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2019年のあなたを表す漢字 募集中

とても辛い2018年

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2018年ももうすぐ終わりますが、私にとって2017年年末から2018年にかけて、さまざまな意味での別れが続き、楽しかったこと幸せだったこともたくさんありましたが、それ以上に悲しい出来事が多く、とても辛い一年でした。2017年年末に祖祖母が亡くなり、春には付き合っていても辛いという状況でしたがそれでも大好きだった彼氏と苦しい別れ方をし、少しずつ彼への気持ちが落ち着いてきたと思っていたら、昨日10年一緒に過ごしてきた愛犬を病気で亡くしました。心臓病を抱えており通院しながら闘病していましたが、急変とのことでした。覚悟はしていましたが、愛犬の死は耐えられないほど辛いものです。今までも周りの友人たちに支えられ、一つずつ乗り越えてきたつもりですが、愛犬が亡くなったことは私に追い打ちをかける出来事で、もう乗り越えたと思っていた過去の出来事についても思い出してしまい、また苦しくなってしまいました。もう明日が来るのも辛くて、喪失感が大きすぎてどういう気持ちで2019年を迎えていいのかわからないです。ですが、2019年を今年よりもはるかに素敵な一年にしようという気持ちももちろんあります。新しい一年をいい一年にするにはどのような心持ちでいたら良いのでしょうか。今の私に助言を頂きたいです。よろしくお願いします。

2018年12月30日 23:18

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

御用心 御用心

ちょこ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

来年へ向けたお寺の掲示板に、一休宗純禅師のお言葉を掲げました。

「御用心 御用心」

一休禅師は、正月の町中を、墓所で拾ってきた骸骨💀を杖に刺し、御用心、御用心、と歩き廻り、「にくげなき このしゃれこうべ あなかしこ 目出たくかしく これよりはなし」と詠まれました。

正月祝いの中、忌み嫌われることを承知の上で、一休禅師がお伝えなさられたかったことは、悪いことも良いこともありながら、あっと言う間に人生は終わることの無常と、死を見つめて生きることを常に忘れないように、また、生きる上での大切なことを見失わないようにという教誡であると理解しております。

私たちは来る日、来る年、同じように俗事に振り回されてしまいがちではありますが、誠に用心して参りたいものでございます。

過度に期待し過ぎずに、日々、常に悪いことも起こるとして、用心していくことです。

川口英俊 合掌

2018年12月31日 8:22
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おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

愛別離苦

2018年はちょこさんにとってはとても辛い別れの連続だったようですね。

お釈迦さんが説かれる教えの中に「四苦八苦」というものがあります。
その八苦の一つに「愛別離苦」というものがあります。

愛するものと離れなければならない苦しみです。
私達は生まれたからには必ず老い、病にかかり、そして死んでいく身を生きています。
その中でも、いちばん悲しくて辛いものは愛する人の死であります。
悲しみが深いということは、亡くなったちょこさんの祖祖母や別れた彼氏、
そして愛犬があなたに与えていたものが大きかったからではないでしょうか。

楽しい時間を与えてくれた、安らぎを与えてくれた、他にもたくさんのことを与えていただいたのではないでしょうか。

人に出会うということは必ず別れが訪れます。

私達は当たり前のように明日がまたくると思っています。
ですが、時は無常にも過ぎ去ります。
ちょこさんはその無常という現実を今年たくさん経験しました。

だからこそ、身にしみて毎日を大切にしなければならないと感じているのではないしょうか?

悲しみを乗り越える必要はありません。整理できなくて当然です。それだけ愛し、愛されていたのですから。
時間をかけて亡き人、別れた人との過去を振り返り、何をあたえていただいたかを思い返してみてください。

そして、今度はちょこさんが誰かになにかをあたえられるように2019年を過ごしてみてはどうでしょうか。毎日を丁寧に生活してみてください。

2018年12月31日 9:19
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おきもち

僧侶としてはまだ経験が浅く、日々勉強真っ只中の身ですが、少しでもみなさんの...

今こうして頑張って生きている自分の姿を見せてあげたい。

こんにちは。亀山純史と申します。
2018年も今日で終わりですね。人に限らず、大切な命が失われることは、本当に辛いものです。大切な命が失われて一年後に執り行う仏事が、一周忌ですね。一周忌は中国の儒教の「小祥忌(しょうじょうき)」に由来しているそうです。「祥」は、「めでたいこと。喜ぶべきこと。」を表す漢字です。女性の名前にも「祥子(さちこ・しょうこ)」などと使われていますよね。
ではなぜ、人が亡くなって一年たったら、「小さな喜び」になるのでしょうか。このことについては、いくつかの説明があるようですが、その中の一つをご紹介します。

この世は諸行無常の世界です。故人が亡くなってからの一年の間にも、もしかしたら、別なご不幸が起こることもあるわけです。それでも、この世に残された人たちは、どうにかこうにか生活出来ていることへの喜び、そして、私たちもこうして頑張っていますよ、と故人に対して報告できる喜び、そのためのお勤めが一周忌である、というものです。

年忌法要の考え方は、宗派によって異なるところはあるでしょうけれども、このような見方は素晴らしいものではないかな、と思っています。
来るべき2019年がどのような年になるかはわかりません。しかし、ひいおばあちゃんや愛犬に対して、今こうして頑張って生きている自分の姿を見せることが出来ように、精一杯生きていきたいものですね。

以上が私からの回答になります。どうぞ、よいお年をお迎えください。

2018年12月31日 12:38
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おきもち

hasunohaを訪れてくれた皆さん、こんにちは。私は浄土真宗本願寺派の僧...

「辛い・楽になりたい」問答一覧

辛い

父親が仕事をリストラにあってから、DV気味になりました。 母親は精神的に追い詰められ、精神障害になってしまいました。 仲良しだった家族の変化が、あまりにも悲しくて、辛くて、不安です。 そんな中、周りの友人が全員結婚。結婚したら友人たちと距離ができ、私は心の支えを無くして、ひとりぼっちになりました。 私は家の苦しい状況の中でも希望を見いだしたくて、友人たちの様に幸せになりたくて、心の支えが欲しくて、婚活をしました。 婚活でできた恋人との時間が大切で、心の支えになっています。父親と母親が障害になり、私は心の支えを失う不安でいっぱいです。 辛くてくるしい家族のこと、いま私には心の支えが必要であること、どうしたら、周りの人たちに、理解して貰えるのでしょうか? 1人にしないで、そばにいて欲しいと願うほど、不安な状態の私から人は離れていきます。 最近は仕事にも家族のことが差し障り、親2人の苦しみに巻き込まれているような気がします。 1人になりたくないのに、友人や恋人に、1人になる不安が強くなるとネガティブなことを言ったり、暗い顔になって、辛く当たってしまい、それで周りの人が離れていき、また1人になってしまいます。 私にはいま、心の支えが必要です。 どんなに苦しい状況でも、どうしたら周りの人が変わらずに側にいてくれるようになりますか? 苦しい時は人は離れていき、孤独や不安に耐えながら苦しみに耐える、そういうものなのでしょうか。

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もう辛い。何もかもが辛い。

美大を卒業してデザイン会社を転々としました。 ハードな仕事が嫌になったり、人間関係がうまく構築できないのが原因で仕事が続かず、向いてないと何度もデザインの仕事を諦めそうになりましたが、未経験の職種につく勇気がなく、ズルズルと働いています。 今は派遣で6年働いています。 残業はないので楽ですが、安定しないので不安です。 その不安が拭えず、社員に対してイライラしたり、自分が派遣だと粗末に物のように扱われているような気がしてしまい、愚痴ばかりが多くなります。 そのせいで何度も社員になるチャンスがなくなり、人間関係もうまくやれる自信もなくなりました。 今の派遣先も、経験があるのにバイトがやるような仕事しか与えてもらえず、周りも20代でアウェー感がすごくあり、楽しく働けません。 でも、アラフォーだからどうにかやり過ごさないとと思い、気を使うのですが、うまくいきません。 今すぐに辞めたい。でも辞めたら立ち直れそうになく、働ける自信がなくなり、引きこもりになると思います。 必死で頑張っても、 ●アラフォー ●実家暮らし ●派遣 ●独身 私には女性として、良いところなど一つもありません。ナメられてばかりです。幸せになるカギがありません。 もう生きるのがつらい。 どんなに一生懸命頑張っても報われず、幸せになれない人生に何の意味があるのでしょうか。

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他人の幸せを見るのが辛い。

住宅メーカーで働いているのですが、人生の幸せ絶頂期のような若夫婦や人生の勝ち組を具現化させたような方と会う機会が多いです。 特に、うちのメーカーは平均より裕福でないと建てられないレベルの商品を扱っているため、うちで家を建てること自体がもう勝ち組の証です。 若くて美男美女だったらもう羨ましくて仕方がありません。 そういったお客様に表面上笑顔を向ける努力をしていますが、内心では自分が惨めになって接客中なのに涙が出そうになりますし、もう他人の幸せを見たくありません。 元々、就活のエントリーシートには他人の幸せのお手伝いをしたいなんて書いていたんですよ。笑いますよね。嘘なのに、適当な表面上快い言葉を吐くことだけは上手いんです。 なのに最近はそれさえ難しくなってきました。嫌だ、という気持ちが顔に出るのを止められません。 私には恋人がいません。人を好きになっても片思い、小学生程度の恋愛です。生涯を共にしようと思える人に出会ったこともない。親以外の人間に、私を必要として愛されたこともない。 大人になって、日に日に自分にパートナーがいないことに焦りと不安、惨めさを募らせています。 だからこそ、そういった私のコンプレックスの全てを、良い形で満たしている人を目の当たりにするのが辛いんです。 生き辛くてしようがありません。おまけに、こんな歪んだ本音を外に漏らせば、忽ち周りから軽蔑されるのが目に見えています。それだけは嫌、社会的な体裁を保ちたいから、絶対にこんなこと言えません。 苦しいです。 どうしたら幸せな他人を受け入れられますか。 今更、他人の幸せを本心から祝うなんて、そんな私の歪んだ性根を一から組み替えるような、ハードルの高いことは望みません。せめて、無関心になれればいいんです。他人の幸せを見ても何も感じなくなれば醜い嫉妬なんて起こらないでしょう。 どうしたらいいですか。 私のこの生き辛い性格に、生きやすくする心の持ち方のヒントをください。

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朝目が覚めたくない。辛い。

以前から相談させていただいています。 弟が体調(心の)を崩し、それから良くなったり悪くなったりを繰り返しています。 ある特定の人物に執着したり、その人に嫌われたくなくて金品を渡したり。 かと思えば、暴言を吐いたりなどします。 家族に対しても、親に対しても、"お前らが悪い。お前らのせいでこうなったんだ"の一点張り。 かと思えば、素直に会話ができるときもあります。 わたしは今一人暮らしをしていて、実家には月1から2回帰る程度なのですが、たまに実家の様子を母に聞くたびに、またいろいろあったんだなあと絶望的な気持ちになります。 父母も親の務めだからと言って精神科などに連れていったり、話をしたりしているようなのですが、、、 わたしにもたまに攻撃的なラインが来たりして、正直まいっています。 いつ終わるかわからない地獄に、死んでしまいたい気持ちです。 朝目が覚めるのが怖いです。 まだまだ辛い方たくさんいるのでしょうが、わたしはわたしなりにもういっぱいいっぱいで、なんでも悪い方にしか考えられません。死ぬことばっかり考えてしまいます。 これから、どうしていけばいいのでしょうか。明るい未来は来るのでしょうか。

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