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三性説と唯識と中観 六十頌如理論について

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龍樹の著作とされるこの本の中には、龍樹が「識」の作用を認めている様な節があり、唯識に類似した考えがあります。(34頌)
しかし、世俗に於いて自相を認めざるを得ない唯識思想と、
世俗に於いても自相を認めない龍樹の正統な中観思想(ゲルク派)は相容れない物だと認識しております。

ここの龍樹の記述は一体どういう事なのでしょうか?

それとも本来「三性説」と「唯識」は独立していた、と云う事と関係が有るのでしょうか?


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

如来・覚者の善巧方便の目的について

akbcde様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「元素など説かれているものは(すべて)意識に集約される。それを知ることによってなくなるから、誤って考えられているものでないのか。」(六十頌如理論・三十四頌)

本頌では、本章十一『「すべては存在する」と説くのはなぜか』の全体の意図するところから、本頌についても如来・覚者の善巧方便の目的として説かれているものの一つの例として考えると良いのではないかと存じます。

如来・覚者は、必要に応じて、つまり、その者の機根に応じて、中観も説けば、唯識も説くということでございます。但し、目指すべきところは勝義・涅槃・悟りへのいざないとなります。

この章の理解と致しましては、中論の「観法品」(第十八・第六偈)『もろもろの仏は「我〔が有る〕」とも仮説し、「我が無い(無我である)」とも説き、「いかなる我も無く、無我も無い」とも説いている。』、あるいは、「観法品」(第十八・第八偈)『一切は真実(そのようにある)である」、「一切は真実ではない」、「一切は真実であって且つ真実ではない」、「一切は真実であるのではなく且つ真実ではないのでもない」。これが、もろもろの仏の教説である。』というところにおける龍樹大師が意図されていることの理解が大切になるのではないかと存じております。

勝義・涅槃・悟りへのいざないというものは、何も中観帰謬論証派の教えだけとか、あるいは密教だけとかというものではないということでごさいます。どうしても私たちは優劣上下で物事を考えてしまい、最高最上のものを求めてしまいがちになりますが、その教えが合うか合わないかは、悟りへと向けてのそれぞれの機根次第となります。唯識の教えで悟れないということではなく、唯識の教えでも機根次第(悟りへ向けての因縁次第)では、それを機縁としてやがて悟れる者も当然にいるかもしれないということでございます。

補足として、龍樹大師は、識の働きや作用など、縁起的なあり方まで否定されているわけではなく、あくまでも対象も識の側も実体、自性、自相としての成立を否定されている次第でございます。

川口英俊 合掌

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質問者からのお礼

いつも丁寧な解説をして下さり有難う御座います。

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できる範囲での仏教でいいのか

短期間に多くの質問をして申し訳ありません。 hasunohaに出会って、自分の心と 向き合うための知恵や方法を少しずつですが知ることができました。 特に死生観や生きる意味については お経にしめされている教えや、hasunohaでの問答で 少しずつ道が見えてきたような気がして、 仏教の教えや考え方を取り入れて生活したいと 考えるようになりました。 そこで自分は、書籍などで仏教の作法やお経を調べて 実践しやすいものを生活に取り入れてみたのですが 家が檀家ではないし、近所にお寺が少ないので 自分がしていることが仏教的によいのかがわからなくて、 自分が読んだ本についても、今までの学の範囲内で 意味を考えているかもしれないので もしかしたら解釈が違ってしまっているかも、と不安です。 生兵法は大怪我のもと、のように 檀家でない人、制式に入信していない中途半端な人 が仏教の教えや作法などを生活の中に取り入れても 効果はないのでしょうか? 信仰はどこから有効なものなのでしょうか? また、今後自分がどうしていくべきか (どのように仏教と付き合い 生活の中に生かしていくべきか) を教えてください。 この質問が、今の仏教に対する冒涜のようになってしまっていたら 申し訳ありません。 乱文失礼しました。 追伸 今自分がしていること 寝る前に念仏を唱えて、阿弥陀さまにその日のことや 次の日のことについてご報告させていただくこと。 同じように空いた時間に念仏を唱えること。 お経や教えを心に留めて日常生活をすること。

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