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孤独です。

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有り難し有り難し 25

家族内で孤立しています。病気で働けない代わりに家事代行を毎日していますが、妹から「働けよ!家の事、何もやらない癖に!ただ寝てるだけじゃん!」と罵倒を浴びました。
弟も同じ意見らしく、「お前は口聞くな」と言われました。

休日も父と弟は出掛け、母も知らない間に出掛けて、妹も自由気ままです。

話にも入れてもらえません。
我が家では働ける人間が偉くて、障害と病気で働けない人間は価値が無いとされてます。

黙って家事をこなし、終わったら部屋に閉じこもる日々。
出掛ける事も食べる事も許されません。

死んだ方がましな生き地獄です。
同じ家族でも、犬の方が偉いのです。
私は何なのでしょうか?

家でも外でも孤独なら死にたいです。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

殺伐としている人は、みんな孤独なのかも

あなたがどんな病気でどんな体調なのかわかりませんが、お話を拝見したところ、ご家族全体が殺伐とした印象を受けました。
つまり、ご家族には、病気のあなたに対して時間をさいて温かく接するような余裕がないのです。
そういう意味では、あなただけでなく、他のご家族の心も「孤独」で、冷たいのではないでしょうか。
では、逆に、温もりを与えあうのはどうしたらよいのか?
温もりは、相手のために時間をさく場合に感じるのかも。時間をさいてくれないと冷たく感じる。
皆から冷たくされたら孤独を感じる。

あなた自身も、家事がすんだら部屋に入ってしまい、他人のために時間を使ってはいないのです。
犬はかわいいから、家族は犬のためには多少の時間をさくのでしょう。
しかし、用がすんだら部屋に帰るだけのあなたに対しては、犬ほどかわいくないから、家族もあなたに時間を使ってくれないのですね。
家族全体に、心の余裕がないのかも。
まずはあなたから、誰かために(家族に対してが難しいなら他人にでも)時間をさいて温もりを与えてみては?
その温もりは自分にもおつりが返ってきます。

「食べることも許されない」というのは気になります。
虐待のような状況なら、すぐに役所に相談してください。

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有り難し
おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための教えです。まだまだ未熟者の凡夫ですがよろしくお願いします。

第一子の悲劇 

あなたの性格や心のヤミはあなたのせいではないように感じます。
おそらく、あなたがあなたの両親の❝第一子❞だったから、両親にとっては初めての子だったので集中豪雨を浴びたのではないでしょうか?
親の期待に応えようとして生きてきませんでしたか?
過剰な期待を押し付ける親というのは、その親が悪いのです。
もし、そこに思い当たることがあるのであれば、あなたは今日から生まれ変わるべきです。
あなたをあなたの中の親から切り離しましょう。
すぐに生まれ変われます。
生まれ変わりましょう。
自分を親から解放するのです。
世の中の第一子は、親にとって初めての子供であるため、親は自分の体験からあれよかれこれよかれと❝人間の都合❞という教育を押し付けられてしまうのです。
あなたは何も悪くなかった。
あなたはあなたのままで生きてきた。あなたのそのままを受け入れてもらいたいが為に生まれてきた。
ところが、大人、親というものはそうではないことがあるのです。
自分の都合のいい子供を、我が子に要求するような在り方があるのです。
もちろんそれは親は肯定しないでしょう。謝りもしないでしょう。
そういう親であればあなたはそこまで傷つかなかったのではないでしょうか。
冷静によく自分んが病んでいったプロセスに向き合ってみてください。
自分を取り戻せるかもしれません。人から低評価される前の自分。その低評価を、自分で信じ、自らも自分を低評価して苦しむ以前の自分に戻りたいと思いませんか?
病気によって、心まで病気にさせられない自分になろうとして強い意志を起こしてください。
あなたが自分の意志を持つのです。
誰かの意志によって存在や行動を左右されなくてよいのです。
人は自分の心の主になることができます。
あなたがあなたの中の親や兄弟からもっと自由になって、劣等感も克服して、自分を取り戻すのです。是非、力強く一歩を踏み出してみてください。
あなたは変われます。

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有り難し
おきもち

お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

質問者からのお礼

精神疾患で障害者です。
家族は自分と話が合う相手としか話しません。
歩み寄っても弾かれます。
皆の邪魔にならないようにすぐ部屋に閉じこもるのも良くないんですね。
何とか私を排除して笑いあっている家族の中に入る勇気を持ってみます。

両親は未成年で私を作ってしまいました。
父は暴走族。母は小さいながらも会社を経営してる祖父の長女、社長令嬢。
若くて堕胎も考えられた私の命。

若いからと周りからおままごとと言われ、私の教育にむきになった母。
しかし私は出来損ないで期待には一切答えられませんでした。

要領の良い弟とスポーツ万能な妹に愛情を注いで、私の心の病気には全く気付きませんでした。
自分の意見は全く言えず、YES と返事して何でも従いました。

幼い頃から心を病んでいた為、7歳で初めての自殺未遂。
これにも気付けかずそれからも体を無視。。淡々と

家事をこなしました。それでもダメでした。
私はロボットでした。

一歩踏み出すのは怖いです!
勇気を出せば変われますか(>_<)
自分で何かをしても良いのですか?
自分で考える事の恐怖心が拭えません。

自分に自信がわきません。
それでもやってみますね(^-^)

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