才ある人から言われる「向いてないね」
ご閲覧ありがとうございます。
今かなり動揺していて、ショックで、何かお言葉が欲しいです。
私はとあるものづくりの趣味を持っており、昔からの友人に見てもらっていましたが、最近はこれをいつか職業にしたい(副業レベルだとしても)という夢を持つようになりました。
皆が見れる場所に出したりして、まだまだ全く評価されていませんが、試行錯誤を繰り返しつつ成長を実感しています。この昔からの友人というのが、私と同じ分野ながら全く違うジャンル(例えば私も彼女も芸術の分野であるが、私が造形作品、彼女はイラストといった感じ)で活動していて、食べていけるほどではないけどお小遣いくらいには稼いでいます。お小遣いくらいでも本当にすごいと思います。作品を見せ合いっこしていますが、才能があるんだと思います。見てくれて感想もいつも言ってくれて、応援してくれていると感じていました。そんな彼女にさきほど、私の作品の話題になった際に「そもそも向いてないよ。××ではなくて○○(先程の例えを持ち出すなら、造形ではなくて絵画)ならまだ日の目を見る可能性はなくはないかもしれないけど。どのみち厳しいだろうね」と言われてしまいました。
私はその時固まってしまって「そうだね、才能はないかもしれないけど頑張りたいと思ってるよ」と笑って流しましたが、私の作品を一番知っている上に、ジャンルは違えど同じ分野でお金を稼いでいる彼女に「向いてない」と言われてしまったことが、本当に心を削られるような思いでした。
好きなら気にするな、そのジャンルに手を出したことのない人の言葉を真に受けるな、と言い聞かせても、今ちょっと苦しいです。ものづくりは続けますが、趣味のその先である職業にしよう、楽しいだけではなく苦労を重ねて実力を付けていくんだ、と思っていた矢先に「そもそも向いてない」と言われてしまったことが、これからの努力もまるごと否定されたように感じられてしまったのです。自分の心が弱すぎるのが悪いのですが。
本当に情けないことですが、お恥ずかしいことに多分、お坊さんに慰めて欲しいのだと思います。甘ったれですね。こんなのプロとしてやっていけないだろうと自分でも思います。それでも実力を付けていくつもりです。ただ、今回は傷が深くて一人で抱えられそうにありません。お叱りでも、体験談でも、何かお言葉を頂きたいです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
これからもやりたいようにやってください
物作りですか、素晴らしいですね。手に職をつけると言うのは私もあこがれます。好きな事をこれからも頑張ってくださいね。
さて、リヨカさんはその物作りを彼女に認められるためにやっているわけではないのでしょう?
自分が好きだからやっている。そして彼女ではなく世間の多くの人に認められたいと思っている。
であるならば彼女からの評価は得られなくとも、違う方々の評価を得られるよう努力しなければいけないでしょう。もちろん、「しなければいけない」とはいっても、それは「そもそもしたいからする」努力ですが。
彼女に言われただけでやめるのはちょっともったいないですよね。
努力を続ける中でいつか彼女にも認められたら嬉しいですね。リヨカさんはその彼女の評価を信頼している様ですが、だからこそその評価を真摯に受け止めて糧にしていきましょう。
他人の評価は他人がするものです。その評価は私の思い通りにはなりません。しかしその評価にリヨカさんが応えていく中でやがて変わることもあるのでしょう。
道を真剣に求めるからこそ挫折なのではないでしょうか?応援しています。
なるほど。友人から向いていないと言われてしまったのですね。
陸上競技選手、為末大氏がこのようなことをおっしゃっていました。
「アドバイスにはこちらの為を思ってのものと、鬱憤をはらす為のものがあって、この違いがわかるようにしておくのはすごく大事。」
つまり、嫉妬の気持ちから、相手の傷つくアドバイスをしてしまう可能性もある、ということです。
また、トルコの諺に「友人はあなたのためでなく、自分の利益のために忠告する」という言葉があります。あなたが受けた忠告は誰の為だったのか改めて検証する必要がありますね。
最後に、曹洞宗の開祖、道元禅師の言葉。 「はずくんば明眼の人をはずべし」
これは、「人の批判を気にするなら、物の道理が見通せる人からの批判を気にすべきである」という意味です。
何かをしようとしたとき、批判はつきものです。でも、そんな時は感情的だったり、ねたみの気持ちから出るような批判は気にせず、道理のわかる人からだったらどう批判されるか、について考えるべきだ、という事です。
人からの忠告ひとつをとっても、様々なことわざや名言があるものですね。昔の人もきっと周囲のいろいろな批判に悩まされてきたのでしょう。
気にしない気にしない
拝読させて頂きました。
あなたはご自身がものづくりが好きで表現したいからなさっておられるのかと思います。
人の意見はあくまで人の意見です。参考にしてもしなくてもいいのです。
流しましょう。
気にする必要ありません。
そんなことよりもあなたがこれから作っていきたいものに心を砕き精魂込めていくことが大切です。
合間合間に立ち止まって振り返ることも必要です。
ですが人のその様な意見に耳を貸す必要はありません。
どうか誠心誠意制作に打ち込んでくださいね。
あなたが素晴らしい作品を完成させて頂く事を心より祈ってます。
質問者からのお礼
吉武文法様
物作りを彼女に認められるためにやっているわけではないというお言葉にはっとしました。まさにその通りで、食べていくにはもっと広い意見を受けて吟味しなければならないのに、たった一人の一つの言葉に重きを置きすぎていて、視野が非常に狭かったと反省しています。
心が弱いながら、さいわい趣味ごとやめようという考えには至っていませんが、創作の作業中彼女の言葉が思い出されて手が止まり「ちょっとしばらく作業は無理かも」となってしまう状態でしたが、今は頂いた二つのご回答を読んでありがたいことにとても楽になっています。
道を真剣に求めるからこそ挫折とのお言葉、まるで私の真剣さを認められたみたいで、すごくうれしかったです。こんなことでいちいちくよくよしてみっともない、半端な覚悟だと思っていましたが、よく考えてみると努力の難しい自分のことながらこの分野に関しては随分努力を重ねてきたな、とものすごく珍しくも自分を自分で認めることができました。
ご回答感謝しています。ありがとうございます。
光禪様
アドバイスをする側の心理、誰のための言葉だったのか、発言者は物の道理を見通せる人か。私は自分が言われた内容にばかり気をとられてこれらに全く目を向けられていませんでしたが、なるほど……、ふりまわされる前に受け入れるべき意見かどうかを吟味する必要がありました。才能あって評価されている彼女が私に嫉妬?私のどこに?とちょっと首をかしげてしまいましたが、思い返してみれば彼女の取り組んでいる分野が高校時代丁度一度だけ授業で取り上げられた際、たまたま私の作品が先生に評価してもらえて学年で選ばれたことがあり、その時彼女(同高校)に「老婆心から言うけど、今回のことであんまり調子に乗らない方がいいよ」と言われ「明らかに実力のある彼女ではなく審査側の好みで私が選ばれたのだから、確かに面白くないよな」と流していましたが、もしかしたら今回も純粋なアドバイスというより何か思うことがあっての発言だったのかもしれません……。今回のことについてはいくら考えても嫉妬される理由がわかりませんが、普段は言い回しにとても気を使う人なので、それをあえてとげとげしい言い方をしたことにはやはり、なにかしら理由があったのかもしれません。うーん、冷静になるって大事なんですね……。お話を聞けて今荒れていた心がとても落ち着いています。私のことと並べるようでおこがましいようですが、偉人も批判に悩んでいたのだと思うと、なんだ、私が受けるのも当然だよねと思えて来ました。批判について、偉人の言葉にとても興味が出たので勇気をつけるためにも調べてみつつ、また気にせず明日から作業に取り組もうと思います。
お言葉、本当に助かりました。ありがとうございます。
kousyo Kuuyo Azuma様
私はこの趣味を職にすることを目指して実力をつけて行こう(=他人の期待に答えていこう)と思っているのですが、おっしゃる通りで、根底にはそもそもやりたいからやっている、という想いがあります。あくまで人の意見、参考にしなくてもよい、というお言葉、他人の評価に依存しがちな私には救いの言葉です。そんなことよりも作っていきたいものに心を砕き精魂込めていくことが大切、本当にその通りだと思います。いちいち気をとられ、くじけている場合ではありませんね……(笑)今、彼女の言葉を受けた時のショックなんてどうでもよくなってしまいましたが、また何か、誰かに言われることがあればへこんでしまうかもしれません。そんな時はまたこの質問を開いてお言葉を思い返したいと思います。ありがとうございます。