はやくしにたーい
何度かここにお世話になっております。
中学生の頃から自分の存在意義が分からないのと将来への不安からずっと死にたいと思っています。
しかし日に日に一分一秒でも早く死にたいという思いが強まるばかりです。
鬱なわけではないんです。
よく食べ、よく寝て、よく笑っているとは思います。
ただ早く死にたいのです。
早く解放されたいんです。
ポジティブな死です。
病気や事故で亡くなられた方には大変失礼ではありますが、自殺以外でどうにか早く死にたいです。
愛を注いで育ててくれた両親にも申し訳ないです。
生きたいと願うのがよくて、死にたいと願うことはいけないことでしょうか。
なぜ私は生きているのでしょうか。
最近職場の人が事故で亡くなりました。
なぜ私ではないのか。
なぜ善良で人望もあるあの人が亡くなって私が生きているのでしょうか。
私はブスで優しくもないし、なにか社会に役立てることもありません。
生きる価値などこれっぽっちもありません。
有事に命をかけて人を守ることができたならば初めて自分に価値が生まれるのではと思いこの職に就いたのに現実はスマホをいじりながらただ1日が過ぎるのを待つばかりです。
なんのために生きているのでしょうか。
仕事を辞めたいのにお金もなく勇気もなく、この田舎では転職活動すらままならない環境です。
なにも楽しくない。
こんなに楽しくない生活を続けることになんの意味があるのか。
価値のない私が生きていることになんの意味があるのか。
もう早く死んで全てから解放されたい。
将来への不安、存在意義の追求、全てのことから解放されたい。
日本でも安楽死をさせてくれればいいのに。
あー早く死にたーい。
生きることから解放されたーい。
文章がめちゃくちゃでなにが言いたいのかもよくわからないですね。
すみません。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
自分の納得以前に自分がある
死にたいと願う事はいけないことなんかじゃありませんよ。
それがあなたの心からの本当の願いであるならばそう願う事で心に希望や活力が湧いてくることでしょう。
誰に何を言われようが、とがめられようが、あなたの思う様にやってみたらいいです。
お金がないなら貯めたらいい。
楽しくないなら楽しもうとして見たらいい。
死を願いたいなら願ったらいい。
あなたが本当に解放されたいのは「生きる事」からではなく、「自分の納得する通りに生きる事」からではないでしょうか。
自分の納得ばかりを追求するから自分が自分に縛られるのです。
こうでなければならない。
こうあるべき。
世の中はそんな自分の納得とは関係なく動いています。
その世の中において、あなたはあなたでいいのです。
いや、いい・わるいではなく、あなたはあなたでしかないのです。あなたの納得以前にあなたがいるのです。
仏教は生死(しょうじ)の迷いを超える教えです。生きることからも死ぬことからも解放されて、ご縁のままに生かされる道です。
「私が生きている」と頑張って、自我をふり回して、振り回されて、いつまでも「自分の納得」に縛られている私
その私の姿に気づかせていただいて、許されて、安心して迷いながら生きていく。
本当に迷っている者は迷っていることを知らない。自分が迷っていることを知らされるなら、始めて自分の向かう方向を求めて不安に立つ、迷いに立つ。
あなたが本当に解放されたいならその道を求めたらいいのです。
なんにも謝る必要などありません。自分が自分を偽らなければそれでいいのです。
あなたはあなたで、自分の納得以前のただ今の自分のご縁に身を委ねましょう。「今日も迷わせていただいております」と、安心して迷わせていただきましょう。
その時既に生きるとか死ぬとかいうことは超えているのです。私が生きているのでも私が死んでいくのでもなく、ご縁が私となって今ここにあるのですから。
一生取り組める仏教書一冊の紹介
ウナギイヌ様
川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。
ご無沙汰です。
そうでしたか・・あれからも希死念慮がますます強まられておられましたか・・
生きる意味、意義、価値が見い出すことができないというのも、その理由であるのかもしれませんね・・
生きる意味、意義、価値は、無いわけではないのですけれども、かと言って(実体的に)有るというわけでもないのですよね。
仏教では、「有見無見」を離れた中道を目指すところとなるのですが、まあ、善い意味、意義、価値も縁起(因縁)次第というところになって参ります。
その善い因縁として、仏教は非常に役立つものにもなります。
ここは、一つ、騙されたと思って、仏教を学ぶことを少しずつでも進めて頂けましたらと存じます。
学ぶ上で、色々な仏教書がありますが、一生取り組める一冊としてお勧めとなるのが、シャーンティデーヴァ大師の「入菩薩行論」であります。日本語訳・解説も出版されています。
もちろん、分からない仏教用語なども出てくると思いますので、岩波の「仏教辞典」やネット検索、あるいは、hasunohaも活用されつつに。
川口英俊 合掌
拝読させて頂きました。
あなたがそのようにお感じなさることもあるでしょう。今の現状から心から解放されたい、楽になりたいと思うこともあるでしょう。
であるならば本当の心が解放される道を求められてはいかがでしょうか?
仏教とは一切の苦しみや迷いから解放されて円満な人格になることを目指している教えです。
せっかくの機会ですからこれからゆっくりと仏教をあなたに学んで頂きたいと思います。
あわただしい日々の中でも仏教についての本を読んだり、お寺にお参りしてただひたすらにお念仏おとなえなさってみたり、座禅を組んでみたり、宿坊体験してみたり、様々なお坊さんのお話を聴いてみたりしながら仏教を学んでみてはいかがかと思います。
あなたが今のような質問をなさりすでにその仏教とのご縁を結んでいますからそれ程ハードルは高くないと思います。
毎日ちょっとずつでもお経を読んでみたりお念仏おとなえしてみたりでも進めることはできると思います。
仏教には様々な教えや方法があります。ですから様々な宗派もありますからあなたにとって受け入れやすい分かり易い教えを学んでいかれることが良いかと思います。
死は少しずつ近づいています。それは皆平等です。
どうぞ仏教を学んで一切の悩みや迷いから解放される道をじっくり歩んでみて下さいね。