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生き方・生きている意味が分かりません。

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私は今水商売と普通の仕事をしています。水商売を辞めたいのですがお昼の仕事だけで生活するのは不可能な状況です。水商売をしていても余裕な生活ではなく貯金ができなくて将来の為の貯蓄がまったくできていません。水商売をしていてももう頑張れないのです。水商売をするようになって男性が嫌いになりました。ですが、今の私にはそこで働くことしかできないしそうでないと生活ができません。
そして、年金引き上げとかそのような話を聞くと将来不安しかないのです。税金などを支払っていると結局手元に残るお金は少なく、なんの為に生きているんだろうと思います。私はすごく心配性で、人生100年時代と言われている今、きっと年金だけでは生きていけないから貯蓄をしないといけない、でも今の生活に必死で貯蓄なんてできない。こんなに働いているのに・・・とこれからの人生になんの希望もありません。こんなにしんどい思いをしてまでなんで生きていかないといけないんだろうと思います。生き地獄のような感じです。周りの友達は結婚や出産ブームで幸せそうで、私が心配性というのもあるのですが、なんで私だけこんなに悩みや苦労がつきないんだろうと負のオーラが自分からでていてそこからまた負をよんでいる気がします。

また、結婚して子供を産んでも、その子供が大人になったとき日本の経済はきっと今よりも悪くなっているだろうし、AIの進化で今ある仕事がなくなって、(例えば事務とかスーパーのレジなど)仕事で求められることは今よりハイレベルなるんじゃないかと勝手に思っています。私ですら今生きていくのがしんどいのに、これからの子供達はもっと大変だろうなと思うと、子供は好きだし欲しいとは思いますが、だからこそ私みたいにしんどい思いをさせたくないし産まない方が子供の為のような気がしています。

私はどうやって生きていけばいいのでしょう今もこれからも。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

本当の願い

ご相談拝読しました。おっしゃる通り、現代社会で生きていく、働いて、収入を得て、飯を食う、その営みというものは本当に厳しい現実があるのだと思います。

その中において、お寺というのはもちろん寺院によって環境・状況は千差万別ですが、私のことを申し上げれば本当にあなたからみればぬるい、甘えたような生活をさせていただいているものと自覚します。

そのようなある種安全な場所から、あなたのこの切実なご質問にお答えするというのは申し訳ないような恥ずかしいような心情にもなります。

しかし、あなたが本気だからこそ、私もやはり本気で応えないといけないんだとも感じます。

仏法は処世術ではありません。だからこの世の中を上手に渡っていくような術をお伝えすることはできません。仏法を学んでも、儲かるわけでも有能になるわけでも人間関係に恵まれるわけでもけしてありません。

ならばなぜ仏法を求めるのか。

それは間に合わないからです。

たとえお金があっても、名誉があっても、愛する人に恵まれていても、人間はそこに本当の満足を持てないからです。どこかで空しさや寂しさや不安を感じるからです。

つまり、あなたの「生きている意味が分かりません」=「なんのために生きるのか」という問いです。

これが誰の心の底にもずっとくすぶっているからです。何を得ても、結局は時と共にそれらは移ろい変わり、やがて死により全て奪われるからです。

では

>こんなにしんどい思いをしてまでなんで生きていかないといけないんだろう

ということになります。

極論から言えば、生きていかないといけないということはないのです。私たちの人生に「〇〇でなければならない」ということはありません。あるとしたらそれは全て自分の執著です。

しかし、では一体私は本当はどうしたいのか?私の本当の願いは何なのか?

全部そぎ落とされたらこれが残ります。

あなたは本当はどうしたいですか?どうなりたいですか?

私が私でよかった
これが私の人生だ

と、頷いて満足するあなたになりたいのではないですか?そのようなあなたとして生き、そして死んでいきたいのではないですか?

あなたがあなたの本当の願いを見失わないように。それを目覚めさせてくれるのが仏法です。

…これだけではあなたの悩みは解決しないでしょう。またいつでもご相談ください。

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個別相談可能
はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

質問者からのお礼

ありがとうございます。
私はどうしたいのか・・・そういうこと

(書いている途中に送信されてしまいました。すみません。)

私はどうしたいのか、考えたことがありませんでした。私は何をどう生きていけばいいのか、何が正しいのか・・・と、窮屈な生活をしていました。気づけなかったことに気づかせて頂きありがとうございました。

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