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医師という仕事について

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医師は生に執着しなけばならない職業だと思っています。
そして、医師になって以来一生懸命に生を大切にしてきたつもりでもあります。

しかしながら、毎日が生に執着の強い患者さんと接していると、うんざりした気分になってしまいます。
国民皆保険の中、病気でなくても、病気になりたがっている人さえもいます。

生に執着した人たち、金銭に貪欲な人たちに、医師としてできることは何なのでしょうか。慈悲の心と思いがんばってきましたが、折れそうです。「悪に加担しているのでは?」などと、疑念さえ持ちます。

医師としてのあり方をご教示いただきたいと思います。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

お医者様も僧侶もこの世の同時を生きて居る!

僧侶の勤めは衆生(人々)の苦しみ(悩み)を救う事にあります。
生まれた時から誰しもが避ける事の出来ないものがあります。
決して逃げれない苦しみが八つあり、生きる事の苦、老いる事の苦、病気になる苦、死ぬ事の不安感の苦、がありその他に生きる中で備わる四つの苦がありこの事が「四苦八苦」なのです。

お医者様の仕事ではなく勤めは苦しみからすくっってあげる事で私たちとおねじではないでしょうか、延命は治療として出来るかもしれませんが死から救う事は出来ません。又この世から病気が無く成る事などないのです。
如何にして死を受け入れるか、病気を受け入れるかが問題ではと思います。
お金に執着する事は苦しみへと転がります。この苦を「求不得苦」いい求める物が手に入らない事による苦です。

この世は皆、同じ事を繰り返しながら「同時」を生きて居ます。今も昔も変わりません!

お医者様も僧侶も生きる人々の苦しみを軽くできる誰もが出来ないお勤めです!
患者さんが死ぬまで寄り添うってやった下さい!それだけで皆が救われるのです。

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治療を縁として

あなたは生に執着して来たのではなく、患者さんのQOLに執着して来たのではありませんか?
それは素晴らしいことであります。
お医者さんがこんなこと言って良いのかどうか分かりませんが、お坊さんとしては…
生に執着している人には、死んでも極楽浄土に生まれるから何も心配いらないんだよと言い、お金に執着している人には、極楽浄土にはお金は持っていけないんだよ、持っていけるのは心だけだよと言う。
このように治療を縁として仏法を教えてあげながら接してはどうでしょうか。
でも、こんなことを言って患者さんを怒らせたらごめんなさいね。

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おきもち

私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答しています...
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私達僧侶の力不足

生に執着する人が多いのは、私達僧侶の布教不足、力不足もあります。
医師の方にまでそのような心配をしていただくのは、ありがたいやらなさけないやら、です。
医師は医師として、医療というツールを提供するプロとしてできることをできる範囲ですればよいのです。
ツールを何に使うかは、ユーザー次第。
ユーザーの執着を減らすのは、私達僧侶の仕事。
執着が多い患者さんがみえられたら、患者を憎まず、僧侶の怠慢を嘆いていただければけっこうです。

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おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...
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質問者からのお礼

早速のご返答ありがとうございます。

そのとおりに思います。是非、実行してみたいと思います。
患者さんとの縁を大事にし、在俗での修行を続けたいと思います。
少しでも患者さんが安らかな気持ちになれたらと願うばかりです。

ありがとうございました。

山口秀徹さま
ご返事いただきありがとうございます。

「同時を生きる患者さんに寄り添っていく」
医者の仕事は、そのことに尽きるような気がしています。
生、老、病 死のいずれに対しても、結局は医者は無力です。

しかし、それらの苦を自ら悟って、患者さんの不安な気持ちに寄り添って行こうと思っています。
そうすることこそが、自分に課せられたお勤めであると信じて、今後も精進していきたいです。

ありがとうございました。

願誉浄史 さま
ご教示いただきありがとうございます。

当方が居住する地域は日本で最も高齢化が進んだ地域であります。
時々、医療を生業とするのが無益ではないかとさえ思えるくらいです。
世間ではこの国の医療費増大が問題となっている一方で、高齢化した患者をも救済せねばならないという矛盾しているようにも見える行いを、私は日々、黙々と行ってきました。

そうした毎日の中で、ある時にお釈迦様に出会い、少しだけ背負ってきたものが軽くなりました。
それで、医者を辞めて僧になろうと思ったこともあります。
しかし、私は様々なしがらみがあって、今の俗世に居続けなければなりません。

だから私は医師としての仕事はもちろんまっとうしながらも、お釈迦様のことを勉強し、お釈迦様のお気持ちを少しでも患者さんに分けてあげられたらと思いながら、今日も診療に向かいます。

ありがとうございました。

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