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お経についてお伺いします。

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よろしくお願いします。
朝、日連宗のお経をあげております。
主たるお経本は、10年程前に身延山で購入したものを使っております。
ちゃんとした仏壇はありませんが、毎年身延山で戴いたお札と、自分でこさえた過去帳を置いて、簡単な仏壇代わりの場所を設けて、お参りをしております。
色々訳ありまして、自分で出来る事としてお参りをしております。
そこで教えて頂きたいのですが、御彼岸の時に読んだら良いというお経はありますか?
例えば、お盆だとしたら、盂蘭盆に曰わくというところがあったので、そこを読んでみたりするのですが、御彼岸はどうなのかといつもおもいます。
素人が何を言っているのかと、思われるかもしれませんが、親を思いご先祖様を思い、お経をあげております。
お答え頂けるものでしたら、よろしくお願いいたします。
お忙しいところ、このような質問をして申し訳ございません。
よろしくお願いいたします。


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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

先祖を想い、手を合わせることは、とても大事なことですよね◎

先祖を想い、手を合わせることは、とても大事なことですよね◎

私は、浄土真宗ですので、日蓮宗の お経のことは 詳しくわかりませんが。
ここで聞かれた お経をつとめるのもいいですし、また 近くの日蓮宗のお寺へ 参られるのも良いですよ〜。

お寺の御本尊に手を合わせ、ご住職の説法を 聴かれるのも、尊い時間です(*^^*)

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はじめまして(*^^*) 中田みえです。 住職として、高校生の息子の母親...

南無 妙法蓮華心

お経は最終的に日常生活に発展されなければならないとある方がおっしゃっておられました。
もちろんお経、お題目をお唱えなさることも大切ではありますが、「最終的にそのお経の中身が心身に備わってゆくことが大切である」と。
人間の行いは三つあります。
心の活動、
言葉の活動
体の活動
だから、この三つの行いを仏心に通ずるものにしてゆくことがお経を唱えること以上の功徳があるのだそうです。
心は妙法蓮華心。
話す言葉は妙法蓮華語。
行いは妙法蓮華行、なのだそうです。
蓮の華が泥の沼から出でて泥の色に染まらず、妙なる華を咲かせるように、
心に執着なく、自他ともに救い、安らぎに転ぜられゆく言動。
それが妙法蓮華経の核心、妙法蓮華行。
その行いは無心にして清浄なる妙法蓮華心より起こるものです。
たかさまの毎日、歩々脚下に妙蓮華が咲くがごとくの日送りであられますことを御祈念申しあげます。

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丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 質問 📞08020659278 どなたでも。

※追記補足あり。ご本山にご確認が必要かとは存じます

たか様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

日蓮宗につきましては、法華経の誦経と御題目をお唱えすることによるお勤めが大切になることは間違いがないかと存じますが、拙生の専門ではございませんのであまり詳しく申せるほどではありません。

しかし、この秋のお彼岸期間も残すところがあと半分となりますので、拙生なりに少しインターネットにて調べてみますと、下記のように日蓮宗におけると思われる彼岸供養につきましての式次第を見つけさせて頂きました。正式なものかどうかは最終的にはご本山に確認がいるかとは存じます。

彼岸供養祭の式次第
http://www.osoushiki-plaza.com/library/shuha/higan.html

こちらを参照に致しますと、特に法華経の中でも重要視されている法華経方便品、法華経如来寿量品、そして唱題が中心となるお勤めになっていることが伺えるのではないかとは存じます。

もちろん、この式次第のように全てを正式にできますと良いのでしょうが、在家一般の方においてはどこまで省略してできるお勤めであるのか、正式な回向の内容はどのようなものとなるのかなど、やはり公式の見解はご本山に正式に確認なさられるのが宜しいのではないかとは存じております。

※追記補足・・日蓮宗の方にお教えを賜りました。

宗定法要式・回向文の参照・・「彼岸会回向文」現代語訳
http://www.genshu.gr.jp/Local/Tokyo_W/kikanshi/No11/kj11_a.htm

盂蘭盆に曰わく・・『盂蘭盆御書』という、日蓮聖人の御遺文の一つで厳密にはお経ではないようです。

お彼岸の期間では、「普段の自分より、何か一歩進んでみるという精神が大切」とのことにて、普段に何かを加えてとして、例えば、お勤めにおいて、お経本のお経を普段より加えて誦経致したり、お題目の前に御遺文をお読みするのを加えるのであれば、しいてにて『如説修行鈔』も宜しいのではないかということでございました。ご参考までにて。

川口英俊  合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

まずその気持ちが大切です

たか様へ

朝、日連宗のお経をあげているそうで
その仏心を今後もぜひ磨いていただきたいと思います。

他宗なので専門的なことは正直わかりませんが
まずお経をお唱えするその気持ちが大切なのではないでしょうか。
親を思いご先祖様を思うその気持ちが大切です。

お経については、ぜひ関連する宗派にぜひ
お尋ねいただけばと思います。すみません。合掌

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鈴木光浄
「人の一生に寄り添うことのできるお寺」を目指しております。さまざまな御縁を...

「お経・経典」問答一覧

お経について(大きな勘違い)

またよろしくお願い致します。 私は今まで、告別式等で、御坊様があげる「お経」とは 亡くなった人が迷うことなく浄土に辿り着くようにと、 お祈りをしている感じに捉えていました。 しかし、本日、NHKのテレビを見ていたら、 「お経」とは亡くなった人のためではなく、 残された人のために、あげていると聞いて びっくりしました。 これは本当でしょうか? 私は既に終活を始めていますが、 後継者等がいない夫婦なため、最終的に一人になって 自分にとって残された人という存在が無い場合は、 「お経」は必要無いということでしょうか? もう一つ、疑問があります。 よく「亡くなった人の魂を慰める」という言い方を聞きますが、 亡くなった人の魂は、今、生きている人が慰めてあげなくては いけないほど、悲しんでいるということでしょうか? この「慰める」という言い方が気になります。 以前、テレビで見たのですが 夫が病気で激しく苦しみながら息を引きとった時、 奥様が泣きながら「あなた、やっと楽になれて良かったね」と 声をかけたそうです。この気持ち、よく分かります。 たとえ病気で亡くなった人も、痛み・苦しみを持った肉体から 解放され、浄土で安らかにニコニコしていてほしいです。 だから「慰める」という言い方は、浄土でも苦しんでいるみたいで、 違和感があります。

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お経を読むことがなぜ先祖や自分に関わりのある仏様の供養につながるのか? 大変罰当たりながら、そのような疑問を抱いてしまいました。 仮に例をあげますと、日蓮宗では法華経を読んで先祖供養などをされると思います。 法華経は釈迦が悟りを開いて亡くなられる前に最後の教えを説いたもので、 数ある経典の中でも最上の教えとされていると聞いたことがあります。 その素晴らしい教えを守り、帰依しますと宣言する=「南無妙法蓮華経」と題目を唱える。という事になるのでしょうが、なぜそれが供養につながるのか疑問です。 自分は先祖や仏様との何らかのつながりがあるから、その自分が題目を唱えることで先祖や仏様の過去の罪が軽くなり救われる。=先祖や仏様も成仏できるという考え方も確かに一理あると思います。 しかし、お経というのはただ聞いたり意味を知らずに読んだりすれば、まるで呪文のようでいかにも効果がありそうに思いますが・・・。 現代語に訳して意味を分かるようにしてみると、一つの物語をただ読んでいるにすぎないように思えてしまいます。 とてもありがたい教えが書かれていることは理解していますが、客観的に考えれば子供に絵本を読み聞かせているようなものではないかと思ってしまうのです。 子供ではなく対象が先祖や仏様へ、絵本がお経という物語へ変わっただけではないでしょうか・・・。 物語を読み聞かせる行為がなぜ供養につながるのか? 先祖供養のためによくお経を読む者として、大変疑問に思っています。 どうか教えてください。

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経典に記載された悪趣を回避する具体的方法

前回質問への回答追加で、新規で問答立てを、、とのことでしたので質問送らせて頂きます。(別のお坊様がたも、ご意見やコメントなどありましたら、是非お待ちしております) 経典に書かれているからという根拠で、 「確かなる仏縁や功徳が、過去世、現世のどこかにおいてあったのであれば、その後の輪廻転生の中において、多少の紆余曲折があっても、必ずやその仏縁、功徳による果報により、仏の道を外れずに、善き流れを進められる場合があり得る」ということを信じておられるならば、 同じように、経典に書かれているという理由で、世尊が説示なさったという、その具体的方法も信じて実行なさったら良いのでは?と思ってしまいました。 私はその一切悪趣清浄タントラという経典を読んだことがないので、その具体的方法というのが、どんな内容なのか、実行可能か不可能かも分かりませんが、 たとえば他にも、経典に載っていて実行可能なものでいうと、十一面観音や文殊菩薩など、ご真言を○遍唱えれば悪趣へは行かない、などとされる存在があったり、陀羅尼でも、悪趣を回避できる陀羅尼が載っていたりしますよね。 地獄に落ちてでも他を救ったり慈悲や布施で功徳を積めるかも!というお考えには反対しませんし、凄いなぁ、どうかご武運を・・・!という気持ちで拝見しておりますが。 単純に、回避方法もご存知ならば、回避なさったら良いのでは?と思ってしまいました。  経典Aに載ってある内容aを信じるならば、同じ経典A内の内容bも信じるのが筋通っているのでは?と。

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