心が痛い
日大のアメフト部のタックル事件。
実名で名前を出して会見をした若い選手の勇気は素晴らしいなと思うと同時に、違反行為をして苦しむ前に適切な行動がとれれば良かったのにと思ったり、未来ある若者が指導者によって潰されたのかと思うと、心が痛みます。
自分がやってしまった悪いことを謝罪し、指示があったとはいえ、人のせいにはしない心の強さを感じます。
でも、これって、スポーツ界だけの問題ではないのではないかと思います。加計学園の文書改ざん問題でどこかの職員が自殺したのと繋がる気がします。上意下達が強い企業もそうだと思います。
日本社会の大きな組織で生きていく手段を教える方法として、監督やコーチがそういうことを教える思考が生じるのもやむを得ないと思います。社会の真実を教える方が優しさだと考えていたのかもしれません。
自分自身がやってしまうかどうかは別として。
もちろん、学校やスポーツの場でそういうことがあってはならないと、私は思います。
トップの欲の強さが出たのか、価値観が固定していたのか、歪んだ優しさだったのか、私自身の人生について考えるニュースでした。
我が強い。保身のために、人を妬んだり、羨んだり、言い訳をしたりする。気持ちに余裕がなくなると、怒ってしまう。愚痴を言ってしまう。過去に学んだことに執着してしまう。未来に対して余計な不安がある。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
この世は縁起で成り立っていますから、今回のようなことも様々な原因によって起きたのでしょう。
例えば、教える側には勝たないと責められるとか、クビになるとか、出世しないとか、収入が減るとか、馬鹿にされるとか、プライドが傷つくとかあったのかもしれません。
選手の方も、試合に出たいとか、試合に出ないと就職に不利になるとか、プライドが許さないとか、有名になりたいとか、先生の期待に応えたいとか色々な思いがあったのかもしれません。
そしてさらに、お互いのコミュニケーションがしっかり取れていなかったのでしょう。
それらの原因によって必然的に起きた出来事であります。
監督と選手、先生と生徒、上司と部下、先輩と後輩、売り手と買い手など様々な立場に上下のある関係がありますが、たとえ上の人からの命令でも、法律を犯してはならない、ルールを破ってはならない、という事を下の人もきっぱり言うことが大切だと思います。法律やルールを守ることは、長期的に見たらその組織にとってプラスになるのですから。
今回の事はしっかり反省して、原因を追求して、同じことが二度と起きないような、精神論だけでは無く、原因一つ一つに対しての具体的な対策を立てることが大切です。
他人の振り見て我が振り直せ、といいます。
私自身も法律やルールを守りつつ、そして家族やお檀家様も法律やルールを守るように気を配って接しないといけませんね。
質問者からのお礼
〉三宅聖章 様
ご回答、ありがとうございました!
悪いのは、悪いと罰を受けたり、反省したりするのは非常に大切なことだと思います。ただ、他の人が結果を追求するだけで、本人が自覚をせずに形だけの謝罪は問題だと感じています。様々な縁起で物事は起こっているはずなので、本来、ある特定の人だけが反省してすむ話ではないと感じます。その点、記者会見した選手は、今回の事件の背景、悪かったところ、今後に向けて、非常に整理して反省できていて素晴らしいなと思います。今回、相手選手に怪我を負わせてしまったという失敗を見つめるのは非常に辛いことだと思います。でも、これがなければ、あの会見はなかったと思います。なんだか、国会議員の先生方にも見習ってほしいですし、自分自身も痛いところもしっかり見つめていきたいと思いました。
あと、法律やルールを守るとはどうい
うことか、私自身も考えてみたいと思います。
〉柳原貫道 様
ご回答、ありがとうございました!
おっしゃるとおり、周りの人は、加害選手がしっかり反省できる環境は作らないといけないですし、ヒーローのような扱いをして間違ったメッセージを送ってはいけませんね。
ただ、政治や行政を見ていると、政治家や上司に対して「これはできません」と言えないような雰囲気になっているのではないかと感じています。それに耐えかね自殺したり、病気になったり・・・。今回の事件は、日本社会の他の分野の人も反省する必要があるように思います。
では、私自身はどうなのか?自分の心の膿は、自分でしか最終的に処理できないと思うので、私自身も私の人生経験について内省したいと思います。