人間は欲のかたまりです
真面目の人間
いい人間が損をする
欲深い人間は幸せそうです
わたしも煩悩があり
こいつらが裁かれないなら
わたしも欲のまま生きてみたい
と思います
この世の煩悩とはなんですか?
煩悩を捨てさったときの幸せと
欲だらけの幸せ
どっちが幸せですか?
幸せになりたいです
よくだらけでも
裁かれないと
なんでもありなんですか?
幸せになりたい
全部ほしい 友達 おかね もの 食べ物
お坊さんからの回答 4件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
こんばんは。
いろいろ悶々とした思いがあるように見受けました。
質問形式で書かれていますが、( )の中のような感じでお答えすればよろしいでしょうか。
人間とは何か。
(欲にまみれた存在である。)
この世の煩悩とは何ですか。
(欲のまま動いてしまう人間だけがいい思いをしているように見えて腹立たしい。)
煩悩を捨てたとき、
欲にまみれた時とどっちが幸せか。
(欲にまみれることの方が幸せそうに見えて、いい人が損をしているように感じる)
裁かれないと何でもありですか。
(誰かが裁かなきゃいけない。なんでもありな世の中が納得できない。)
ところで幸せという言葉ばいつ頃できたのでしょう?
ブッダが使い始めた言葉でしょうか。
日本の僧侶が使い始めた言葉でしょうか。
明治以降の翻訳者がただ当てはめただけでしょうか。
そもそも、何かの犠牲の上に立っていない幸せは存在しないと考えております。
仏のものさし、判断基準は
誰かを裁くか裁かないかではありません。
欲を我慢するかしないかではありません。
周囲との比較を基とする幸か不幸かでもありません。
仏教は欲や幸せという執着を手放す教え。
周囲は比較の対象ではないという立場。
私もこの娑婆に不満はあります。
おかしいんじゃないかと思うこともあります。
ですが、相手を裁くことよりも自分を護り整えることを大切にしています。
私から見るとまだまだお若い身。
いろいろなことをその気になってなし得る時間がまだあります。
敵に目が行くのではなく、自分の味方や仲間を整えるための時間を生きてください。
人間とは考える葦と古の哲学者は言ってましたが、
心を問うだけでなく、体の声も大事にしてください。
欲は悪いものじゃないです。
欲に使われてはダメです。
欲は使うものです。
幸せになるために使うのではなく、安らかになるために活用すべきものです。
それを菩提心と言います。
欲はあなたに与えられたエネルギー。
そのエネルギーの活用法はあなたにゆだねられている。
賢者は、それを自分の幸福のために使うのではなく、やすらいの為に使うのです。
欲が増えると不満が増えるので幸せが減ります。
欲が減ると不満が減るので幸せが増えます。
周囲から見てお金持ちでも、本人が満足していないなら幸せではないかも。
ないものねだりは不満、不幸せになります。
人は一生、自分を生きる事しかできません。人がどう生きているかは関係ありません。そこに裁きをどうのこうのとうのは、あなた自身があなた自身を苦しめる煩悩そのもの。
煩悩が無ければ、安心の世界。
どんなにものにあふれ財を成していても、煩悩がある人は苦しみます。
あなたは、あなたの修行をするしかないのです。
救われる道は仏道にあります。
ぜひ学ばれてください。