生きるのが辛いです

現在の生活に嫌気が差しています。
恥ずかしい話ですが長い間ニートをしており、生活費がなくなりそうになるとバイトをしてなんとか切り抜けるという生活を送っていました。今は日雇いの簡単なバイトをしていますが、正直それすら辛く、このままだと最低限の生活費すら払えなくなるとわかっていてもついシフトを減らしてしまいます。現状を打開しようにも、この簡単なバイトすら頑張れない私が他でやっていけるとは思えません。
何の楽しみもなく、先が見えないこの生活が続くと思うと嫌になり、自殺しようともしました。しかし恐怖心が勝ってしまい、結局やめてしまいました。
ですが現状が変わるわけではなく、このままだとまた自殺に逃げることになりそうです。こうなっているのは100%自分が悪いのですが、どうしたらいいのかわかりません。

後悔・自己嫌悪
有り難し 7
回答 1
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

今の自分にできる事をする

仏典にこんなお話があります。

森に火事が発生しました。
森に住む動物たちは力を合わせ、消火活動をしましたが、火の勢いは強くなるばかりです。
動物たちは消火を諦め避難しました。
すると一羽の小鳥が、未だ消火活動をしていたのです。
湖に飛び込み、空から羽についた水滴を落として。
動物たちは小鳥に忠告しました。
「そんなことをしても無駄だ危ないから早く避難しなさい」と。
でも小鳥は「無駄かどうかは私にはわかりません、自分が今できる事をやっているだけです」と皆の忠告を退け、消火活動を続けました。

おおかた、森の火は消えず、丸焼けになってしまうでしょう。
避難することは決して間違っているとは言えませんし、身を守るには傍観し燃える森を眺めるのも一つの選択肢です。

「簡単な仕事もできない、だから向いていないので、仕事するのは最低限にしよう」
「先が見えない、楽しみもない、夢もない、だから自分を嫌いになることで正当化しよう」
間違った思考ではありません。
柚木さんは、自分の身を守るため、必死に生きておられるのです。

では、小鳥の行動は間違っていたのでしょうか。
無謀とも取れる行為です。
消火活動において、小鳥の行動は無意味だったでしょう。

正しいか正しくないかは分かりませんが・・・森が全焼したとしても、小鳥が得たものは大きかった、と私は思います。

大火事に立ち向かい、結局無理だと悟り自信を無くすのであれば、小鳥のように、今の自分にできるだけの事をする。

行動するか、身を固めるか?

現状という狭い視野で見つめると、どちらにせよ変化が無いように見えます。
しかし、今を傍観していては、本当に今のままです。

命を....と思われるならば、小鳥の消火活動のような生き方のほうが、柚木さんの人生に意味がある。
少なくとも私はそう思います。

1ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

ご回答ありがとうございます。確かに諦めて何もせずにいるよりは、小さなことでも自分にできることがあると信じて行動する方が本来の自分らしい生き方だと感じます。
せっかく素敵なアドバイスを頂いたところに申し訳ないのですが、やっぱりもう頑張れないとの思いが強く、死のうと思います。このような勝手な悩みに真摯にお答えして頂き、ありがとうございました。

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