自己啓発系って仏教的にはどういう扱いなのでしょうか?
つい最近就活をしている最中に所謂「意識高い系」の大学生に遭遇しました。
同い年で同性の彼はビジネス哲学書を愛読し、会って間もない自分に自己啓発の話や成功者の思考など「意識高い」話を延々2時間も私に語り続けました。
確かに身になる話もあったのですが、多くは眉唾ものと言いますか、薄っぺらいなと思うようなことばかりでした。
そこでハスノハ愛読者である私に「仏教的には現代の自己啓発系セミナーや自己啓発本はどういう解釈がなされるのだろう」という疑問が浮かび、質問した次第です。
回答よろしくお願いしますm(_ _)m
※ちなみに個人的には自己啓発系セミナーや自己啓発系の本を読むより、資格の勉強をしたりビジネスマナーを身につきたりと「目標を達成するための努力」が一番大事じゃない?と思っております。
人との関わりが薄い、すぐ嫌われる
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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自利利他の円満へ向けて
ふーみん様
川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。
自己啓発・・色々と広く範囲がございますが、やはり、自分の成功や幸せを目的に取り組むところが大きいのではないだろうかと存じます。
その成功や幸せというものも、世俗的な意味合い、欲望の充足の意味合いが強くあるのではないだろうかと思われます。
仏教では、自分だけではなくて、他の全ての一切衆生の幸せ、安楽のため、更には一切衆生が悟りへと至れることを目的とする点でやはり異なるものであると考えます。
自利利他を円満に成就していくための教えが仏教となります。
特に、煩悩とその親玉である無明(根本的な無知)を智慧の修習によりて対治すると共に、智慧の修習と並行して、福徳・功徳の行いを積むことによって他を利益しつつに、皆の悟りへと向けて仏道に取り組んで参りたいものでございます。
川口英俊 合掌
質問者からのお礼
お礼が遅くなり申し訳ありません。
大変参考になりました。
ありがとうございました。
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ありがとうございました。