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自分のしたことが惨すぎて、償えそうにありません

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先日、母が自死しました。
親友にも打ち明けられません。
ここを頼るのも恥ずかしいのですが、どうかどなたかお読みいただけないでしょうか。

数年前、私は母の具合が長年に渡って悪いことを知っていたにも関わらず、父に面倒を押し付け実家から20分ほどのところで一人暮らしを始めました。実家からの連絡は基本無視に近い状態でした。

何故そんなことをしたか、私にも理由と呼べるものが一応あることはあるのですが、詳しく書くと4000字を超えてしまいます。
父がありていにいうと毒親で、私が一人暮らしを始めるまで父から受けた暴力(主に精神的なもの、私に至っては性的なものもわずかに)を家族内で発散してお互いをいじめあう状態が続いてきた、という感じです。

連絡を無視する自分をどんな理屈をつけてでも正当化していき、ノイローゼの悪化した母が自死した当日の連絡も無視、母と対面したのはすべて終わった後でした。

葬儀後家に帰り、久々に母の部屋を訪れるも荒れきった室内にズタズタになりました。テーブルに置かれた「◯◯は裁かれる」というタイトル(特定避けのため言葉を変えています。◯◯には私の名前が入ります)の本を見つけて、青ざめました。
当然だ、私を恨みながら死んでいったんだ
荒んだ心をこんなもので埋めていたんだ

ここでようやく私は母を見殺しにし、虐待死させたのだということを実感し始めました。

残ったのは父と私。
許してくれと泣き叫び、追い詰められ辛かったと告げる父。
彼氏と結婚してお父さんと一緒に住む、3人で家族を作ろう、そう言いました。
父は泣いて喜びました。

でも本当は
母を助けたかった
なのにいじめて、見殺しにしてしまった
父の暴力に屈し怯えて、代わりに優しく弱い母に恨みをぶつけた

弱い
私は弱い鬼畜です

これから徐々に冷静になっていくとは思います
自分のしたことを振り返り、きちんとすべて認めたい
でも供養、弔い、そんなこともう私にする資格がない

お母さん
戻りたい
どこにでもいる 親子のように
仲良しこよしの普通の家族
してあげられなかった
顔を見せて 声をかければよかっただけなのに

うまくまとめきれず乱筆乱文で申し訳ないです。
何でもいいのでお言葉を頂ければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
長くなりましたが、お読みくださって、本当にありがとうございました。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

つらいこと一つひとつが心の栄養に変化していく。

この度はお母様の死、心よりお悔やみ申し上げます。
拝読させていただき、艱難辛苦の中でよくぞ打ち明けられました。ご自分の中だけで収めるには相当お辛く、懺悔のお気持ちを聞いてほしいというお心、受け取りました。

まずご自分を悲観されないように心してください。

後悔の念が強くなりますが、後悔はここまでにしてください。
例えば、お茶碗を割ってしまい、そのカケラを集めたところで、どうしようもないのです。
人は前を向いて歩くことを恐れてはいけません。重たい荷物を背負いながら、歩くことは疲れも倍になってしまいますよね。

供養をすることは尚のこと、資格はあるのです。心の中で日々ご供養をしていくことで、100日いや一年あたりから少しずつ懺悔の意味深さが供養の形となり、心の整理がついてきます。

大切なのは、悲観されないことです。
弘法大師のお言葉にこのような言葉がございます。
「眼明らかになれば、途に触れて皆宝なり」
この言葉の意味は、心が暗いときは、すべてのものごとが災いと見えてしまい、しっかりと目を逸らさずに、向き合うことが慈悲という心の栄養を育てることになるということを表しています。

今、たまさんは汚れた心の人間なんだと思っていませんか?
汚れた心があるから、人は清らかな悟りへと導かれていくのです。

まずは心の休息をされてください。お母様は仏の世界より立派になるたまさんのお姿を見てくれています。安心を。

合掌

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有り難し
おきもち

祈るこころに佛心が宿る。 変化多き時代を生きる私たちにできること、それは...
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質問者からのお礼

お礼が遅くなってしまって申し訳ありません。

投稿の後すぐに回答をくださって、ほんとうに有難うございました。今日まで事あるごとに読み返し、その度に励まされ、救われています。

ようやく気持ちが落ち着き始めて、今更ですがお礼を書き込みに参った次第です。

母が自死してからもう少しで5ヶ月が経とうとしています。
後悔は尽きませんし迷うことも多いです。前を向くのが難しいです。
でも最近になって、辛くても母の死と向き合い母の供養となる生き方を私なりに模索していこうと、そう思うようになりました。

太慈様、また有り難しを押してくださった皆様、本当に助けられました。有り難うございました。また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。

「身近・大切な人が自死・自殺」問答一覧

自死した両親への思いについて

初めて相談いたします。 自死で亡くなった両親のことについてです。 私の両親は3年前に自死で亡くなりました。 両親は米農家を営んでおり、3きょうだいの末の弟があとを継ぐ予定で一緒に住んでいました。 2021年6月9日、弟からlineで「2日前に出かけた両親と全く連絡がつかない。どこに行ったかもわからない。」と連絡があり、警察に探して頂いたところ、町外れの山中で2人共亡くなっていました。6月7日の朝出かけたあと、昼頃に自死したのではないかとのことでした。 後の警察の事情聴取では、父が地域やJAの役員活動が大変だと話していたこと、母の両親が貯蓄を使い込みお金の援助を求めてきていたこと、ちょうどコロナ禍で私も妹もなかなか帰省できず、友人に会うことも難しく寂しがっていたことなどがわかりましたが、日記や遺書もなく決定的な理由はわからずじまいです。 亡くなる2日前に母と電話したときにもいつもと変わらない様子だったように思えました。 急な別れだったため3年たった今でもなかなか心の整理がつかず、ふとした時に両親が何について自死するほど悩んでいたのか、私に何かできることはなかったのか、と考えてしまいます。 また1年前に私に子供(両親にとっての孫)ができたのですが、他のお母さん達が大変なときに実家を頼れることがとても羨ましく思えます。 やっぱり子育てについてもっと気軽に相談したかったし、助言や手助けしてほしかった。 私の子供が私の両親に会いに行くことはできないんだと、育児に少し疲れたときに涙が出てしまいました。 なんともいえないこの気持ちにも、いつか折り合いをつけられるのでしょうか? ひとりの大人として、親として、がんばっていくしかないとわかってはいますが、もっと両親に頼りたかったと思うのは甘えでしょうか? 長文、乱文を失礼しました。

有り難し有り難し 9
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どこまで援助するべきなのでしょうか。

度々、失礼します。 亡き妻の前夫の子が二人、実の子二人がいます。 長男について悩んでます。 長男は昔から調子に乗りやすいタイプでした。何度も何度も、調子に乗るなと、言い聞かせて来ましたが、反省してもすぐ元に戻ってしまいます。 妻が生前言ってきた「我が家は下もいるから大学まで行った分、少しずつ返金してね」と。就職後、お金が入ると、ろくに貯金もせずに飲み会に参加してました。税金も滞納したり…。 そんな長男も彼女ができ、やがて結婚しました。子供も二人できて、少し大人になったかなと安心してました。それが貯金もなく、大学費用の返金も口だけで滞る日々。 コロナ禍で結婚式は延期してましたが、ちやほやされたいタイプなので、結婚式をしたいと言い出しました。結婚時、結納金を出す約束はしてたので、準備はしていました。 そんな状態でしたが、こどもができれば、新車には乗りたい、家族旅行には行きたい、広いアパートには住みたい、結婚式はやりたい…。貯金は僅か。御祝儀と両家の援助頼み。日程も会場スタッフの言いなりで、家族の予定も聞かず予約してました。5月に控えた結婚式を前に今度は、120万貸してほしいと。自分でローンなどは組まず、都合良い解釈で親から借りようと考えたようです。 大学費用は滞っているにも関わらず、費用120万貸してほしいとなどと、呆れています。ここは心を鬼にするべきか、120万を貸した方が良いのか…。どうしたらいいかわかりません。乱文で申し訳ありません。助言お願いします。

有り難し有り難し 10
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部長として友人として、どう反応すべき?

先月先輩が引退してから高校ダンス部の部長を務めています。 私たちは部員不足に日々悩まされており、自分の学年などは私が入部した時学年1人(私だけ)の様相でした。頼み込んで仲の良い友達数人に途中入部してもらって、彼女たちも部活を気に入ってくれている状態で今に至ります。 深刻な人数不足解消のため、もともと私たちの学年で新歓の呼び込みを頑張ろうねと言う話は、前々からしていました。 ここからが本題です。最近、発表に惹かれたと言ってくれた同級生の子たちを、同期の子たちがすごい勢いで呼び込んでいるのです。 SNSで未経験でも大丈夫!最高学年から途中入部でも平気だよ!というふうに入部を呼びかけていて… ほぼ入部を心に決めた子もいると聞きました。 彼女たちが本気で部活の現状を憂いてくれているのはわかるし、皆がうちに興味を持ってくれること自体はとても嬉しくありがたいことなのですが、最高学年(しかも未経験で振り付けも技術も一から教えなければならない)が何人も部活に入ってくることになります。自分達の練習と後輩の指導に加えてさらに仕事が増えるのは明白です。 それに、最高学年の段階で入ってきてくれたとて、今年には引退なので、未来の部活のため、後輩のためにはならないのです。 同期たちが指導を担ってくれるならまだしも、彼女たちは兼部で、もともと出席率が低めです。しかも同学年の中で振り付けを完璧に覚えているのは私ともう1人の子だけなのです。(その子は勧誘活動していません)私たちに負担が集中することは目に見えています。仲の良い訳ではない同学年の新入部員。指導は手に余ると感じてしまいます…。 同輩たちを無責任だと思ってしまう心の狭さに自己嫌悪しかないです。私は沈んでいく船の修理を拒む老害なのでしょうか。 引き継ぎ以降どんどん積み上がっていく部長の仕事にただでさえいっぱいいっぱいなのに、新しい頭痛の種に耐えきれません。 勧誘をやめてなどと言って私が新しい子達を拒絶しているのがバレて、軽蔑されるのが怖いです。だって同輩たちが部のためを思って善意で勧誘活動をしているのは見ればわかるのです。 この気持ちが排他的で自己中で食わず嫌いで、とにかく最低なことはわかっています。でも心がついてこないのです。自分を納得させる方法か、同輩への伝え方のご助言いただきたいです。

有り難し有り難し 19
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彼の自殺と苦悩

先日、こちらで彼が、わたしと何か言えない事情で別れようとしている、という件についてご相談しました。 その彼から、 わたしとは無関係の、わたしに言えない、彼の抱える問題のために別れよう。他の人と幸せになって。自分問題には巻き込めない。という言い方で別れを告げられました。泣きながらでした。 今住んでいるアパートからはいなくなる、とも言っていました。行き先は言えないと。最近部屋の掃除をしていたので、引っ越し準備だと理解しました。 私のことは大好きだから、俺の問題に巻き込めない、と苦しみながら頑なに言うので。なぜ、どうして、と何度も食い下がるのはやめました。お互いそれなりの年齢なので、背負うものもある、こういうのも人生なのだ、と、思いました。 でも、別れを受け入れるかわりに、 別れるならお互いの気持ちが落ち着いたら友達になろう。 どんなにつらい事があっても生きよう、お互い何かあれば声をかけあい、孤独にはならないようにしよう、 とわたしは言い、彼は頷いてくれました。 その日は別れることに納得したつもりで帰りました。 それでも、翌日に未練が湧いてきました。あまりに未練がましく言うのはいけないが、もう一度だけ食い下がってみよう、と。電話をかけたら、電話が繋がらなくなっていました。 そして、そのあと、彼が自死したことがわかりました。 なぜなぜなぜ、と。片付けしていたのは死ぬためだったのか、と。やむを得ない事情って何?!と。絶対別れないと言えば良かったのか、と。わたしに幸せになれ、と言ってもこんな最後では無理だ、とか。 過去の彼の発言一つ一つを思い出し、脳内が暴走します。 ぐちゃぐちゃと脳内が混乱して、受け止めれないし、彼の旅だったところへ、同じ場所、同じ方法で追えば会えるのだろうか、後を追いたい、とか。 しっかりしろ、と自分に言い聞かすのだけど、疑問、喪失感、自責の念、やり場のない怒り、色んなものが渦巻いて。苦しくて苦しくて、苦しくて苦しくて。 辛いです。辛くてたまりません… 助けてください。。。どうすれば良いのでしょうか。

有り難し有り難し 6
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私の誕生日前に義弟が自殺してしまった

はじめまして。よろしくお願いいたします。 先日、私の誕生日の4日前に、主人の弟が自殺で亡くなりました。 私はいわゆる機能不全の家庭で育っていて、自分の家族とは絶縁しております。私の誕生日は10歳でなくなりました。母親と同じ誕生日で、母親がそれを嫌がった為です。 そんな境遇を知っている主人は、出会ってからずっと私の誕生日を大事にしてきてくれました。今回のことがあって、この先私の誕生日が主人にとって辛いものになるのではないか、という不安があります。 義弟の葬儀は家族葬で、お義母様のご意向で他の兄弟の配偶者達も参列せずに行われました。ですが、これからの法事には長男の嫁である私は参加しないわけにもいかないと思います。するとどうしても誕生日前後に法事がはいることになるかと思います。 私は祝われないことは慣れていますので問題ありません。ですが主人は昔から私が自分の誕生日を何とも思っていないことを悲しんで、特別な日だよ、君が生まれた大切な日だよ、と毎年少しでも私を喜ばせようとしてくれていました。 なのでこれから毎年、主人が弟を思い出し悲しむ気持ちと、私への申し訳なさの板挟みになるのではないか、と不安に思っています。 そして、そう不安に思うのに、自分の誕生日になど何の意味もないと思ってきたはずなのに、ここにきて少し寂しいと思ってしまっている自分がいます。 2人で笑い合って楽しい1日を毎年過ごさせてもらっているうちに、いつのまにか楽しみになっていたのだな、と気付かされました。 祝ってほしいとかではなく、あの楽しい日がなくなってしまう、ということに心がついていかない、というような感覚です。 言葉を選ばずに言いますと、期待しなければ傷付かずに済む、と凍らせた心を、何年もかけて温めてもらい、やっと楽しみに思えるようになったのに、また心を殺さなくてはならないのか、というような…。 義弟が亡くなったことは心から悲しく思いますし、恨むであるとかそんな気持ちは微塵もありません。 主人に大切にしてもらっているうちに私は相当な甘ったれになったようです。もう一度心を殺せる自信が今の私にはありません…。 でもこんな私を愛して大切にしてくれる主人の気持ちに寄り添い、私になど気を遣わせず、この先ずっと共に義弟を偲んでいきたいのです。 私の性根を叩き直すようなお言葉をいただけませんでしょうか。お願いいたします。

有り難し有り難し 17
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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ