろん、お布施をすることによって功徳が積める、物惜しみに打ち勝つことができるというのは分かっているのですが、現代人にそんなことを言ってもそれが何だよ?と鼻で笑われるでしょう。もし私が誰かに「坊主と乞食って何が違うの?笑」と聞かれたら私はなんと答えればいいのでしょうか? ちなみに身近なお坊様(そこそこ名のある立派な人です)にこの質問をしたら「違わないんじゃね?」とのことでした。ハスノハのお坊様方はどうお答えになりますか? 大変罰当たりな質問だと思います。このことで私の身に不幸が起こったら甘んじて受けるつもりです。しかし、後学のためになんとかお答えしていただければ幸いです。

有り難し有り難し 59
回答数回答 3

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る