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どうしたら絶望感から抜け出せますか?

こちらで、過去に3度ほど助言を頂いております。
ありがとうございます。
シングルで育ててきた一人娘が、突然の事故で亡くして2年が経ちました。
三回忌を終えて、今もまだ気持ちが落ち着かない日々を送っています。
毎日眠れない日を送って、仕事もできなくなりました。
気分を変えて外へ出るも、目に飛び込んでくるのは娘と同じくらいの仲の良い親子ばかり見えてきます。うちも親子以上に仲の良かったから、もういないんだと思うと歩いていても涙が出てきます。
仲の良かった友達も、だんだんと離れていき孤独さえ覚えます。
身内は頼りなく、一緒に寄り添う事もしてくれません。
時に身を投げてしまったら、どんなに楽か…と考えてしまいます。
生き甲斐もなく、趣味も仕事も持てません。
この先、自分の老後も心配です。
この悲しみを引きずったまま、生きていかないといけないのでしょうか?
これまでも、たくさん辛い思いをしてきています。
今度、生まれ変わったとしても またこんな悲しい人生を歩くのでしょうか?

生きる意味
有り難し 19
回答 2

質問投稿日: 2018年7月20日 0:37

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

お嬢様は存在しています。

ご質問を拝読させて頂きました。
私にも娘が一人居ますが、娘にもしもの事があればと思うと、胸が張り裂けそうな思いがします。
想像するだけでもそうなのに、実際に経験されたあなたの心を察すると、正直かける言葉がありません。

ただ、それでも申し上げる事は、亡くなったお嬢様を死者として存在させるのはこの世で生きているあなたです。

一般的には、生きている事を存在と呼び、亡くなると存在が消滅するように考えられますが、長年、葬儀に携わるうちにそうではないと思うようになりました。

確かに人は亡くなると、生きている人としての存在は無くなります。
けれども、ご仏壇にご遺族の方々が御供えをし、慎ましやかに拝んでいる先には確かに故人が存在をしています。
生きている人としての存在は終わっても、供養が故人を死者として存在させているのです。

もしも、供養する人が居なくなってしまえば、故人は死者としてすら存在しなくなってしまいます。
話しかけても答えてはくれないかもしれません。でも、あなたは今もなお、お嬢様の母であり、供養という言葉が示すように、お嬢様を養っています。

26日前

仏道

さおり様

川口英俊でございます。

誠におつらいことでございます・・

絶望感を無くすことは、そうは簡単なことでないのも仕方がないことであるかと存じます。

しかし、絶望感も、あるいは幸福感なども、実体としては成り立っておらず、色々な因縁(原因と条件)に依存して成り立っているものとなります。

つまり、因縁次第によって変わってゆく、あるいは変えられるものなのであります。

もちろん、今は、まだ絶望感の因縁が強くあるのでしょう。

でも、その因縁を変えられれば、結果も変わってくることは間違いありません。

そして、変えるための善い因縁を調える教えが、まさに仏教となります。

是非、仏教を学び修されていかれますことをお勧め申し上げたくに存じます。

供養は、供(とも)に仏教を養うということであると考えております。

貴女様も、また、娘様も、そして、一切の全ての者たちも、悟り・涅槃へと至れるために、清らかな善き流れに皆が乗れるようにとして供養に努めて参りたいものでございます。

川口英俊 合掌

25日前

質問者からの有り難し - お礼

柳原貫道先生へ…
2年も経つのに受け入れられなくて、気持ちが弱くなっています。
娘の姿が見えなくなっても、供養をして故人を死者として存在させているのですね。
なんとなく、頭では理解していても、辛くて暗く先の見えない長いトンネルから抜け出せません。
時間がかかりそうですが、またつまづきかかったら、ここへ来たいと思います。
ありがとうございました。                                                                                                                                    
川口英俊先生へ…
因縁とは、、先祖の代からずっと続くものなのでしょうか…
うちは、ずっと悪い事ばかり続いています。
現代にきても、その因縁から抜け出せないのは、変えようとする先祖がいなかったからでしょうか?
道に反れず、一生懸命に生きてきたのに なぜこんな苦しく悲しい事ばかり起きるのか…
仏教の学びを自分の人生に取り入れて、この先をゆっくり歩いてみようと思います。
ありがとうございました。

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