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仕事の決め方

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僕は今就活中なのですが未だに何の職業に就けばいいか分かりません。

去年も就活したのですが、ただ理由もなく地元というだけで企業を決めました。

一生続けられる仕事や自分に合ってると思う仕事や面白い仕事をやるなど色んな情報があるのですが、どれもピンとこないのです。

自分を変えたいと思いもあり、ますますわけが分からない状態です。
お坊さんたちはどうやって仕事を決めましたか?


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お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

育てられて

私は昔から興味のあった、建築やインテリアデザインの仕事にあこがれて、浄土真宗の大学を中退して建築の専門学校へ行きました。建築をかじっていると実家の庫裏を改修するのにアドバイスしてほしいと言われ帰省し、片付けの合間にお参りのお手伝いをしていました。

そんな中、あるご門徒様に「私が死んだらあなたがお葬式でお経を読んでね」と言われました。
「えぇ!!」っと思いましたが、何しろ継ぎたくなかったので「まだまだ長生きしてね」と笑って流しました。でもその言葉が引っ掛かり、結果として自分が必要とされていることの有難さを教えて下さったご門徒様の為に住職になる決心をしました。

自分の一生を決める就職!と意気込むと、これでよかったのかな?と後悔する気持ちも大きくなるかと思います。
でも、物事はコロコロ変わっていくものですよ。

やりたくなかったことも、それが今では生きがいになっていることだってあります。
色んな仕事をして、色んな人に出逢って、色んなことを教わって、人間は熟成していくのです。
とりあえず就職したって罰は当たりません。その中で沢山のお育てに遇いながら、次のステップを探し、そのままで行くのか、はたまた違う道を選ぶのか、決定権はあなたにあります。
あなたの人生です。成功と見るか失敗と見るのかすらあなたが決めるのですよ。
言い換えれば、何を選んでも、ゆうさんが良かったと思えれば、それでよいのです。
どうぞ、沢山のお育てに遇って下さいね。

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有り難し
おきもち

みなさまこんにちは。 浄土真宗本願寺派の緇川(くろかわ)と申します。 島根県のお寺で、住職と本願寺派の布教使、また保育所の理事をしております。 三人の子ども(長男、長女、次女)の育児や、保育所での子どもたちとのふれあいを通して、日々のお念仏のお味わいを深めています。 妻も同じく、本願寺派の布教使です。夫婦で力を合わせながら、少しでも皆さんに浄土真宗のお念仏を味わっていただきたいです。 皆様のお悩みに少しでも寄り添えればと思います。 南無阿弥陀仏

私の場合

こんばんは。亀山純史です。

私は浄土真宗本願寺派の僧侶ですが、兼業寺院のため、公立高校で教員もしています。
私は寺院の長男として生まれましたが、中学時代までは、将来お寺を継ぐことに対しては、漠然と考えていただけで、あまり深く考えたことはありませんでした。そんなわけで、私自身、高校は寺院の長男でありながら、カトリック系の学校へ進学しました。しかし、そこでの生活を通して、私自身、宗教というものを考えるようになり、高校卒業後は、自らの志望で龍谷大学文学部仏教学科仏教学専攻(インド哲学ゼミ)へ進学しました。学部時代には、兼業のための進路として、社会科の教員免許を取得しましたが、私の地元(岩手県)の教員採用試験は不合格でした。そこで、大学卒業後は同大学の大学院(仏教学)へ進学しました。そして大学院時代には、今度は仏教学の専門講義とは別に、英文学科の講義をも聴講し、英語科の教員免許を取得しました。そのために、大学院時代は、サンスクリット語、パーリ語、そして英語、という語学漬けの生活を送りました。幸い、2年後に地元(岩手県)の公立高校に勤務することが出来ましたが、それと引き替えに、修士論文を作成するだけの時間がなく、大学院は中退しました。

言うまでもなく、私自身、将来は英語の教師になるべく、仏教学科に進んだわけではありません。英語の教員としては遠回りというか、畑違いからの進路です。一方、僧侶ということから見れば、仏教の勉強を私の中で完結させることが出来なかったと言えます。しかし、今、私はこれで良かったと思っています。それは幅広く物事を見ることが出来るからです。

進路はどうなるのか、それは誰にもわかりません。さまざまなご縁のもとに進路は決まって行くのでしょう。現在、こうして私自身hasunohaというサイトでお手伝いさせていただいているのも、そのようなご縁があったからのことです。どうぞ、ご縁を大切になさってください。

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おきもち

hasunohaを訪れてくれた皆さん、こんにちは。私は浄土真宗本願寺派の僧侶です。令和6年3月に、公立高校の教員を勧奨退職しました。その後、縁あって、令和6年4月からは「まちサポ雫石」というNPO法人のお手伝い、また、令和6年10月からは公立高校の非常勤講師をしています。 浄土真宗における僧侶は、仏さまの教えに生き、その教えを伝える者であり、人を悩みから救う能力を有した者ではありません。人の悩みを救う救いの主は阿弥陀さまです。ですので、hasunohaにおける私の回答では、仏さまの教えに救われているこの私の生き方、考え方を、皆様にお見せするだけです。そして私自身、お答えできるご相談の範囲はそう広くはありませんが、皆様のお役に少しでも立てればと思い、回答させて頂いております。

焦らず自分と向き合えば、向いている仕事が見つかります。

私は、僧侶になる前に書籍制作の会社に勤めていました。その時の会社選びの決め手は「本が好き」だったからです。

それまで、アルバイトもさほどした事がなかったので、自分に何ができるのか、自分に向いている事は何か、まったくわかりませんでした。それでも、10年間勤めているうちに、様々なことが身に付き、それは、僧侶となった今も、とても役に立っています。

世の中には、想像を絶するほどたくさんの仕事があります。その中で、自分に一番向いている仕事が何かなんていうことは、就活中にわかるものではありません。

終身雇用の時代ではなくなった今、転職だって視野に入れながら、焦らずに仕事を探してみてください。
そして、選んだ仕事を、精一杯頑張ってみてください。
きっと、その先に道は開けてきます。

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おきもち

浄土宗の佐山と申します。 浄土宗教師の資格を得たあと、10年間のサラリーマン生活ののちに、この羅漢寺にお世話になり、2014年に住職として晋山いたしました。 現在は、「ここより」というサイトの編集長を務めています。 まだまだ悩める道の途中ですが、少しでも皆さまの力となれるよう、がんばります。

できることベースで自分を育てる。

学生の部活など好きなことや、やりたいことが継続のモチベーションになりますが、仕事とは他者からお金をいただくことになります。

自分の都合や好き嫌いが、他者にお金を払う価値を持たせられるかと思うとなかなかお金を稼ぐのは難しいです。

今は職業の幅も広がり、転職も珍しくないです。
やりたいことベースで探して情熱が持てなくなってやる気がなくなる道もありますが、「できること」ベースでやっていき愛着を徐々に育てる道が長続きしまり、経験が積み重なることが多いと思います。

ちなみに、僧侶は職業でなく生きざま(お布施は教えに対していただくものを僧侶が預かる)という立場ですが参考になれば活用ください。

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おきもち

hasunohaに出会えた私は幸せ者。地方の町の小さなお寺に居ます。カニとおろし蕎麦と水ようかんが美味しいですよ。街のイルミネーションはまぶしく、人混みは得意じゃないけれど、ここでの対話があるから孤独じゃない。ありがとう。
一人だけで抱えられるほど軽くないのがイノチ。僧侶となって40年経ちました。 社会福祉士、公認心理師として社会では働いてます。事業や組織を背負うと言えないこともあるけど、仏教を背負うと語る内容も変わります。悩みなくても話してみたいときは相談ください

私はいろんな分野の会社に就活しましたが、一番最初に内定を出してくれた所に決めました。
当時の私は特にスキルがあるわけでも無く、どこでも何でもやってやろうという気持ちだけでしたからね。仕事は様々あり大変でしたが後悔はありません。むしろ色々と私的なわがままも聞いてくれて感謝しています。

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おきもち

私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答していますが、無知未熟ゆえに質問を読ませていただくことしかできないことも多々ありますがお許しください。 回答は私個人の意見や解釈もあり、場合によっては浄土宗の教義とは少し異なることもあるということをご了承ください。 また、寺の紹介ページに電話相談についても紹介していますのでどなたでも気兼ねなくご利用ください。 ハスノハのお坊さんがもっと増えますように。 合掌 南無阿弥陀仏

質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。
皆さんの回答を参考にして焦らず就活したいと思います。

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