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両親を看取って燃え尽きた気がします

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有り難し有り難し 47

十数年に渡って両親の介護をしてきました。

父は9年前に亡くなり、母を今年5月の下旬に看取りました。
自分でも悔いのない介護を全うできたと思っています。
とても重要な学びを得たと思います。

でも、すべての手続が済んでから、やり遂げた思いが徐々に
辛さに変わってきています。多分これが燃えつき症候群だと
思うのですが…。

持病のせいもあって、体調が悪いのはもちろんですが、
やりたいことがあったはずなのに、どうしてもその気力が
湧いてきません。

誰かのためになることをすれば、最も心が満たされるのも
わかります。でもその力が出てきません。

家族ほぼ全員の生涯を看取ると時々どうしようもない
虚しさを覚えることもあります。

今後私はどういう余生を送るべきか?人のために生きる力を
取り戻すのにどうすればいいでしょうか?

ご教示いただけると幸いです。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

人生を振り返りながら、あなた自身の人生へと、新たな道を。

そうですか。。。ご両親を、長年に渡って、介護し 看取られたのですね。十数年間。本当に、ありがとうございます。ご両親は、あなたに感謝なさっているでしょうね。人生の最期に、あなたがそばにいて。

介護生活も、いろんなことがあったのでしょうね。あなたの生活リズムは、ご両親の介護のためにあったのでしょうね。
思い残すことはないと納得出来ても、これからを誰のために生きたらいいのか、そんな想いから ときには虚しさがあるのでしょうね。

ご両親は心の中に、いつまでも あなたのそばで。今度は、あなた自身の人生と共に、生きたい、あなたの生きる道を見守りたいと思っていらっしゃるのではないでしょうか。

今すぐ、変わっていけるわけではありません。そんな簡単に、気持ちを切り替えるのは難しいでしょうけれど、あなた自身の道を探す旅に出ませんか。私というものを、大切に見ていきませんか。あなたの生活の中で、人との関わりに目を向けていきませんか。私のやりたいことはなんなのか。あなたの生きてきた道を、誰かに話せる 振り返れる 偲べる そんな出会いも、また前に進むために必要かも知れません。
私にメールをくださっても構いません。

今までの人生を振り返りながら、親と共にの人生から、あなた自身の人生へと、新たな道を見つけていきましょう。

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個別相談可能
はじめまして(*^^*) 中田みえです。 教善寺 住職として、母親として、慌ただしく過ごしております。 ◆ゲートキーパー ご相談 駆け込み寺 (訪問は要予約。まずはメールでお問い合わせください) ◆ビハーラ僧、終末期ターミナルケア、看取り、グリーフケア、希死念慮、自死、産前産後うつ、育児、DV、デートDV、トラウマ、PTSD、傾聴、手話、要約筆記、電話相談員、小学校支援員としても、サポートしています。 ◆一般社団法人『グリーフケアともしび』理事長 【ともしび遺族会】運営 毎月 第1金・昼夜2回開催(大阪駅前第3ビル) 14:00〜,18:00〜 お問い合わせ申込⬇️こちらから griefcare.tomoshibi@icloud.com *この活動は皆さまのご支援により支えられております。ご協力をよろしくお願いします。 ゆうちょ銀行 口座番号 普通408-6452769 一般社団法人グリーフケアともしび ◆『ビハーラサロン おしゃべりカフェひだまり』 ビハーラ和歌山代表 居場所運営 問い合わせ申込⬇️こちらから griefcare.tomoshibi@icloud.com ◆GEはしもとサピュイエ 所属 (Gender Equality 誰もが自分らしく生きることができる社会をめざして)DV・女性支援 ◆認定NPO京都自死自殺相談センターSotto 元グリーフサポート委員長(2018〜2024) ◆保育士.幼稚園教諭.小学校教諭. レクリエーションインストラクター 10年間 保育 教育の現場で 総主任として勤めた経験も生かしつつ、お話できることがあれば 幸いです。 いつも あなたとともに。南無阿弥陀仏 ここでは、宗旨を問いません。 まずは、ひとりで抱え込まないで。 来寺お問い合わせは⬇️こちらから miehimeyo@gmail.com ※時間を割いて、あなたに向き合っています。 ですので、過去の質問へのお返事がない方には、応えていません。お礼回答がある方を優先しています。 懇志応援も宜しくお願いします。 ※個別相談は、hasunohaオンライン相談より受け付けています。お寺への いきなりの電話相談は受け付けておりません。また夜中や早朝の電話もご遠慮ください。 法務を優先させてください。
午後から夜の時間帯は都合がつけやすいです。特に21:30以降は、たっぷりとした時間が取れます。 ◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。 言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。 ◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。 ◆個別電話ってドキドキして勇気のいることだけれど、声が届くから、聞こえてくるから、ちゃんと繋がっているようで、そばにいるように安心出来ることもあります。 ◆ 終末期ターミナルケア、看取り、希死念慮、自死、グリーフケア、トラウマ、PTSD、子育て、産前産後うつ、不妊、傾聴、手話、要約筆記者 としても、サポート ◆出来るだけ希望時間にお応えしたいと思いますが、午前中は毎日 法務があります。 (相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので) ◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )

故人と共に生きていくー故人との関係の再構築

こんばんは。亀山純史と申します。

アイルランド出身のジョージ・バーナード・ショーの名言のひとつに、「人生には二つの悲劇がある。一つは願いがかなわぬこと、もう一つはその願いがかなうこと。(There are two tragedies in life. One is to lose your heart’s desire. The other is to gain it.)」という文言があります。「その願いがかなうこと」とは、もしかしたら、燃え尽き症候群を指しているのかもしれないと、今回のご相談を読んで思いました。(今回のご相談での、その願いがかなうこととは、介護が全うされた、ということです。)
さて、燃え尽き症候群に限らず、生きていく上での支えとなる人の喪失によって、私たちは気力を失い、何もする気になれなくなるものです。このような症状からの回復には、あなたと故人との関係の再構築が必要だと思います。今までは、話をしたければいつでも話が出来た。顔を見たければ、いつでも行って見ることが出来た。そのような関係から、今度は、「目には見えないけれども、いつも浄土より私のことを見守ってくれている。」あるいは、「心の中で私と一緒に生き続けてくれている。」などと、故人との関係を作り直すことです。そうすることが、生きていく上での支えとなる人の喪失による無気力感からの回復に繋がっていくことでしょう。ただ、それには時間がかかるかもしれません。でも、焦らないことです。故人との関係が深ければ深いほど、その関係の再構築には時間を要すると思います。頭では「いつも私のことを見守ってくれている。」と思っても、それを自分の中にスーッと落とし込むには、時間が必要でしょう。人生の二つの悲劇。「願いがかなわぬこと」と「その願いがかなうこと」。しかし、そこから新たなる生き方が見いだされることは、悲劇ではないでしょう。

以上が私からの回答です。これからの人生が亡きご両親とともに歩まれることを願っております。

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hasunohaを訪れてくれた皆さん、こんにちは。私は浄土真宗本願寺派の僧侶です。令和6年3月に、公立高校の教員を勧奨退職しました。その後、縁あって、令和6年4月からは「まちサポ雫石」というNPO法人のお手伝い、また、令和6年10月からは公立高校の非常勤講師をしています。 浄土真宗における僧侶は、仏さまの教えに生き、その教えを伝える者であり、人を悩みから救う能力を有した者ではありません。人の悩みを救う救いの主は阿弥陀さまです。ですので、hasunohaにおける私の回答では、仏さまの教えに救われているこの私の生き方、考え方を、皆様にお見せするだけです。そして私自身、お答えできるご相談の範囲はそう広くはありませんが、皆様のお役に少しでも立てればと思い、回答させて頂いております。

質問者からのお礼

「その願いがかなうことも悲劇」というのは深い言葉ですね。

燃え尽きないように、前もっていろいろ準備はしていたつもりでした。
死ぬまで好きな絵を描き続けたいというのも大きな目標ですし、すでに14年書き続けているブログに両親の思い出を書きつづることも供養かと考えております。一度本にまとめようかと思って試みたのですが、膨大すぎて諦めました。

介護関係や障害を持つ方に向けてやりたいこともあるのですが、いかんせん身体がついてきてくれなくて、2、3時間なにかをすると疲れてしばし横になる繰り返しです。

うちの両親は徳の高い人たちだったと思います。だから死後に偉大さを痛感することが増えました。でも介護のあいだに歳もとりましたし、肉体的にもガタがきていますし、昔と同様に動けると思うのが間違いなのですよね。

どの辺で妥協して優先順位をつけて動けるかが課題かもしれません。
人生に正解はないと思いますし、私はどこまでも納得解を求める人間なので、悩みやすいのかもしれません。

もしかすると、メールでご相談させていただくかもしれませんが、その時はどうぞよろしくお願い申し上げます。

含蓄のあるご助言をどうもありがとうございました (^_^) お二人とのご縁に感謝致します。

(両親の死後にとりわけこの「ご縁」を感じることが増えた気がします)

とても穏やかで安らかな両親の臨終に立ち会って確信したことがあります。人は誰でもこの世で果たすべき役割を持って生まれてきて、苦悩しながらもそれをやり遂げた時に、ご褒美のようにああいう安らかな死を迎えることができるのだろうな、ということです。
お役目はそれぞれに違って、ごく普通に家庭生活を送ることだという人もあるでしょうし、それこそ国や世界をどうこうするような大きなものを背負った方もあると思います。でもそれをきちんと果たして初めて今生の課題が完了したことになるのかな?と。それとあの世は画像編集ソフトの非表示になったレイヤーみたいだな、と感じています。見えないけれども、重なっていて確かに存在するという…。
うちの両親は思い残すことがないのか、夢にも出てきてくれませんが、私の中では今も変わらず生き続けています。私を形成する思考などの大きな遺産を受け取ったと感じます。一休みして充電できましたら、それをまた活かせるように道を探していきたいと思います。
どうもありがとうございました。

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