hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

お寺に行かせていただいてもいいですか?

回答数回答 2
有り難し有り難し 36

先日、婚約者を亡くしました。
その葬儀に来てくださった住職さんのお説法に救われて、何とか毎日を過ごしていますが、時折心が折れそうになります。
あの時の住職さんにもう一度お話を聞きたいと思うのですが、お寺に連絡して行ってもいいものでしょうか?
実は私の実家と彼の宗派は異なり、納骨も違うお寺になります。彼の実家が檀家さんということもありません。
もしお話を伺うことが可能であれば、どんな用意をしていけばよいでしょうか?
お布施の相場はおいくらくらいでしょうか?
ご回答よろしくお願いします。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

その為の菩提寺です

菩提寺さんとは、亡くなった後もアフターケアをしてくださるお寺さんのことでもあります。
お布施はいりませんから、足しげく通ってお話をうかがってみてください。
もちろん住職さんもお忙しい時期があるでしょうから、お電話で確認してください。(^<^)

亡くなった人を想うあなたの気持ちに向き合って
そこでモヤモヤ現われる楽しい思い出は
あなたの心が作り出しています
心がそれを作り出す時
目の前の現実が曇りを帯びてしまう事があります
それでもあなたの生きている世界は 
見える 聞こえる 感じる この事実の世界の一瞬一瞬を生きています
そこちゃんと目を向けて欲しいと
亡くなった方も
仏様も
いつもあなたに働きかけています
そこに耳を傾け 気持ちを現在に注いでください

{{count}}
有り難し
おきもち

お悩み相談08020659278
💕禅ママ説法💗 禅ママの超簡単!不安消しテクニック! (*´ 艸`) 人生って、ちょっぴり不安がいっぱいよね? でも大丈夫! 「現実」と「頭の中だけ」をちゃんと見分けられるようになれば、不安なんてちっぽけなものよ! だって、みんな「もしも~」「もしかして~」って、頭の中で勝手にドラマ作っちゃってるだけなんだもん。 (˘ω˘) 「あれが起きたらどうしよう」とか「こんなことになったらどうしよう」って、まだ何も起きてないのに、勝手に心配しちゃうのよね。 だから、今この瞬間、目の前にあるものに意識を集中してみよう! ✨ 見えるもの、聞こえるもの、感じてること… そうすれば、どんなに不安なことがあっても、"今ここ" に戻ってこれるわよ! 心配事って、まるで映画の予告編みたいなのよ。 まだ何も始まってないのに、ドキドキハラハラしちゃうでしょ? でも、実際は、今この瞬間、目の前で起きていることだけをちゃんと見ればいいのよ。 そうすれば、心はもっと穏やかになるわよ。 不安を感じたら、ちょっと立ち止まって考えてみてね。 「この不安、本当に今の私に必要?」 「今、目の前で起きていることは、一体何?」 そうやって、現実と想像の違いに気づけば、不安に振り回されることも減っていくわよ。 だから、今日一日も、"今" をしっかり感じて、笑顔で過ごしてね! (*´ 艸`) じゃ、行ってらっしゃい!

遠慮はなし

お電話差し上げてから伺いましょう。
仏様のお供えに花などいかがでしょうか。
お布施はその場でしたいなら境内の掃除を。日を改めご法要のお手伝いをするのも良いお布施になりますね。
現金、お菓子は必要ありません。
あくまで僕のお寺の場合ですが。
ご参考までに。

{{count}}
有り難し
おきもち

「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れることの出来ない世界であるという。絶対に逃れることが出来ないにも関わらず、「平等」によって或いは「楽」によって人間が救われるというのは矛盾である。 不平等で辛苦極まりないこの世をあきらめ死後に救いを求めるのも人間否定そのものでお話にならない。 平等というのは自分が助かりたいという思いから生まれた自己優先の魔界の教えである。仏教はそうではない。 人を助けることを優先にすれば自分も救われるという考えだ。 人のために活きることで不平等が不平等でなくなり、辛苦が辛苦とも感じなくなるのである。 世のため人のために働いてみる。 「有り難う」 その言葉で、人はそれまでの苦労が苦でなくなるのである。 これが仏教の真の教えである。 生温い癒やしなどまったく意味がない。 積極的に人生を切り開くための教えに耳を傾けるべきである。 お寺やこのようなサイトの利用は一回にとどめなければならない。何度も相談するということは、まったく良くない傾向である。 お坊さんから聴く「仏の教え」によって生きる力を得て、二度とお寺に相談する必要がない幸せな人生を手に入れて欲しい。 本来ならば実際にお寺に足を運び相談すべきである。ここでご縁のあったお寺さんに必ず足を運ぶべき。それが億劫ならばその程度の悩みだということ。本当に切羽詰まっている人は必ずお寺に足を運ぶ。 その観点からご自身の悩みがどの程度のものなのかを推し量ってみることも有効であろう。 それと仏の教えが必要のない質問は無視する。なんでも応えてくれると思ったら大間違いだ。

質問者からのお礼

ご回答、ありがとうございました。
早速連絡してみようと思います。

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ