20代後半特有の焦燥をコントロールするには
お坊さん
こんばんは。またお聞きしたいことがいくつか浮かんできてしまったので、こちらに分けて書き込みます。
先日、自分がした質問(25歳、これからの生き方について等)とお坊さんからいただいた回答に改めて向き合い、状況を少し客観的に見られるようになりました。20代後半という状態に突入し、どうしようもない焦燥感を持っています。職場にうまく馴染めなかった、大学院が思っていたような場所ではなかった、趣味も人付き合いも嫌気が差してすぐに放り出してしまう。何事も身にならない自分に対して、同世代である友人は毎日働いて社会経験を積み、結婚して家庭を築き、学会に出て研究業績をあげています。
自分だけ時間が止まっているようです。止まっている場合ではない、早く自分の道を選ばなければいけないと思って、資格や他の教育機関の受験、意経験分野の仕事の面接などに挑戦しましたが、ことごとく結果につながりませんでした。おそらく、行動の原点が「今の大学院へ行かないための理由づくり」という消極的な姿勢も関係してしまっていると思います。
この歳になると、今までと同じ道を進むなら、それなりのアウトプットが求められることを覚悟しなければいけない、と感じます。また、違う道へ運良く進めても、また同じ道へ戻りたいと思ったり、さらに違う道へ進もうというのは、もう許されないとも感じます。息苦しいです。どんどん選択肢が狭まっていくことに耐えられず、選ぶことが怖くなっています。他の20代後半のみなさんは、気がおかしくなってしまいそうな焦燥を、どのようにコントロールしているのでしょうか。お坊さんは、仏様を信じることで、このような状態から離れているのでしょうか。
苦しみの根源: 社会的に良いとされることの押し付け
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
お釈迦様ですら、施法という情報発信をされたのだから
知人の司法書士さんが、自分の仕事は、自分で何かを生産したり、作ったりするという実感がわかないから、最近は陶芸とか、そば作りを始めたと言われていました。
彼は急に「何か作りたい」と思ったそうです。
これは人間として当然のことなのかもしれません。
自分の心の内なるエネルギーを何らかの形にして表していくということは仕事でなくとも大切なことです。あなたがここでご自身の気持ちをあらわされた、それだけでも大きな功徳です。
私も何も仕事をせず、誰かのお役に立てないまま日々を過ごしていたら、申し訳なくなると思います。
お釈迦様は、長年にわたって法をお説きになられ多くの方の苦しみを救われました。
比較になりませんが、うちの3歳の子供も母親の手伝いをしてくれますし、させないと泣きだす始末です。自己有用感という言葉がありますが、自分が何かをする事で、存在していることだけでも、誰かのお役に立てる。そういう感覚、心の引き出しを今日さがしてみてください。
とりあえずはネット上でもどこでも、情報発信という形でも構いませんから、なんらかのアウトプットをし続けていくべきであると思います。
あなたの行為が誰かの役に立ってゆくのです。ここに投稿されただけでも十分に世の中の誰かの心に留まって、同じ悩みを抱えている方の苦しみを和らげているのです。
ありがとうございます。
今後もぜひ、ご自身と、同じ悩みを持たれる方々のためにも、心のもやもやを打ち明けていただければと思います。
う〜ん、まずは呼吸でしょうか…
すもももさん。昨晩、数件の質問を頂いたようですね。
非常に強い焦燥感に駆られているご様子で、40歳になった私からすると、「若いんだからそんなに焦らなくても」と思いますが、でも自分がすもももさんの年齢の時、やはり進路が定まらずに焦っていた記憶があります。
とにかく、悪循環に陥っているように見えます。
現状が嫌だ→逃げるように新しいことを探す→上手くいかない→時間が過ぎていく→現状がいやだ…そんなループになっているのではないでしょうか。
ご自身で「状況を少し客観的に見られるようになりました」と仰っていましたので、その視点をさらに大きく、広く、ゆったりと意識してみてはいかがでしょうか。
あと、「息苦しいです」とも書かれていました。実際に呼吸がしづらいという事ではないでしょうが、人間は思い悩んでいる時に呼吸も浅くなりがちです。ですので呼吸法も有効かと思います。
まず大きく息を吐ききって、それから吸います。これを2〜3回してみて下さい。ずっと続けると過呼吸になるので気をつけて下さいね。
ちなみに、仏さまを信じれば問題が解決するなんてことはありません。今のすもももさんの状態なら、hasunohaへの相談やお寺散歩ぐらいにしておいた方が良いと思います。
仏教は漢方薬に似ていると私は思います。手術のように悪い部分を取り去ってしまうのではなく、普段から服用して悪い状況への耐性を高めておく。そのようなものではないでしょうか。
「仏様を信じること」だけでは難しい
すももも様
川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。
「気がおかしくなってしまいそうな焦燥を、どのようにコントロールしているのでしょうか」・・
お坊さんだからといっても、色々な感情を完全にコントロールできるわけではありませんが、少なくとも、コントロールできるように精進努力しなければならないのは確かでございます。そのために、色々な修行に取り組むことになるのですが、坐禅や瞑想による「禅定」もその一つで、感情をコントロールする上において効果的となる次第でございます。かく言う拙生はまだまだの未熟者でございますが・・。もしも、お近くで坐禅会などを開いているお寺がございましたら是非一度お試し下さいませ。
また、このことは、おっしゃるような「仏様を信じること」だけでは難しいのではないかとは存じております。
仏教・仏法は、確かに信仰や帰依も大切ですが、それを基としての実践がやはり重要となります。いくら、空だ、縁起だ、慈悲だ、利他だ、方便だと、理屈で難しい仏教用語を理解できたとしても、実践が伴わなければ何の意味もありません。特に悟りへと向かうための智慧と福徳の二資糧を実践にて円満に積むことが求められることとなります。
何事も、目標や夢を定めても、思いだけで、それへと向かうための実践が成されなければ、実現は難しいことでしょう。東大で学びたいという目標を定めたのであれば、合格へ向けてしっかりと勉学に努力しなければ、到底合格は無理なことと同じでございます。
問い「前向きに生きるには」( http://hasunoha.jp/questions/332 )にても述べさせて頂いておりますが、まずはしっかりとした「灯火」(目標・夢など)を今一度、己を見つめ直す中で定めてみて下さい。もちろん、そこへと向かう道のりは色々とあるでしょうが、とにかくこの人生の確かなる目標を定めることで、途中に多少の困難やつらいこと、苦しいことがあっても、きっと前向きに、その目標へと向かって歩んでいけるようになるのではないかと存じております。
川口英俊 合掌
質問者からのお礼
コメントを頂き、どうもありがとうございます。「とにかく、悪循環に陥っているように見えます。 」、アドバイスの通りだと思います。自分がループのなかにいることを、俯瞰して捉えるには、環境を少々変えてみることも必要なのかもしれません。一度小旅行でもして東京を離れ、自然のなかで深く呼吸をしてみたいなぁと思いました。仏教は心の風邪予防をしてくださるんですね。旅行がてらのお寺めぐり、心が休まりそうです。