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20代後半特有の焦燥をコントロールするには

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有り難し有り難し 26

お坊さん

こんばんは。またお聞きしたいことがいくつか浮かんできてしまったので、こちらに分けて書き込みます。

先日、自分がした質問(25歳、これからの生き方について等)とお坊さんからいただいた回答に改めて向き合い、状況を少し客観的に見られるようになりました。20代後半という状態に突入し、どうしようもない焦燥感を持っています。職場にうまく馴染めなかった、大学院が思っていたような場所ではなかった、趣味も人付き合いも嫌気が差してすぐに放り出してしまう。何事も身にならない自分に対して、同世代である友人は毎日働いて社会経験を積み、結婚して家庭を築き、学会に出て研究業績をあげています。

自分だけ時間が止まっているようです。止まっている場合ではない、早く自分の道を選ばなければいけないと思って、資格や他の教育機関の受験、意経験分野の仕事の面接などに挑戦しましたが、ことごとく結果につながりませんでした。おそらく、行動の原点が「今の大学院へ行かないための理由づくり」という消極的な姿勢も関係してしまっていると思います。

この歳になると、今までと同じ道を進むなら、それなりのアウトプットが求められることを覚悟しなければいけない、と感じます。また、違う道へ運良く進めても、また同じ道へ戻りたいと思ったり、さらに違う道へ進もうというのは、もう許されないとも感じます。息苦しいです。どんどん選択肢が狭まっていくことに耐えられず、選ぶことが怖くなっています。他の20代後半のみなさんは、気がおかしくなってしまいそうな焦燥を、どのようにコントロールしているのでしょうか。お坊さんは、仏様を信じることで、このような状態から離れているのでしょうか。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

お釈迦様ですら、施法という情報発信をされたのだから

知人の司法書士さんが、自分の仕事は、自分で何かを生産したり、作ったりするという実感がわかないから、最近は陶芸とか、そば作りを始めたと言われていました。
彼は急に「何か作りたい」と思ったそうです。
これは人間として当然のことなのかもしれません。
自分の心の内なるエネルギーを何らかの形にして表していくということは仕事でなくとも大切なことです。あなたがここでご自身の気持ちをあらわされた、それだけでも大きな功徳です。
私も何も仕事をせず、誰かのお役に立てないまま日々を過ごしていたら、申し訳なくなると思います。
お釈迦様は、長年にわたって法をお説きになられ多くの方の苦しみを救われました。
比較になりませんが、うちの3歳の子供も母親の手伝いをしてくれますし、させないと泣きだす始末です。自己有用感という言葉がありますが、自分が何かをする事で、存在していることだけでも、誰かのお役に立てる。そういう感覚、心の引き出しを今日さがしてみてください。
とりあえずはネット上でもどこでも、情報発信という形でも構いませんから、なんらかのアウトプットをし続けていくべきであると思います。
あなたの行為が誰かの役に立ってゆくのです。ここに投稿されただけでも十分に世の中の誰かの心に留まって、同じ悩みを抱えている方の苦しみを和らげているのです。
ありがとうございます。
今後もぜひ、ご自身と、同じ悩みを持たれる方々のためにも、心のもやもやを打ち明けていただければと思います。

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丹下 覚元(たんげ かくげん)
今月の提唱 「菩提心をおこす」 菩提心をおこすということは、たとえ...

う〜ん、まずは呼吸でしょうか…

すもももさん。昨晩、数件の質問を頂いたようですね。
非常に強い焦燥感に駆られているご様子で、40歳になった私からすると、「若いんだからそんなに焦らなくても」と思いますが、でも自分がすもももさんの年齢の時、やはり進路が定まらずに焦っていた記憶があります。

とにかく、悪循環に陥っているように見えます。
現状が嫌だ→逃げるように新しいことを探す→上手くいかない→時間が過ぎていく→現状がいやだ…そんなループになっているのではないでしょうか。

ご自身で「状況を少し客観的に見られるようになりました」と仰っていましたので、その視点をさらに大きく、広く、ゆったりと意識してみてはいかがでしょうか。

あと、「息苦しいです」とも書かれていました。実際に呼吸がしづらいという事ではないでしょうが、人間は思い悩んでいる時に呼吸も浅くなりがちです。ですので呼吸法も有効かと思います。
まず大きく息を吐ききって、それから吸います。これを2〜3回してみて下さい。ずっと続けると過呼吸になるので気をつけて下さいね。

ちなみに、仏さまを信じれば問題が解決するなんてことはありません。今のすもももさんの状態なら、hasunohaへの相談やお寺散歩ぐらいにしておいた方が良いと思います。
仏教は漢方薬に似ていると私は思います。手術のように悪い部分を取り去ってしまうのではなく、普段から服用して悪い状況への耐性を高めておく。そのようなものではないでしょうか。

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おきもち


浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

「仏様を信じること」だけでは難しい

すももも様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「気がおかしくなってしまいそうな焦燥を、どのようにコントロールしているのでしょうか」・・

お坊さんだからといっても、色々な感情を完全にコントロールできるわけではありませんが、少なくとも、コントロールできるように精進努力しなければならないのは確かでございます。そのために、色々な修行に取り組むことになるのですが、坐禅や瞑想による「禅定」もその一つで、感情をコントロールする上において効果的となる次第でございます。かく言う拙生はまだまだの未熟者でございますが・・。もしも、お近くで坐禅会などを開いているお寺がございましたら是非一度お試し下さいませ。

また、このことは、おっしゃるような「仏様を信じること」だけでは難しいのではないかとは存じております。

仏教・仏法は、確かに信仰や帰依も大切ですが、それを基としての実践がやはり重要となります。いくら、空だ、縁起だ、慈悲だ、利他だ、方便だと、理屈で難しい仏教用語を理解できたとしても、実践が伴わなければ何の意味もありません。特に悟りへと向かうための智慧と福徳の二資糧を実践にて円満に積むことが求められることとなります。

何事も、目標や夢を定めても、思いだけで、それへと向かうための実践が成されなければ、実現は難しいことでしょう。東大で学びたいという目標を定めたのであれば、合格へ向けてしっかりと勉学に努力しなければ、到底合格は無理なことと同じでございます。

問い「前向きに生きるには」( http://hasunoha.jp/questions/332 )にても述べさせて頂いておりますが、まずはしっかりとした「灯火」(目標・夢など)を今一度、己を見つめ直す中で定めてみて下さい。もちろん、そこへと向かう道のりは色々とあるでしょうが、とにかくこの人生の確かなる目標を定めることで、途中に多少の困難やつらいこと、苦しいことがあっても、きっと前向きに、その目標へと向かって歩んでいけるようになるのではないかと存じております。

川口英俊 合掌

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おきもち


川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究 この度、仏...

質問者からのお礼

コメントを頂き、どうもありがとうございます。「とにかく、悪循環に陥っているように見えます。 」、アドバイスの通りだと思います。自分がループのなかにいることを、俯瞰して捉えるには、環境を少々変えてみることも必要なのかもしれません。一度小旅行でもして東京を離れ、自然のなかで深く呼吸をしてみたいなぁと思いました。仏教は心の風邪予防をしてくださるんですね。旅行がてらのお寺めぐり、心が休まりそうです。

「感情のコントロール・気持ちの整理」問答一覧

人に対してイライラする

最近、人に対してイライラすることが多くなってきました。 以前からそういう事は多少なりともあったのですが、最近はほんの些細な事でイライラしてカッとなる事が増えてきた気がします。そして後で自己嫌悪でものすごく落ち込みます。 例をあげると、空いている電車内で、わたしが立っている位置に割り込んできた人に対してイライラしました。「なんでこんなに空いているのにわざわざ私の近くに立つんだ。」「もっと距離をとれ。」ずっとイライラしていました。電車から降りる際、その人ととぶつかりましたがイライラしていて「避けろよ。」とその人に対して怒っていました。(「」の中は全て心の中で思ったことです) しかし、しばらく時間が経つと、なんて意地の悪いことをしたんだろう、自分が避ければ良かっただけなのに、なんてダメな人間なんだろう、怪我させてないだろうかなど、物凄い自己嫌悪に陥ってしまいました。 他にも些細な事でイライラしてしまい、そして自己嫌悪に陥るというのを繰り返してしまいます。 昔はこんなにイライラする事なかったのに、なんでだろう、これがそもそも自分の本質なのかと悩んでしまいます。 どうすればイライラせずに済むようになるでしょうか?

有り難し有り難し 14
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怒ると黙る、は幼稚な行為なんでしょうか?

以前、此方で話を聞いてもらった者です。 その節は本当にありがとうございました。 あれから、哲学や自己啓発、心理学の本を読んだり、家族に話を聞いてもらったり、此方で頂いたお言葉を読み返したり。 自分は何故あんなに怒ったのか、悲しかったのか。相手は何故あんなことを言ったのか、最善の方法はなんだったのか、などずっと考えていました。 調べたり考えたりする中で、「不機嫌になったり、怒ったりした時に黙る、無視をする人は幼稚で我儘な人」という文章が目に止まりました。 私は本当に怒ると、その感情を内側に押さえ込もうとして、沈黙する人間です。 (まず、この怒りを相手に伝えるべきか。 伝えるならどういう風に伝えるべきか。 それはこの場で言うべきことなのか。 言ったら空気が悪くなってしまうし、伝えた相手を不用意に傷つけてしまうのではないか。 そもそも私も人のことをとやかく言えるような人間じゃないし、私が我慢すれば丸く収まる話なのではないのか。) そんな事をグルグルと考えて、結果的にそれが気分を害した時に黙り込む、という状態になってしまっています。 そして、考えているうちに頭が冷えてくるので、それを相手に伝えることは滅多にありません。何事もなかったかのように振る舞って、取り敢えずその場を収めて、1人になった時にまた思い返してモヤモヤしてしまいます。 抱え込んでモヤモヤしてしまう為にSNSも苦手で、友人と繋がっていても削除してなるべく見ないように遠ざけていました。 (※前回は溜まりに溜まっていた感情が、第三者の言葉をきっかけに大爆発して、孤立する道を選ぶことになり、その際にLINEを返信しないことやSNSを無断で削除することに関して自分勝手と指摘されました。) 確かに、私の考えていることが見えない他人からすれば、対話を試みようとしない、自分勝手で我儘な人間にしか見えないだろうな…と気付きました。 言いたいことを我慢して沈黙したのに、全く意味がなかったんだな…と。 なるべく1人の時間の中で、自分の中で完結しようとするのは、自分勝手なのでしょうか。 それでは、きちんとした、誠実な大人の怒り方、対応の仕方とは、何なのでしょうか。 それは一体どうしたら身につくのでしょうか? 宜しければ、ご教授頂きたいと思います。

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気持ちの整理がつきません その後

前回の質問から9日がすぎ、次第に、少しずつですが、冷静になってきました。 相手から言い寄られたとはいえ、妻子ある男性に惹かれ、人知れず付き合うことを選んだ自分がそもそも間違っていたのだな。 好きなのに、ちゃんと素直になれなくて、まさか妻帯者なのだから別の女性には行くまい、とタカをくくっていた私の態度がもたらした結果なのだと。 それらを、受け止め始めています。 しかし、やはりフラッシュバックするかのように、彼との様々な思い出が頭のなか一杯になり、それと同時に、今付き合っているだろう女性への憎悪の念もわいてきて、苦しくなります。 私の態度に嫌気がさし、別の女性に行ったのなら、私の方が先に裏切ったことになるのではないか、と無理やり納得させようとする自分もいます。 やはり、私が悪かったのでしょうか。 彼との思い出に縛られ、それが今は別の女性が体験しているのかと思うこと、そして、1番の味方だった彼が、1番の敵のような存在になってしまってことが苦しいです、 もう少しでちゃんと前を向けそうなんです。 何度も申しわけありません。 私の今後の人生のために、何か一言頂きたく、投稿させていただきました。

有り難し有り難し 18
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感情をなかなかコントロールできない

はじめまして。 仕事、夫婦親子関係、人生の目標…と様々な悩み事や欲や葛藤を抱えておりますが、仏教と認知療法などからお知恵をいただきなんとか問題と向き合って暮らしております。 まだまだ未熟ですが、個々の問題にじっくりと腰をすえる余裕があるときは、自分なりに主観から離れて悩みを手放す事ができてきたように感じております。 しかし、当たり前のことですが状況は常に移り変わり複数の問題が同時に押し寄せることもあるので、常に心穏やかでいることはできておりません。孤独に耐えられない時がありますし、より良く生きることを放棄して楽になりたいというような気持ちになってしまいます。 先日も、問題を抱えていた夫婦関係を改善しようと努めていたさなかに仕事や体調面の悩みが重なり、自分で辛さを受け止めることが出来ず夫の心を傷つけるような態度や発言を取ってしまいました。 せめて誰かには拠り所でいてほしい、あとでどうなってもいいからその場だけでも甘えて楽になりたいと、安易な行動をしてしまいました。 孤独を恐れず他者に依存しない心構えを持てるといいなと頭では考えていても、負荷が増えると心と体が元の悲観的で他者依存的な自分に戻ってしまいます。 『そういうものだ、今はこういう時期だよ』と捉えることも同じように、出来る日と出来ない日があり、出来ない日には感情を受け止められません。 鍛錬を積めば、いつかは感情を完全にコントロールできるようになるのでしょうか?それとも、全ての感情をコントロールはできないということを受け入れるほうが自然なのでしょうか? 修行を積んでこられた皆様にご相談できましたら嬉しいです。

有り難し有り難し 12
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自分を大切にするとは

こんにちわ。 突然ですが、私はよく周りの人達から『もっと自分を大切にしなよ』と言われます。 漠然的な言い方ですが、それがどういうことなのかよく分かりません。 私は運がいいですし、周りの人達にも恵まれています。 細かいドラマチックなことはありますが、大体のことは有言実行で10代の頃の私に胸を張って言えるなりたい自分になれています。 今までの私の生活は全て運の良さと周りの人達の理解と協力のおかげで成り立っています。 私の周りの人達は皆幸せになって欲しいです。それを見ていると私も幸せですし、私ももっと頑張ろうと思えます(人によっては偽善という人もいるかもしれませんけど、言いたければ言えばいいです。) 『頑張り過ぎるところがあるから無理しないで』ともよく言われますが、どこまでが『普通』でどこからが『無理』なのかもよくわかりません。 寧ろ、頑張りきれてないからこうなってるのに…と思います。 最後に自分が壊れて初めて無理だったのかなあ…と思います。 『優しすぎる』ともよく言われます。 怒るのが苦手なのは自分でも自覚があります。 うまく言えませんが、例えば腹の立つ人間の人間性全体のうちのひとつのポイントだけが私と合わないだけで、その人のいいところも知っているし、その人にもたくさん助けられたし、その人自体を嫌いな訳ではないので、まあいいかと思ってそのときは流してしまいます。 そして最終的にこれはもう無理だと思って爆発してしまいます。 でもまた時間が経つと怒らずに、もっと早くに話し合えばよかったと思います。 私は周りの人達に甘えまくっています。 自分を甘やかすのと、大切にするのとはどのように違うのですか? なんだか文章にまとまりがなくて申し訳ありません。

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