hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

諦めるくらいなら死にたいんだ

回答数回答 1
有り難し有り難し 15

こんにちは。

私は現在海外の大学に留学しています。小学生の頃からの夢でした。頭のいい高校や大学に進学するためにずっと習っていた英会話を辞めて受験英語を勉強したり、海外への留学プログラムなどを諦めたりして入った高校で私は精神を病みました。結局退学して、4年かかったけど最後には通信制の高校を卒業しました。そしてついに海外の大学に合格して、現在も日本を離れて勉強しています。やっと私の人生を楽しめるとさえ思いました。将来は作家になりたいんです。

そんな矢先に母が乳がんになりました。正月に帰省した時にそう告白されました。その時は私が海外で頑張ることで母を勇気付けることになると自分に言い聞かせて飛行機に乗り、また日本を離れました。

でも夜中になると目が覚めて、目がさめると不安でどうしようもなくなってしまいます。朝が来ても不安で、また夜になっても母の事が心配でたまりません。時差があってなかなか連絡するタイミングが合わなくて、それでも合間を見つけては電話をします。電話越しで少し体勢を変えるだけで体が痛いと辛そうにしている母を見て、私は留学なんか辞めてすぐに日本に帰るべきだと思いました。母にも
「出来ることなら一緒にいたい」と言われました。分かっているんです。私は日本に帰るべきなんだ。

でも。夢を諦めて、現地で出来た友達や好きな人のことも諦めて、病気の母の元に帰って、もし母が死んでしまったら私には何が残るのだろう。最終学歴は通信制の高卒、自分で終わらせようとしている留学生活への無念などしか思い浮かびません。だからすごく無理矢理な考え方かも知れないけれど、なんだか死ぬしかない気がしてしまうんです。全部諦めて母まで死んでしまったらきっとどうにかなってしまうから、その前に死んでしまいたいんです。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

一人で抱え込むのは辛いですね、一緒に考えましょう

ご相談拝読しました。たくさん考えすぎてパンクしてしまい、「死」というものしか考えられなくなってしまうのですね。

う~ん…あなたの人生ですから私が無責任なことは言えないのですが、お母様がいよいよという状態になったら、あるいは少しでも元気なうちの今でもいいですが、タイミングをみての休学はどうですか?
退学や死という極端なところでなく、何を守って何をあきらめるのかを現実的なところで調整していきましょう。

あなたは夢だった海外での学生活を送り、ようやく自分の人生を楽しんでいるお気持ちなのですね。そして最終的には作家になるのが今の夢なのですね。

厳しい言い方をするとあなたの考えは思い通りにならないくらいなら死んでしまいたいということでしょうが、悲しいかな人生そう思い通りにはいかないのです。

いや、仏教的に見れば何一つ思い通りにいくものなどないのです。これを「一切皆苦(いっさいかいく)」と言います。「苦」とは「辛い・苦しい」という意味も含みますが、仏教的には「不満足・思い通りにならない」というような意味合いです。

なぜ思い通りにならないかというと、全ては縁(えん)によって起こるからです。縁とは条件や環境や対象を指します。数えきれない条件、人間の頭では追いつかないような条件がととのって今・ここに全ての現象が成立しています。

あなたの生も、お母様の生も、何もかも。

それは運命ではありません。運命はこれまでもこれからも全部決まってしまっているということですが、縁起は縁によって変わっていきます。

すなわちあなたが今どうするかということです。もちろんあなたの選択だけで思い通りにはなりません。他者や取り巻く環境も全て縁起ですから。

でもその中であなたはあなたの選択を後悔しないように決断すること。思い通りにならなくても選択の結果の縁を引き受けること。それが人生を空しくすごさないための大事な事です。

先の事はわかりません。わからないからこそ物凄く不安だと思います、特にお母様のこと、あなた自身のこと。

大切な方の命についての問題を一人で受け止めるのは重すぎるかもしれません。お母様相手だからこそ言えない事、言いたい事…あると思います。

でもそこはあなたの親です。あなたが思う以上にあなたのことを思っているでしょう。信頼して複雑な思いを正直にぶつけてみてはいかがでしょう。

{{count}}
有り難し
おきもち

個別相談可能
はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ