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10代の自分の煩悩について

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あまり人には言いにくいことなので、どうしようか悩んでいた時にこのサイトに辿り着きました。

お恥ずかしい事なのですが...私は「ボーイズラブ」、いわゆる男性同士の恋愛を描いた作品が好きです。
ちなみに私自身は同性愛者ではありません。

私がボーイズラブを知ったのは小学5年生のときでしょうか...その頃は同性同士の恋愛があるという事はボンヤリと認識していましたが、自分には関係のないことだと思っていました。

なので余計に、「ボーイズラブ」という概念に衝撃を受けたのでしょうね。
同性愛者として悩んでいる方には本当に申し訳ないのですが、漫画や小説といった作品を読んでいるうちにすっかりその世界にハマってしまったのです。

私はまだ学生で、しかも受験生なのですが、やはり未だにボーイズラブが好きで、暇があれば漫画を読んだり同性愛についての考えに耽ったりしてしまいます。
勉強に身が入らないことも多々あります。

世間では私のような者を「腐女子」と呼ぶのですが、腐女子はあまり良く思われておらず、蔑まれる対象にあります。
しかし私は同性愛者の方々を冷やかしたりしている訳ではなくて、純粋にボーイズラブが好きなのです。

私は自分自身がとても恥ずかしいです。
人にも自分が腐女子だとは言えません。
でも、腐女子はやめようと思ってやめられるものではないのです。
もうどうしたら良いのか分かりません。

私はこのまま自分に正直に生きていて良いのでしょうか。

長々と申し訳ありません...


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

ぬるい

友人に最っもディープな層の腐女子がいる私は立場上、腐女子を擁護せねばなりません。と、前置きしておきまして…さて…

あなたは日本文化をナメています。BL小説なんてものは遅くとも平安時代には流行っています。源氏物語にBLシーンがあって平安貴族の腐女子がたがハァハァ( ;^Д^)言っとります。腐女子どころか腐男子までハァハァ( ;´Д`)言っとりましたわ。たぶん藤原道長もハァハァ(´∀`; )しとります。
http://matome.naver.jp/odai/2134441102865690501
平安時代の女性は12〜14歳で成人です。10代でBLに関心もって何が悪いってんでしょう。

もっと言えば古事記の段階でBLが発生しています。ということは万葉仮名の成立以前から伝承(口伝)で…!!!オイィィィ!!!

江戸時代なんか枚挙にいとまが無いほどBL本が出版されてますよ。BLがダメって言われたのは明治時代の西洋化以降の話ですし。むしろ明治時代だってBLあるし。未だにあるし。私は古本屋でバイトしてましたけど、けっこう売れますし。

武田信玄なんて「いや、誤解なんだって!あの男とは未遂に終わってるから!!本当は君(男)が本命なんだよぉぉぉ!この純愛を証明するために○○神社と××神社と△△神社と………の神々に誓いを立てるから許してぇぇぇ!!!」という恥ずかしい手紙が残っています。

中にはお坊さん(男)同士が同性愛したかったけど、結ばれずに入水自殺する悲恋系BL小説があると遠い記憶で大学のゼミの先生から聞いた気がします。しかも、たしかそれ書いたのもお坊さん(男)だったハズ。
え?女犯がダメだからって男同士なら良いとでも言うのかって?既出です。遅くとも鎌倉時代には道元禅師がアホかと言っとります。探せばもっとさかのぼれるでしょう。

何が言いたいか。ニッポンは大昔からHENTAIの国です。我々のご先祖さまは同性、ロリ、タコ、幽霊、異次元ファンタジー…なんでも取りそろえています。堂々とすればよろしいとは口が裂けても言えませんが、後ろめたく思わず、上手く立ち回って下さい。そう、二重カッコで強調して繰り返します。『上手く立ち回って下さい』。

ー追記ー
あくまで『遠い記憶で書いています』ので細かい部分は信じすぎないでください。ちょっと調べなおして修正しましたm(_ _)m

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有り難し
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曹洞宗副住職。タイ系上座部仏教短期出家(捨戒済み) 最近YouTubeを...
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質問者からのお礼

私、日本文化をナメてました。
『上手く立ち回る』ことが大切なのですね。
ふざけた質問に丁寧に回答してくださって、本当にありがとうございます。
今はとても心が晴れやかです。
今日も元気にホモを摂取します。
はやく成人したいです。
ありがとうございました!

「煩悩」問答一覧

「自分の境遇」と「二次元への恋」について

お目汚しを失礼いたします。 今回、私が相談したいことは色々あります。 本当は、それに相応しい所があると思いますが どこに、それを求めれば良いのか分かりません。 ○境遇 前提として、お伝えいたします。 幼少期の頃は親兄弟ともよく接していましたが 両親が離婚したり、兄弟がほとんど働かなくなりました。 兄弟に働くように言っても、全く聞き入れません。 現在は高卒で就職して、母とともに、家賃等を支払っております。 お金が貯まったら、大学に進学しようか考えておりますが それも母に止められます。 私は家族と離れたく、一人暮らしを考えており、 母と約束もしましたが、前述から状況が拗れて本当にできるか疑問に思うのです。 本来ならば家族と向き合うべきでしょうが、 数ヶ月疎遠で、どう話せば良いのか分かりません。 ○私の能力 昔は、勉強や運動などを怠っておりました。 また、声が小さく、他人とも満足な意思疎通ができなかったりします。 なので将来について、今のままでは良くなる気がしません。 それが嫌で、私は自分の世界に閉じこもって誤魔化す日々です。 ○二次元への恋 そしてある日、私は自分の盛んな劣情を慰めるための、画像を探しておりました。 それから辿っていくと、ある方に一目惚れしました。しかも神様にです。 その方は、明るくて優しく、綺麗な方でした。 私は思い立って、その方に釣り合うように努力しようと決意しました。 その気持ちは、今までしていた恋に対する落とし前と、 好きになった方を裏切りたくないというのもありました。 また、親が私を育ててきたことに、ある種報いたいとも思いました。 そうして、願いを叶える為に勉学に励み、容姿を美しくしたつもりです。 また、これまでの煩悩なども、捨てるように努めました。 ですが、「二次元への恋」は、現実逃避の道具にして、 『それは本当の愛なのか』と自己嫌悪が多いです。 なので好きな方に対して、今後どう努力すればいいのか分かりません。 以上です。 長々しい文で、大変申し訳ございません。 ですが、あなた方ならではの、価値観でご回答頂きたく存じます。 特に「神様に恋すること」「現実から目をそらす」 「色々な欲を捨てる」「これからの人生」 の是非について知りたいです。 何卒、ご遠慮無くよろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 11
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自分の煩悩について考えました。

3月に21年間お世話になった実家を出て同棲を始めて今に至るのですが、同棲相手は金遣いが最悪で自分の貯金は底をつき、元カノを家に呼ぶために私を外へ追いやったりなどがあって、自分はすっかり煩悩の塊のようになってしまったところで、仏教の教えを改めて考えるようになりました。 煩悩をなくすことで人は穏やかな生活を送ることができると説く教えをはじめは「感情を殺すこと」「自己を抑えてうまくやり過ごすこと」と思っていたのですが、ネットや日本史の教科書で仏教について、歴史や自分の宗派である曹洞宗の成り立ちや考え方について知るうちに、「煩悩をなくす」とは煩悩を完全に失くすことではなく、「煩悩と向き合う自分を作ること」だというところに行き着き、自分のためにというのはもちろんなのですが、自分に関わってくれる人たちなど周りに安心や幸せを与えられるということだと思ったのですが、これは実際の仏教の教えとは違うのでしょうか。 今自分は「自分の幸せのため」にあたたかい人間関係を築くことや、自分が心から幸せに思うため、自分をまず見直したいと思っています。 その手始めとして、今ある生活は話だけすると確かに最悪なのですが、それでも楽しくないわけではないので、この同棲生活をより良くしたいと考えていますが、私のこの煩悩についての考え方はまた違うものなのでしょうか。 ご教示よろしくお願いいたします。

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知識欲は煩悩なのでしょうか

私は人文系の学問を勉強している大学生です。私は高校生の時に勉強の面白さに目覚めて以降、現在まで自らの知識欲に任せるままずっと勉強に自分のすべての時間を捧げてきました。とりわけ私が時間を捧げているのは西洋哲学、イスラーム学、近代日本文学そして語学です。  学問というのは恐ろしいもので一つを知ると十の分からないものが現れ、学びたいものは指数関数的に増えていきます。そしてゲームやギャンブルと違って飽きるということも無いのです。私は今まで好きなだけ勉強してよいという学生の特権に任せて非常に幸せな時間を過ごしてきました。しかし、周囲から就職の話がぽつりぽつりと聞こえてくる時期になり、将来を考えるにつけて自分に残された時間のことを考えるようになりました。    まだ数十年の時間が残っているとはいえ就職したら自分の時間はぐっと減るでしょうし、年を取るにつれ記憶力も減衰していってしまうことを考えると残された時間は私が学びたいものを学ぶのはあまりにも短すぎます。自分が「まだ勉強したい」と思い続けながら死んでいくのかと思うとなんとも言えない恐ろしさを感じます。    物欲や色欲といった煩悩なら執着を捨てることもできそうですが、知識欲は同じ「欲」でも他の煩悩とは明らかに違った性質を持っているように感じられます。仏教でも「一切の欲を捨てよ」と説くと同時に、膨大なお経を勉強することはむしろ推奨されるのがその一例かと思います。  しかし、知識欲も人を苦しめるという点では煩悩と同じです。勉強の中で自分の思考の深化と相対化に喜びを感じる時に、これから学びたいことを考えていつも絶望してしまうのです。でもだからといって私には「学ぶことをやめるべきだ」という結論は出せません。「学ぶ」ということは何にもまして崇高で、私にとっては人生の意味そのものです。  私のこの恐怖はどうやって解消すればいいのでしょうか?  仏教を勉強されている皆さんなら欲と学びというジレンマについて考えたことがあるのではないかと思い、このサイトに投稿させていただきました。  長くなってしまいましたが、私からの質問をまとめると以下の2点になります。 ・知識欲は捨て去るべき欲なのか ・知識欲が捨て去るべきでものでないのならば、知識欲からくる苦しみはどうすればなくすことができるのか

有り難し有り難し 41
回答数回答 4

プライドの煩悩と能力を反比例させるには。

1、これまで出会ったデキル人達は、在家も出家も 男性も女性も 総じてプライドの煩悩も強かった気がします。他を見下している人も多かったです。攻撃的な性格の人も多かったです。 有能、優秀で、実績もあり、容姿も優れ、尚且つプライドの煩悩もない、もしくは平均よりだいぶ少ない人物を ご存知のかたいましたら、ぜひ教えてほしいです。こっそり尊敬してお手本にします。 2、読み物を読む限りは、お釈迦様はプライドが高いように感じられるのですが、皆さんはいかがお感じですか? 実際にはお釈迦様は無上の悟りを得ておられるということは、プライドの煩悩も皆無ですよね? プライドが高いかのように描かれているのは書き手の技量不足によるものですか?  3、プライドの煩悩を弱め、最終的には消すための具体的方法をご存知のかた居ましたら、教えてほしいです。 また、実際にプライドを弱めることに成功した体験者のかたいましたら、ぜひ体験談や修行方法を教わりたいです。私も修行に励みたいです。毎日の八正道の実践は正直難しいなぁと感じていますが、難しいなりに心がけてはいます。私は怠け者なので、正精進するだけでも、プラスの効果を感じております。アドバイスくださったお坊さん、有り難うございました。

有り難し有り難し 22
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