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母が亡くなりました

回答数回答 3
有り難し有り難し 53

こんにちは。よろしくお願いします。
先日母が癌で50代で亡くなりました。

今は色々忙しくかなり気が張っていますが
落ち着いた後が怖いです。

治療に関してもっと頼らせてあげたかったこと
悪化するほど怖くなり冷たく当たってしまったこと、家族として病気に向き合ってやれなかったこと
それでも病院に行った時は笑顔で迎えてくれたこと
自分の都合優先で中々側にいてあげられなかったこと
これらによる後悔の念。

独身のため少しずつ虚しさや寂しさが出てきました。母が一番心配していた私の結婚もとうとう今まで出来ませんでした。父は母に何もかも任せきりだったため父のことも乗りかかってきます。

これ以外にも多々ありますが、もっとしっかりして、母を安心して成仏させられるか心配です。

母を亡くした後、どのように生きて自分を保てば良いのでしょうか。
よろしくお願いします。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

親を見送れば、多かれ少なかれ「後悔」は残ります

 6年前の11月に私の父親は亡くなりました。その4か月後、母親が亡くなりました。実家を離れていたので、入院中なるべくお見舞いに行くように努めましたが、自分の寺の住職としての仕事がありましたので、あまり見舞いに行けませんでした。止むを得ないこととは言え、申し訳なく思っております。
  
   葬式後、「亡くなった両親が喜んでくれるような生き方をしよう。」「亡くなった両親が安心してくれるような生き方をしよう。」という気持ちで、日々精進しなければ、という気持ちでおります。但し、その気持ちの通り100%実行できているかと言うと、残念な結果で終わっているというしかありません。

  失礼ながら、「いまじにあ」さんも私と同様の部分があると思います。あまり偉そうなことを言える立場ではありませんが、敢えて私がアドバイスを申し上げるとしたら、「結果など気にしないこと。両親の思いを受け止めて、一生懸命生きていきましょう。」この言葉に尽きます。

 
  この世にいる親は子供に「結果」を求めるかもしれませんが、仏界に居る親は子供に「結果」を求めません。この世では、どうしても「努力する」という行為よりも、「努力した」後の結果が重要視されます。仏教では「因縁」という教えを説きます。ものごとを成し遂げることを「因縁所生」と言います。因(自分の行動)と縁(自分を取り巻く条件)によって、結果は生じます。頑張って婚活に努めたとしても、「出会いが無かった」「出会ったけど、性格が合わない」という縁のために結婚には至らない。それを、この世の価値観では「いつまでたっても、嫁を貰えない。」という非難の的となります。

 お母様は亡くなられて、仏様の世界に行かれました。仏様の世界では、通信簿はつけません。「亡き母を思って、一生懸命に生きる。」「亡き母の思いをかなえようと、努力する。」これだけで十分です。仏様の世界では、結果を求めません。精進すること、行動することが大事なんです。御縁に恵まれれば、結果は付いてきます。結果の好悪に関わらず、あなたが頑張って生きる姿を見せ続けるだけでいいんです。

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 目の前の方の悩みや気持ちをしっかりと受け留め、心を開いてもらうように努め...

こんにちは、お悔やみ申し上げます。

人は皆、2人います。ドッペルゲンガーではありません。
たとえ話ですが、太陽は光を放ちます。誰にどうされるともなく、黙々と光を放ちます。そしていまじにあ様はその光を受けます。光を受け止めて、太陽の存在をキャッチして、太陽と共に生きます。光を放つのは太陽の職分です。いまじにあ様がどうこう出来ることではありません。でも太陽の光をしっかりと受け止めるのはいまじにあ様の職分です。太陽がどうこうできることではありません。だから太陽は2つあるのです。光を放つ太陽と、いまじにあ様に光を受け止められた太陽。
人間も同じです。その生き様、1日1日の行いとして光を放ち続けたお母様。そしていまじにあ様にその光を受け止めてもらったお母様。2人のお母様がいたわけです。今となっては、お母様は新たに光を発することは無くなってしまいました。でも、いまじにあ様が生き続ける限りずっと、いまじにあ様が受け止めたお母様は生き続けるのですよ。だから人間は何千年も昔から供養、供え養うということを続けています。
軌道に乗るまでには時間が掛かりますが、今度はお母様を供え養うことでいまじにあ様が今日を、明日を生きる活力が湧いてきますよ。

いまじにあ様が病院にいらした時、お母様はお喜びになったとのことですが、何より我が子に会えたのが嬉しかったのではないでしょうか?それなら手を合わせて、お参りしてあげましょう。
我が子の生活を思わない親はいません。お母様は「きっと仕事が忙しいのだろうな、頑張っているのだろうな」と応援してくれていたのではないでしょうか。だから笑顔で迎えてくれたのでしょう。だから目の前のお仕事を1つ1つ丁寧に行いましょう。
昔の人は結婚したいから結婚したというより、する必要があるから結婚していました。それでも良いのですよ。1人では手が回らないからお父様のことも含め、家のことを任せられるパートナーが必要。安心して背中を任せられるから感情や気分ではなく、本当に『掛け替えのない』人なのです。そういう間柄ならそうそう簡単に離婚できませんし、最期まで感謝と敬意が尽きないのではないかなと思っています。そんなつもりでボツボツ探してみてはいかがでしょうか。
これらの1つ1つが何よりの供養であり、成仏への道です。

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曹洞宗副住職。タイ系上座部仏教短期出家(捨戒済み) 最近YouTubeを...

後悔はしなくてよい

私もガンで母を亡くしました。
あなたの、ひとつひとつのエピソード、私もほぼ同じです。
あとになって失敗に気づくことがありますね。
しかし、後悔は、怒りや悲しみといった負の感情を含みますから、悪い感情なのです。
二度と同じ失敗をしないように教訓にするのは良いのですが、過去は過ぎ去りもう無いのです。
後悔して憂鬱を増幅させたら、今が辛いだけです。
辛い今を重ねたら、結局ずっと辛い時間になってしまいます。

家族や大切な人の病気や別れは、これからもあるでしょう。
次から気を付ければよいのです。

仏教は輪廻転生を前提に考えます。
あなたは、無数の過去世で、数えきれないたくさんの親と別れて、もしかしたらその度に後悔をくりかえしてきたのかも。
今回の人生からは、後悔しない訓練を始めましょう。

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浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

質問者からのお礼

回答ありがとうございました。
確かに前世、その前、そのまた前と何人もの親がいたわけですよね。
どれだけのことをしてきてもどこかで後悔していたのかもわかりません。
今世以降はどれだけのことをできるか、母からの教訓として生きていきたいと思います。

吉田様
結果では無く精進する姿を見せる
これからは周りに無責任に何を言われようと母だけは結果では無く過程を評価してくれる
そう思うと少し気が晴れたかもしれません。
ありがたいお言葉大変ありがとうございました。

大慈様
先に回答していただいた僧侶様も経験しており
誰もがいつか迎えるとしても悲しいものです
一生懸命生きるのが供養になるとわかっていても
仏教の教えを聞くより楽になります。
ありがとうございました

「身近・大切な人の死・亡くした後悔」問答一覧

母が亡くなって。

一度、個別相談の形でさせて頂いた事がありますが、今回はこちらに書かせて頂きます。 9月4日に母が亡くなりました。享年75才でした。 僕が生まれる前に離婚し、祖母(母の実母)と3人で暮らして来ましたが、 25年前に祖母が亡くなり、それからは母と二人で生きてきました。 母は、約20年前に身体障害者手帳の交付を受け、ここ数年は体調もすぐれず、 毎月、整形外科・内科・耳鼻咽喉科と通院をし薬も多く服用していました。 毎月病院に連れて行って母が体調不良を訴えても、「もうお年ですから」とあしらわれ、薬を服用しても良くならず母も随分つらい思いをしてきました。 亡くなった当日も、家にいたのですが、いつも通りの流れで朝食を済まし、 僕が会社へ行くときに「行ってくるわ」と言い、「気を付けてね」と返事を してくれました。それが最後でした。 それから数時間後、定期的に訪問してくれていた介護施設のケアマネージャーさんが、家のトイレで倒れているのを発見してくれましたが、その時にはもうすでに死後硬直が始まっていたそうで、連絡をもらって会社から駆け付けましたが、もう冷たくなっていました。死因は、虚血性心疾患の疑いとの事でした。 普段は仕事の悩みや疲れもあって、家では母との会話もあまりできず、また「ありがとう」とか「ごめんね」とか言うのもほぼ言えていませんでした。 こんな突然いなくなるなんて夢にも思っていなかったので、母が居なくなった今、激しい後悔と虚しさと情けなさで、49日が過ぎ亡くなって2ヶ月が経った今も、毎日涙が溢れ、家にいる時はほぼ仏間に居て、位牌や遺骨に話しかけます。 母にはたくさんの苦労をかけ、43年も一緒に居たのに、最期は会えずに声も掛けれず・・・。悲しいです、辛いです、母に会いたいです。 母は病院が嫌いで、また自分が寝たきりになれば僕が仕事に行けなくなるからと、しんどい体を頑張って動かしていました。 亡くなってから2回夢に出てきましたが、どちらもけがをしていたり苦しんでいる母でした。 今すぐ母と祖母のもとに行きたい気持ちと、母と祖母が育ててくれた自分を大切にしなければ、また母の供養をし、この家を守っていかなければと言う気持ちと、 二人の自分がいるような感覚の中にいます。 自分が亡くなったら母に会えるのでしょうか?会えるのであればその日まで頑張って生きたいです。

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父の死をきっかけに後悔

先日父が亡くなりました。 幼い頃から大きな病を繰り返し、長い闘病生活でした。 病気をきっかけになのか、父がだらしなく、反抗期の頃は、酷い言葉を沢山浴びせてきました。 しかし、寡黙な父は文句も言わず黙って耐えてました。 そんなこともあり、なかなか素直になれず辛くあたったり、そっけない態度をとることも多かったと思います。 そして20代になり、結婚を機に遠方に引っ越しました。 しこりが残ったままですので、連絡もなかなかせず…時々孫の写真を母に送ったり、声を聞かせてあげるようなことしかできませんでした。 実家に帰るのは年に1回程度。 そのときも、ほとんどしゃべりません。 しかし、ここ数年で脳梗塞を発症し、麻痺も残り、ろれつも回らず会話も困難な状態でした。 そんな中でも、あまり連絡をしなかった私。 ほんとに親不孝だと思います。 そして、急に父が亡くなったとの連絡。 棺に入った父を見て、涙がとまりませんでした。 こんなにも悲しくて、寂しくて、後悔が沢山押し寄せました。 もっとコミュニケーションとっていれば、そっけない態度をやめていれば、頻繁に連絡をとっていれば… そんなことばかり考えてしまいます。 感謝の気持ちも何一つ伝えられませんでした。 ほんとに何にも。 素直に笑うこともできず。 今頃遅いですが… 私は、あなたの娘で幸せです。 お父さん大好きだよ。 今までありがとう。 こんな気持ちです。 この気持ちにもっと早く気づきたかった、伝えたかった… こんな娘でごめんね。という気持ちが消えません。

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母が亡くなって本当に辛い 生きていけない

今年母が亡くなりました。 自死でした。ひょうきんで面白くて、美人で、頭が良くて、家族を一番に考えてくれていた母がこんな形で亡くなってしまうとは思ってもいませんでした 亡くなる当日の朝も、いつものように「いってらっしゃい」と笑顔で見送ってくれて、その日一緒に食べる予定だった晩ご飯の話もしていました。携帯に残してくれた「ありがとう。ごめん。」が最後の言葉でした。今年に入ってから母はずっと落ち込んでいることが増え、今思えば鬱だったのかもしれないです。父親も私も仕事で忙しく、母を家で日中1人にさせてしまっていたのが原因だったのかもしれません。私が体調悪い時には母親に心配ばかりかけていたのに私は母の体調の異変に気づいてあげられなかった。私は自分のことしか考えられず、仕事から帰宅しても疲れていたため母親に冷たい態度で接してしまっていました。時には母親に酷いことも沢山言ってしまいました。何も親孝行できなかった。甘えてばかりで、最後まで最悪な娘だったなと思います。私みたいな人間なんて生きている価値あるんだろうかと思います。母親がいなくなって自分の一部が壊死したような喪失感に毎日襲われています。母が私のつまらない話を笑って聞いてくれたり、真剣に悩みを聴いてくれたりしてくれたことを思い出すだけで涙が止まらなくなります。こんな年齢になっても、母に褒められることが嬉しくて頑張っていた時もあるので、これから何を目標に人生を頑張っていけばいいのか分からず落ち込んでいます。早く会いたい。母が今も苦しんでいないか、私が亡くなっても母がもう別のものに生まれ変わっていて会えないのじゃないかと想像してしまい辛いです。 何を生きがいに、何を支えに生きていけばいいのか全く分からないです。毎日毎日なんとか気持ちを奮い立たせようと必死です。職場や家で一人になると強烈に辛くなり涙を流す日々です 生きていてほしかった 「泣いてばかりいたらお母さんも心配するよ」とよく言いますが、母が今も見ているかどうかも分からないので人生を頑張る気にもなりません。情けないのは十分分かっています 母親が生きれなかった人生を私が生きることに罪悪感を感じます  まとまりのない文章ですみません。 頑張って生きていればいつか人生を終えた時に母親に会えるのでしょうか 母に会いたいです ひたすら謝りたいです

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母に感謝を伝えられなかった

今月の12日に母を末期癌で亡くしました。ステージⅣで抗がん剤も効かず6月の段階で余命1ヶ月の宣告を受けていました。母には癌の事は知らせましたが、余命の事は知らせませんでした。 母は自宅で死にたいと希望しており、7月に退院してからは在宅医療を受けていました。私は母に心配ばかりさせていた親不幸娘だったので、母のサポートを通して、親孝行しよう!と思っていました。 母は亡くなる直前までトイレは自分でやりたいと強く思っていました。胸膜へ転移していた事もあり、動くと辛そうでしたが、私は母の思いを尊重しトイレ介助をしました。容態が急変する前日もトイレ介助したのですが、母はもう呼吸が荒々しく本当に辛そうでした。 その翌日容態が急変し、夜中に母は眠る様に息を引き取りました。最期を私が看取りました。耳は最期まで聞こえていると教えてもらったので、私は母に「ありがとう」と伝えるつもりでした。しかし、「お母さん…」としか話しかけられませんでした。 息を引き取る時に何故、感謝を伝える事が出来なかったのか強く後悔しています。 これからもっともっと親孝行したかったのに何も出来なかった後悔もあります。私が母に出来た事はシャワー浴をして全身を洗ってあげた事くらいです。本当はもっと親孝行したかったのに…。 私は最期に親孝行出来たのでしょうか?母は喜んでくれたのでしょうか?毎日そればかり考えています。

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母の死に対し、自分が憎い

母を亡くしました。 癌でした。 既に全身に転移をしており、長くはないとは言われていました。 最期は転移した場所が悪く、発見が遅れたこともあり真面に話すこともできぬままの別れとなりました。 感染症予防のため最期の入院の、約2ヶ月間は面会が制限され、非常に寂しい終末期を過ごさせてしまったと思っています。 病院側ならびに看護師のお計らいにより、泊まり込みにて死目には立ち会うことができましたが、やはり、寂しい終末期には後悔の念しかありません。 母にはもっと笑っていて欲しかった。 非常に辛い結婚生活を送り続けた結果がこれでは浮かばれない。そう思ってしまいます。 父と母とは所謂できちゃった結婚です。 父は結婚後すぐに心を病みました。 母に癌が見つかった後は病気を自己責任と突っ撥ね、治療費は出さぬの一点張り。買い物依存症になり、湯水の如く金を使い不要なものを買い続けました。 治療費は母の貯金と私の貯金とを切り崩すことでどうにか繋いでおりましたが、十分なことは出来ずじまいでした。 生前母が「もっと笑って生きていたかった」と言っているのを聞いたことがあります。 少なくとも私が生まれなければ、父と一緒になることも強いられず、母はもっと笑顔でいられたでしょう。 母の力にもなれず、癌を早くに見つけてあげられなかった私が伸う伸うと生きていることが憎い。恨めしい。 もう母は美味しいものに感動もできません。 綺麗な景色を目に焼き付けることもできません。 もう笑顔にもなれません。 自分の生きていく意味や、生きてきた意味のないことに震える私が、ただ憎く、ただ恨めしいだけです。

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後悔しかない父の死

突然、眠ったまま父が亡くなりました。 お酒を飲みにでかけ、帰宅してソファーで寝てそのまま明け方に亡くなったそうです。 私は父とはあまり会話をせず、母とばかり話していました。父は頑固で変わり者でした。 実家から徒歩1分のところに私は子ども2人と住んでおり、子供を連れてよく母に会いに実家に行きます。 亡くなった前夜も子供たちだけ母の実家に行って遊んでいて、あたしは迎えにだけ行きました。 奥の部屋で寝てる父とは会話もしませんでした。そのまま眠って亡くなるとも知らずにです。 次の日に父が亡くなったと出勤中に電話があり頭が真っ白になり整理できませんでした。 いざ硬直している父を見ると心がポッカリ穴が開いた状態になりました。 警察に連れて行かれ、自宅に帰ってきて父の遺体を横にして後悔の念が溢れてきました。 もっと喋れば良かった。もっといっぱい一緒にいたかった。 私は父ときちんと会話することさえしていませんでした。 私の子供にチョコレートをあげようとしたりすると、まだ1歳だからあげないで!と怒ったりすることもよくありました。でも父は父なりに私の子供をとても可愛がってくれていました。 私は父に[お母さんはどこ?あ、いないのか。それなら帰るわ。』という会話しかできていなかったと思います。 今考えれば、母がいなくても父とももっと子供たちと遊ばせて私も会話したかった。 突然逝ってしまった父の存在はじわじわと私の中で大きくなり、こんなに父の存在が私にとって大切なのかと今更気付かされたのです。 私は父が嫌いだと思っていましたが、本当は大好きでした。 好きで好きでたまらなく、いまも喋りたくてしょうがないです。 明日お通夜です。 父はもう起き上がりません。話すこともできません。 私は後悔しかないです。 もっと父と話したかった。 ごめんね、ありがとうと言いたい。 なんとかして想いだけでも面と向かって話したい。 この一生分の後悔と父への思いはどうしたら良いのでしょうか。

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母を1人で死なせてしまった

母を急に亡くしました。急病死でした。まだ60歳手前でした。亡くなる2日前に電話で元気な声をきき、それが最期になってしまいました。 母の優しさなのか亡くなっていたのは自宅のベッドの上でした。 家族は私、妹の2人娘で父は離別していておらず、 私は結婚して、妹は仕事の関係でだいぶ遠方なので母は1人で暮しておりました。 そのため、亡くなったことに気づいてあげるのに1日程かかってしまい、そして何より1人で逝かせてしまった。怖い思い、寂しい思いをさせてしまった、助けてあげられなかった。死に目にもあえず1人で死なせてしまったことをすごく悔やんでいます。 母は悲しんでいるでしょうか? 毎日ごめんねと母を思っています。死を受け入れているつもりでもまだ母から電話やメールがくるのではないかと毎日思ってしまいます。来ることはないと分かってはいるのに。 また、母は離婚しているため無宗派、無縁仏です。 葬儀もお経などあげてもらわずに見送りという形だけで終えました。 そのことも胸につかえ気になっています。 お経をあげてもらわず母の供養になっているのでしょうか。無宗派なのでどうしようもないですが、母はちゃんと成仏できるのでしょうか。 まとまりない文章で申し訳ございません。

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